5.謁見
「陛下、お言葉が過ぎます」
「だが否定はしないんだな」
「オパールを貶める発言は控えていただきたいだけです」
アレッサンドロの突然の言葉に抗議したのはクロードだった。
ヒューバートの財産についてあの当時のことを知っているのは、ほんの数人のはずだがアレッサンドロはどうにかして調べたのだろう。
正確なやり取りは知らないのかもしれないが、当時のヒューバートの財産状況やオパールの叔父と同僚の法務官が公爵家に出入りしたこと、それらから後のオパールの行動などから推測できないことはない。
クロードが話したとも考えられないことから、アレッサンドロの洞察力の鋭さにオパールは感嘆していた。
きっと公爵家の土地管理人であるオマーの借金のことまで調べているはずだ。
「今の陛下のお言葉について、私の意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「よかろう」
たとえ今の言葉が事実だったとしても、反論はするべきだ。
オパール自身はどう思われてもかまわなかったが、クロードに迷惑はかけたくなかった。
「マクラウド公爵の財産について、陛下がどのようにお知りになったのかは存じませんが、あれは正当な手続きを経て私のものとなりました。ですから私に恥じる気持ちはありません。ただ世間に知られると不都合なことも多く、わざわざ吹聴することでもありませんので、皆が沈黙していただけなのです」
「なるほど。いささか退屈な返答ではあるが、まあ無難だろうな」
この言葉で、オパールは試されていたことに気付いた。
笑みを浮かべてはいたが、自分の鈍さが悔しい。
そんなオパールを見てか、クロードが厳しい眼差しをアレッサンドロに向けた。
「陛下、いい加減になさってください」
「そう怒るな、クロード。確かに意地が悪かったことは認めよう。ただこれくらいで怯むような女性なら、お前の妻は務まらぬと思っただけだ。すまなかったな、オパール」
「――いえ、謝罪の必要はございません」
「ほら、クロード。オパールは許してくれるそうだぞ。だからお前もかりかりするな」
許す以前の話だが、それはオパールの心の中の問題である。
オパールは気持ちを切り替えて、クロードに大丈夫だと微笑んでみせた。
すると、アレッサンドロが楽しげに続ける。
「この国にはまだまだお前にも私にも敵は多い。その点、オパールなら心配いらぬだろう。素晴らしい女性を得たな、クロード」
「私はオパールが好きだからこそ求婚したのであって、この国のためでも陛下のためでもありません。ですから、オパールを利用する気はまったくありませんので、陛下もそのおつもりでいらしてください」
「だが、オパールはそのつもりのようだが?」
クロードがきっぱり言い切っても、アレッサンドロは平然としてオパールへ笑みを向けた。
微笑み続けるオパールを見てそう結論付けたらしい。
「……オパールの行動を止めようとは思いません。いえ、止めることはできません。オパールが素直に私の陰に隠れてくれるような女性ならよかったのですが、そうではありませんからね。しかもそんなオパールだからこそ好きになった私にはどうしようもありません。むしろ私がオパールの陰に隠れてしまうかもしれませんね」
「そんなことをすれば、私があなたを引っ張り出すわよ」
諦めを含んで答えていたクロードも最後には笑っていた。
要するにこの謁見は、結婚を許するためでもオパールの人柄を判断するものでもなく、オパールの好きなように振る舞えばいいと告げるためだったのだ。
はっきり言えば、隠れていないでさっさと公の場に出てこい、と。
アレッサンドロの姪――先代国王の忘れ形見である王女との結婚話はおそらく反抗勢力の声なのだろう。
単純に考えれば、現国王の右腕であるクロードと王女との結婚は、クロードと王家の結びつきを強くし、反抗勢力を黙らせることもできる。
だが、二人の間に男児が生まれれば、また新たな火種になりかねない。
しかもその先陣に、自分の息子を王にとクロードが立ちかねないのだ。
たとえクロードにそんな意思がなくても、アレッサンドロや周囲にその疑念は生まれ、確執ができる。
(確か王女様は今年二十二歳になられるのよね……。他国の王族へ嫁がせても同様に利用されかねないし、難しい問題だわ……)
疫病や内乱で国が荒れていたせいで、王女の結婚は棚上げにされていたのだろう。
そして今は、微妙な立場になっている。
アレッサンドロには二人の息子がいるが、まだ十代前半であるため、後ろ盾があっても彼ら自身がもっとしっかりするまでは下手な手は打てない。
本来、王妃となるべきだったアレッサンドロの妻は先の疫病で亡くなっているため、アレッサンドロ自身にも多くの縁談が舞い込んでいると聞いた。
外から見ただけではわからないが、この国はまだまだ不安定なのだ。
「では、オパールに直接訊こう。明後日に開催される舞踏会――新しい鉄道路線の開通を祝う舞踏会に出席してくれるだろうか?」
挑戦されたのなら受けて立つ。
そんなオパールの性格までアレッサンドロは摑んでいるらしい。
「――私はクロードに従いたいと思います。エスコートはクロード以外にあり得ませんので」
「だそうだ。どうする、クロード?」
「オパールがそう言うのなら、出席いたしますよ。逃げたと思われたくありませんからね」
「では、決まりだな。どうやらお前の扱い方がわかった気がするよ」
「あまり調子に乗らないでください。先ほどの約束をなかったことにしますよ。それでは、私たちはこれで失礼いたします」
クロードは今日一日でもう何度目かわからないため息を吐いて答えると、辞去の挨拶をした。
そして満足したらしいアレッサンドロと同時に立ち上がり、オパールに手を差し出す。
「楽しかったよ、オパール。また明後日、会えることを心待ちにしている」
「ありがとうございました、陛下。それでは失礼いたします」
クロードに手を借りて立ち上がると、オパールもアレッサンドロに挨拶をしてその場を辞した。
そのままクロードにエスコートされて一度控室へと戻る。
相変わらず周囲からの興味深げな視線は感じたが、今は安堵感から余裕を見せることができた。
やはり王城に赴き、直接アレッサンドロに会って話してみれば、書物などの下調べだけでは読み取れなかったこの国の現状も少しはわかった。
またエリクも言っていた通り、クロードには多くの女性が近づいてきていたのだろう。
クロードほど好条件の独身男性はそうそうおらず、何よりクロード自身が魅力的なのだから。
(まあ、それはちょっと贔屓目かもしれないけれど……)
クロードが結婚したからといって、その女性たち全員が素直に引き下がるとは思えない。
女性たちだけでなく、野心や敵意を持つ男性たちもクロードに近づこうとしているはずだ。
だとすれば、オパールを利用しようとする者も現れるだろう。
(陛下が私を調査させたのも理解できるけれど、それにしてもこの数か月でできるものではないわよね……)
いったいアレッサンドロはいつから自分に目をつけていたのだろうと、オパールは疑問に思った。
何気なくクロードに視線を向けると、ばっちり目が合う。
「疲れた?」
「いえ、大丈夫よ。ただ陛下はいつから私のことをご存じだったのかしらと思って……」
「ああ、それは八年ほど前かな?」
「八年?」
「たぶん、それくらいだったと思う。オパールのことは陛下と初めてお会いしてから、それほど時間を置かずに話したからね。それからたまに話題に上ったんだ」
「……内容については訊かないでおくわ」
「そう?」
知りたい気もするが、これはもう触れないほうがいいだろうと、オパールは黙り込んだ。
クロードは悪気がないようで、にこにこしている。
きっと幼馴染として話したのだろうが、五年前にクロードがマンテストの土地に投資と技術者を派遣してくれた時、アレッサンドロはヒューバートと会い、特に詳しく調べたのだろう。
あの頃はまだ諸外国に技術者を派遣するには賭けでもあったはずなのだ。
自分は本当にクロードに相応しいのかと悩んだりもしたが、今はもうオパールは決意していた。
この国での後ろ盾はなく、子供も望めないかもしれないが、ソシーユ王国に人脈はあり、財産もあり、領地運営もできる。
国王であるアレッサンドロに許可も得たのだから、オパールの思うようにこの国の社交界でも戦えばいいのだ。
反抗勢力だろうがそうでなかろうが、クロードの敵はオパールの敵。
(でも、クロードの友人を――味方を敵に回さないように気をつけないと……)
エリクのことを思い出したオパールは、ため息を呑み込んで隣を歩くクロードを見上げた。
ほんの一年前までは、こんな幸せが待っているとは思ってもいなかった。
「オパール……そんなに見つめられると、衝動が抑えられなくなるからやめてくれないか?」
「え?」
「それとも、今ここでキスしてもいい?」
「ばっ、馬鹿なことを言わないでよ!」
「本気なんだけどな」
クロードの言葉に慌てて前を向き、足を速めたオパールの耳に楽しそうな笑い声が聞こえる。
オパールはクロードを軽く睨んでから、ようやく着いたナージャの待つ部屋へ入っていった。




