33.愛の誓い
ランドル王国の大瘴気を浄化し終えた後。
アストリアはしばらくの間、領地経営を手伝いながら穏やかな日々を過ごしていた。
他国ではまだ大瘴気の発生が確認されていないため、しばらく「巫女姫」の仕事はお休みだ。
執務が早く終わった日には、ルカと皇都に出かけたりもした。大瘴気騒ぎで初回のデートが中断されてしまったため、そのやり直しを兼ねてだ。
そうして、数週間が経ったある日のこと。
「アストリア、準備はどう?」
「ルカ様。たった今終わりました。お入りいただいて大丈夫です」
アストリアは今日、純白のウェディングドレスに身を包んでいた。
結婚式の準備が整い、いよいよ挙式当日を迎えたのである。
ドレスは完全オーダーメイドの特別製。皇都で一番の仕立て屋が仕上げた最高級品だ。
胸から腰にかけては体のラインを美しく拾うデザインで、デコルテから腕にかけては品の良い薄いレースで覆われている。
腰から裾にかけてはボリュームのある生地がふわりと広がっており、職人技とも言えるきめ細やかな刺繍が何とも美しい。
そして、首元には大粒のルビーが輝くネックレス。耳飾りにも揃いの赤がキラキラときらめいている。
石の種類はアストリアの希望だ。ルカの茜色の瞳に近い赤色を身に着けたいと彼に伝えたのである。
部屋に入ったルカは、アストリアを見てしばらく呆けた後、両手で顔を覆った。
「僕の奥さんが可愛すぎる……もうこの世に心残りはないよ……」
「ふふっ、ルカ様。結婚早々、わたくしを未亡人になさるおつもりですか?」
アストリアがおどけた調子でそう言うと、ルカは顔を上げ、愛おしげな笑みを浮かべた。
「まさか。そんなことは絶対にしないよ。君と一生を添い遂げるつもりだからね」
そして彼はアストリアの手を取り、小さく口づけを落とす。
「本当に綺麗だ。今すぐにでも抱きしめてキスしたいところだけど、化粧が落ちちゃうね。我慢するのが大変だ」
「ルカ様もとても素敵ですわ」
今日のルカは、黒のフロックコートを見事に着こなしていた。いつも下ろしている前髪は掻き上げられ、綺麗にまとめられている。
彼は長身でスタイルも良いので、何を着ても非常にサマになるのだが、今日はいつにも増して輝いて見えた。
アストリアがルカに見惚れていると、こちらをじっと見つめていた彼の表情が、どうしてかみるみるうちに渋いものになっていく。
「ルカ様? どうなさいましたか?」
「ねえ、アストリアをみんなに見せなきゃだめ? こんな綺麗なアストリアを見たら、みんな卒倒しちゃうよ。うん、やっぱり領民への挨拶は僕だけでやって、アストリアは部屋の中で待機を――」
「もうっ、旦那様! 何のための結婚式ですか! 領民の皆さんに、アストリア様のことをぜひとも自慢してきてください!」
ルカを窘めたのは侍女のテレサだ。
彼女は両手を腰に当て、駄々をこねる子供を叱るように眉を吊り上げている。この様子だと、どうやら叱り慣れているようだ。
「だって、こんな綺麗なアストリア、夫として独り占めしたいと思うのは当然じゃないか」
彼の本音はどうやらこちららしい。
唇を尖らせて反抗するルカに、アストリアは思わず苦笑した。
「ルカ様。わたくしをルカ様の妻として、改めて領民の方々へご紹介してくださいな」
「うーん……そうだね。うん、確かに。アストリアが僕の奥さんだってこと、みんなにしっかりわかってもらわなきゃね。アストリアに惚れる輩が出てきても困るし」
自分の中で何かを納得したのか、ルカはうんうんと頷いていた。
そうこうしているうちに、家令のギーゼルが部屋に声をかけてくる。
「ルカ様、アストリア様。そろそろお時間でございます」
「わかった。じゃあ行こうか、アストリア」
「はい、ルカ様」
アストリアは差し出された彼の手を取り、馬車で街の教会へと向かうのだった。
* * *
挙式には、領民の代表者たちが揃って参列していた。
教会の収容人数には限りがあるため、領民全員を招待することはできない。そのため、挙式後に領内を馬車で練り歩く予定だ。
教会の中にはステンドグラスを通して温かな陽の光が差し込み、何とも幻想的で厳かな雰囲気が広がっている。
挙式の参加者たちは皆、アストリアの見事な美しさに息を飲み、ルカがようやく運命の相手と出会えたことに涙していた。
そして、式がつつがなく予定通りに進行し、中盤を過ぎた頃。
神父がルカに、にこやかに問いかける。
「新郎、ルカ様。あなたはここにいるアストリア様を、病める時も、健やかなる時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
ルカは高らかに宣言した。彼の声は朗々と教会内に響き渡り、アストリアの耳に心地よく入ってくる。
次はアストリアの番だ。
「新婦、アストリア様。あなたはここにいるルカ様を、病める時も、健やかなる時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
迷いなく宣言したその声は、清らかな音で教会内に響いた。
「それでは、誓いの口づけを」
神父に促され、アストリアとルカは向かい合う。ベール越しに目が合うと、彼は優しく微笑んだ。
ルカによってベールが上げられ、アストリアは自然と目を閉じた。そして、彼の唇が重なる。
その途端、参列者から割れんばかりの拍手が湧き上がり、二人が唇を離した後も、しばらく拍手は鳴り止まなかった。
こうして二人は、領民たちからの祝福を受けながら、神の元で一生の愛を誓い合ったのだった。
その後、教会の大扉から外に出た二人は、馬車に乗りベルンシュタイン領を回った。
通りには大勢の領民たちが二人の姿を一目見ようと集まっている。
「ルカ様! アストリア様! おめでとうございます!!」
「どうか末永くお幸せに〜!」
「ルカしゃま! アストリアしゃま! おめでとうございましゅ!!」
領民たちからの盛大な拍手と歓声に、アストリアたちは笑顔で手を振りながら応えた。
「ルカ様。わたくし今、怖いくらい幸せです」
それは口をついて出た言葉だった。
こんなに幸せでいいんだろうかと思えるほど、幸せなのだ。母国にいた頃には、こんな幸せな日が訪れるなんて、本当に考えられなかった。
だからこそ、この幸せがいつか終わるかもしれないと思うと、そこはかとない恐怖が湧いてくる。
アストリアがわずかに目を伏せると、ルカは優しく微笑み、空いている手をぎゅっと握った。
「怖がらないで。これから先の未来も、ずっと幸せなものにするって約束する」
彼のその言葉だけで、胸の奥底に湧いた恐怖と不安が一瞬にして消え去った。
彼と一緒なら、絶対に大丈夫だ。
たとえどんな困難に出くわそうとも、きっと二人で乗り越えられる。きっと二人で、幸せを歩んでいける。そう思えた。
そしてアストリアは、ルカに力強く宣言する。
「わたくしも……わたくしも、ルカ様を幸せにするとお約束いたします」
ルカは一瞬、面食らったように目を丸くしたが、すぐにフッと笑った。
「じゃあ、一緒に幸せになろう。約束だね」
「はい、約束です」
微笑みあった二人の笑顔は、幸せに満ちている。
結婚式後、二人はルカの両親と同様に、新婚旅行として各国を巡りながら大瘴気を浄化して回ったそうだ。
大瘴気の浄化が全て完了した後には、一人の元気な男児を授かり、二人は惜しみのない愛情を息子に注いだ。
子供が生まれてからも、ルカとアストリアの仲は周囲が照れてしまうほどで、その生涯を終えるまで二人の愛は変わらなかった。
特にルカの溺愛っぷりは物凄かったらしく、歴代当主と同様――いや、歴代当主を上回るほど、妻を溺愛していたという記録が残っている。
最後までお読みいただきありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
皆様と別作品で再びお会いできることを願っております。
もし気に入っていただけましたら、ブックマークや★での評価などで応援していただけますと、次作の励みになります!
【作品紹介】
下にリンクがありますのでよろしければどうぞ!
婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜
https://book1.adouzi.eu.org/n5306jp/
〜あらすじ〜
エレノアは表ではしがない文具屋を営み、裏では婚約破棄の代行を生業としている見目麗しい女店主。
そんな彼女の元には様々な事情を抱えた依頼人が訪れる。
断罪された令嬢、虐げられた姉、白い結婚を言い渡された男などなど。
しかし、彼女たちの依頼には裏があって――?
ご興味あればお立ち寄りいただけると嬉しいです!




