32.ランドル王国の没落
ランドル王国の人々のその後である。
ルカの転移魔法によって実家のウォーラム公爵家に飛ばされたシェリルは、目が覚めた後、己の変わり果てた姿を見て発狂した。
腕、足、背中。毎日時間をかけて磨き上げていた体には、魔物によって付けられた無数の傷が残されていたのだ。顔に負った傷もそのほとんどが痕になって残ってしまい、自慢の美貌は見る影もない。
それに加え、魔物に追われ、空高くから落下した恐怖が鮮明に蘇る。ルカの魔法により命が助かったのは良かったものの、姉はルカに選ばれ、自分は誰からも見放されてしまったという事実が、シェリルの心を深くえぐった。
さらに不運なことに、シェリルはあまりのショック故か、光の巫女の力が使えなくなってしまったのだ。
それらの出来事は、プライドの高いシェリルが心を病むには十分だった。
大瘴気の事件の後、シェリルは廃人同然となり屋敷に引きこもるようになった。今は誰とも口を利ける状態ではなく、魂が抜けたようにただぼんやりと過ごしているという。
また、アストリアの生家であるウォーラム公爵家はというと。
娘のシェリルが廃人と化したことにより、王太子ジェフリーとの婚約は解消。
一時期は二人もいた光の巫女をどちらも失った上、王家との繋がりが無くなってしまったウォーラム家は、相当な権力を失うことになった。
さらに、ベルンシュタイン家に多額の賠償金を支払ったことに加え、領地経営がいよいよ立ち行かなくなり、結局は財政破綻してしまった。今は国や他家の支えを受けながら、立て直しに苦心しているという。
そして、王城では。
ランドル国王とその息子ジェフリーは、臣下や貴族諸侯からだけでなく、国民全体からも激しい非難を浴びていた。
アストリアを付け狙っていたあの間者の男が、全ての真相を己の鬱憤とともにぶちまけたからだ。
アストリアを光の巫女姫だと見抜けず、偽りの悪評を国民に流し、愚かしくも長きに渡り彼女を虐げ続けたこと。
大瘴気の発生を隠蔽した上、すぐにフレーベル帝国に助けを求めなかったことにより、被害が拡大したこと。
アストリアを無理やり連れ戻そうとし、ベルンシュタイン家の怒りを買ったこと。
そもそもジェフリーがアストリアと婚約破棄をしなければ、こんなことにはならなかったこと。
その全てが国民に知られ、王家の威信は完全に失われた。
王国の問題はそれだけではない。
ベルンシュタイン家からの警告文を無視してアストリアを攫おうとした王国に対し、ルカは大激怒。
北の大森林での大瘴気騒動が落ち着いた後、ルカはフレーベル帝国に潜伏していた他の諜報員も一網打尽にし、帝国に突き出した。そして彼は、皇帝マルクスにランドル王国への制裁を進言したのだ。
皇帝は「光の巫女姫誘拐未遂」と「帝国への諜報活動」をランドル王国による敵対行為だと判断し、王国に対して厳しい経済制裁措置を取った。貿易規制や出入国規制がかけられ、王国にとってかなりの痛手となったようだ。
ランドル王国は制裁措置に反発し帝国に抗議文を送ったが、ベルンシュタイン家当主から「国を滅ぼさなかったのはアストリアの故郷だから。滅ぼされなかっただけ感謝してね」という旨の書面が返ってきたため、それ以上何も言えなくなってしまったそうだ。
また、シェリルとの婚約を解消した王太子ジェフリーだが、年頃の令嬢は誰も彼と結婚したがらず、相手探しに難儀しているらしい。
これには一連の醜聞に加え、ある出来事が決定打となった。
アストリアがベルンシュタイン邸へと移った後、ジェフリーは彼女に大量の手紙を送りつけていた。その手紙の数々が、大瘴気騒動後にランドル王国の至る所にばら撒かれたのだ。
個人的な手紙をばら撒くなんていういたずらを仕掛けたのは、もちろんアストリアではない。ルカだ。
ジェフリーから来ていた手紙は全てルカの元で止まっており、アストリアは手紙が来ていたことすら知らない。
何通にも及ぶ手紙の数々は、その全てが恋文とも呼べない、何とも痛々しく気持ちの悪いものだった。
『アストリア。待っているから早く帰ってこい』
『お前には俺のような男が相応しい』
『俺のことが好きなくせに。恥ずかしがっているのか?』
『なかなか戻ってこないのは、俺の気を引こうとしているからだろう。可愛い奴め』
自分がアストリアに好かれていると信じて疑わず、彼女がなぜ帰ってこないのか理解できない、痛い勘違い男。
非常に残念なジェフリーの姿が明らかとなり、令嬢たちは決してジェフリーに近寄ろうとしなくなったのだった。
そして、シェリルが光の巫女の力を使えなくなったことにより、ランドル王国には瘴気を浄化できる人間がいなくなってしまった。
それにより王国は、他国に対価を支払って光の巫女を借りざるを得ない状況となり、より財政難に見舞われるようになった。王国は既に破綻寸前で、他国から借金をし始めているという噂も立っている。
実際に財政破綻する未来も、そう遠くはないだろう。
一連の出来事の末、ランドル王国は他国から没落の烙印を押されてしまった。
優秀な指導者が現れない限り、王国の立て直しは非常に難しいだろうと言われている。




