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屋根裏部屋の公爵夫人  作者: もり
タイセイ王国編
39/95

9.覚悟

 

 舞踏会の翌日。

 オパールはお昼過ぎにクロードの家族と一緒に、王都郊外にあるルーセル侯爵家の別邸にきていた。

 明日の結婚式はこの村の礼拝堂で行われるため、今日はこの屋敷で一晩過ごすのだ。

 そして披露宴が終われば家族や招待客は王都へ引き上げ、クロードと二人この屋敷で三日間だけの蜜月を過ごす予定だった。

 ただし、クロードはまだ王都の本邸にいる。

 そして今、女主人の部屋へ案内されたオパールは花嫁らしく、そわそわと落ち着かない気分でいた。


 前回の結婚では、夫であったヒューバートが隣の部屋を使ったのは公爵領の領館で一晩だけ。

 だが今回は――クロードは、当然ながら隣の部屋を使用するのだ。

 もちろんそれが嫌なのではない。


(どうしよう……。いくらクロードでも、私が七年も結婚していて、未だに床入りしたことがないとは思わないわよね……)


 先ほど隣の部屋にクロードの荷物だけ運び込まれているのを見てしまったオパールは、上品な調度品が置かれた室内をうろうろと歩き始めた。

 二十八歳にもなれば、夫婦間のことについてはさすがに理解している。

 恥ずかしくないと言えば噓になるが、クロードとなら大丈夫だと思えた。

 ただこの事実をクロードに告げるかどうかなのだ。

 恋愛初心者だということは知られているが、それもどの程度理解しているのかはわからない。


(でも、もし何か手順があったとして、クロードを困らせることになったら……。やっぱり前もって伝えておくべきよね)


 理性的に考えて結論を出したオパールは、今度はいつ伝えるべきかの問題にぶつかった。

 手紙で伝える内容ではないだろう。

 だからといって、今から王都の屋敷に向かうと戻ってくるのは夜更けになる。


(……ま、まあ、伝えるだけならすぐにすむし、明日でいいわよね。式が終わって披露宴が始まるまでに時間はあるもの)


 オパールは納得いく答えを出したことで安心し、書物机に向かった。

 いくつか処理しなければならない書類があり、ここまで持ってきていたのだ。

 しかし、書類を入れた鞄を開いて一番に目についたのはヒューバートからの手紙だった。

 一度読みそこなってからは、何となく後回しにしてしまっていたが、もういい加減に手をつけなければならないだろう。

 そもそも受け取った時に、代理人を通してほしいと今まで通りに返送すればよかったのだ。


(やっぱり、浮かれていたのね……)


 オパールは自分にため息を吐きながら、ペーパーナイフで封を切った。

 そして中身を取り出し、目を通す。


「……意味がわからないわ」


 一人呟いたオパールは机に手紙を置いてじっと見つめた。

 もっと早くに返事を書くか、やはり送り返すべきだったのに、それをしなかったことが悔やまれる。

 そもそもヒューバートとは連絡を絶っていたことを父である伯爵は知っていたはずなのに、なぜ手紙を同封してきたのだろうと考え、思い直す。

 父は関係なく、後回しにした自分が悪いのだ。

 ただ、父はこのことを知っていたのだろうかと疑問には思う。


(お父様はこの国に着いた頃ね……)


 花嫁の父として式に出席してはくれるが、今夜は王都に泊まり、オパールの許に来るのは明日になるらしい。

 そして式が終わればすぐに国へ帰る予定らしく、相変わらず忙しくしているようだった。

 ちなみにオパールの兄は前回同様に出席しない。

 そのことはクロードから伝えられたのだ。


(まさか、お兄様とクロードがずっと連絡を取っていたなんて……ずるいわよね)


 今までに何度かオパールは兄に手紙を書いたのに返事をくれなかった。

 それなのにクロードとは手紙のやり取りをしていたどころか、タイセイ王国の内乱時には物資補給の手助けをしていたというのだ。

 しかも大学はいつの間にか中退していたらしく、今はどこかの国にいるという。

 父は当然知っているはずで、兄についてはオパール一人がのけ者にされている気分だった。


(でもまあ、元気でいるならそれ以上は望めないものね)


 子供の頃は意地悪な兄が苦手だった。

 今も親しいとは言えず、兄が大学に入ってからは顔さえ合わせていないが、それでも家族としての愛情はあって、心配はするし、腹も立つ。


(ほんと、男の人って勝手なんだから!)


 オパールは八つ当たりするように少々乱暴に手紙を仕舞った。

 その怒りのままに書類仕事も片づけていく。

 すると予想以上にはかどり、全てを終わらせることができたオパールの気分はすっきりしていたのだった。



 ――翌朝。

 支度を終えたオパールの許に、到着したばかりの父がやって来た。

 王都から馬車で移動してきた父の服装はまったく乱れていない。


「オパール、八年前と変わらず綺麗だぞ」


 礼拝堂に向かう馬車に乗り込もうとしてかけられた父の言葉に、オパールは一瞬眉を寄せた。

 しかしすぐに笑顔を浮かべて答える。


「……ありがとうございます、お父様」


 それでもオパールの内心では、こんな日にそんな皮肉を言わなくてもいいのにと苛立っていた。

 そこでふと、父は本気なのではないかと思う。

 ヒューバートとの結婚を決めたのも、的外れではあったがオパールのためだと父は思っていたらしいのだ。


「……お父様は、お母様のことを愛していらしたのですか?」

「何だ、急に?」


 オパールの質問に父親であるホロウェイ伯爵は訝しげに眉を寄せた。

 以前はこの表情が怖くて、すぐに引いていたオパールだったが、今は少しだけ対抗できる。

 少しだけ、というのを情けなく思いつつも、勇気を出してオパールは続けた。


「お母様はずっと、亡くなるまでお父様のことを想っていらしたから……。もちろん私やお兄様のことも大切に想ってくださっていたし、たくさん愛してくださったわ。ですがやっぱり、お父様にもっと一緒にいてほしいと望んでいらしたのではないかと思って……」

「――約束したんだ」

「はい?」

「お前の母さんに出会った時、私は爵位は継いだものの、父親の遺した借金も継いで首が回らなくなっていた。だから母さんの持参金目当てだと思われたくなくて、私は彼女には近づかないようにした」

「それでも……結局はプロポーズされたんですね」

「いや、プロポーズされたんだ」

「お母様に?」

「ああ。逃げるなと言われたよ。お金がないのは恥ではない。自分にはお金があるのだから、それでいいではないかと」

「では、お母様の持参金を元手に今の資産を築かれたのですね?」


 思いがけない内容にオパールはかなり驚いていた。

 それでも表には出さないようにしながら続きを促す。


「ああ、そうだ。母さんの持参金を何倍にもしてみせると約束したからな。だが結婚当初はかなり苦労させてしまった。それにお前の母さんは元々あまり体が丈夫ではなかったから、王都よりも空気の良い田舎で暮らすほうがいいだろうと、領地を整備して過ごしやすくしたんだ」

「……知りませんでした」

「誰にも話したことはないからな」


 ぼそりと呟いたオパールに答えた伯爵は心なしか胸を張っている。

 そんな父から目を逸らし、オパールは車窓から見える長閑な風景を眺めた。

 母が寂しい思いをしていたのは知っていたし、オパールも寂しい思いをしていた。

 だが母は、きっと父の不器用さも含めて好きだったのだろう。


(不器用っていうか、頓珍漢すぎるわよ……)


 オパールならたとえ体が弱くても田舎でおとなしく待たず、愛する人と一緒に過ごすために乗り込んでいく。

 状況を打破するために戦う。

 そこでオパールは改めて気付いた。


「私とマクラウド公爵との結婚を強引に進め、あのように破格の援助をなさったのはご自分と重ね合わされたからですか?」

「……お前の頑固さは計算に入れていたが、マクラウドの傲慢さは計算していなかった」

「では、この結果も計算されていなかったのですか?」

「クロード君の一度目の求婚の許可を与えなかったことを後悔はしていない。二度目に関しては許すべきだったかと後悔はした。だが、今はこれでよかったのだと思っている」

「そう、ですね……」


 不満はたくさんあるが、父なりにオパールを愛してくれていることはわかった。

 しかし、父は愛という感情を認めないだろう。

 それも含めて父であり、オパールは父を愛している。


(少しだけ、お母様の気持ちがわかったわ……)


 オパールは父親から窓の外へと再び視線を移し、ため息を呑み込んだのだった。




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