九話 捜索難航
見つからない。
何がというと、『炎の能力者』こと神楽アツキだ。彼は『兄』が能力者達を追い始めるよりも以前に死去している為、『兄』にとってはあまり興味を引く相手ではなかった。
後輩の松太郎が個人的に追っていたから名前を知っているが、松太郎がいなければ存在すら気に留めていなかったであろうほどだ。
そしてそもそも、神楽アツキは既に紅子によって裁かれた存在だった。彼女も命を失うことになったが、それ以上彼を調べたところで潔を殺した能力者の手掛かりにも何にもならないことは分かっている。
能力者の数が急激に増えてその動きが活発になるのはもっと後のことであり、神楽アツキの時期は一部の能力者が暴走した数少ない事件しか存在していない。
斉藤カズオキもそうなのだが、その当時に捕まらなかっただけでこの時期から活動していた能力者もいるのだろうが……。
「名前だけでは厳しいな。同じ名前は何人か見つけたが、年齢が違ったり随分と遠方だったり。まぁ引っ越しの線もあるか、それに親の離婚によって苗字が変わるパターンもな」
神楽アツキについて、俺が知っている数少ない情報のうち大きなものは二つ。名前と年齢だ。
紅子と相討ちになった当時で確か18歳のはず……それならば、親の離婚等で苗字が変わる可能性はまだある。
紅子と喫茶店でお茶をしながら行き詰まった状況に頭を悩ませる。
「やはり、事件を起こすまで待つしかないですね」
「出来る限り、被害者は出したくないんだがな……」
警察官らしく、犯罪は犯されないほうが良いと紅子は言う。確かに最初に起こすのはボヤ騒ぎで犠牲者はゼロだが、人が死ななければ良いというものではない。
「それに、バタフライエフェクトという言葉がある。既にお前の『未来』と違って、斉藤カズオキは捕まっている。お前という『未来』を知る人間がいる。それだけで、お前の『未来』と違って最初から犠牲者が出るかもしれない」
それは、かなり薄い可能性だが、無いとは言い切れないのだ。人の営みは些細なさざなみがいずれ高波となって押し寄せる。
「神楽アツキは、私が知る中でもかなり強力な能力者なんですよね」
ポツリと、ついそう漏らしてしまう。「そうなのか?」と紅子が意外そうに言うので、俺はその理由を説明することにした。
「炎を出して操る。斉藤カズオキの能力のような特異性はない、シンプルな力ですが……漫画と違って、火を浴びれば人はタダでは済みません。それを奴は自在に手のひらから生み出して操るんです」
炎を直撃して、アチチでは済まないのだ。範囲や深度、それこそ漫画のような炎を出す神楽アツキの炎を浴びれば、一瞬で死傷級だろう。
即死でなくとも、出来る限り早く適切な処置をしなければ命はない。傷があとに残る程度で済めば良いほうだ。
「紅子さんも、死体はすぐには判別がつかないほど……いえ、失礼しました」
「構わない、今はまだ私は生きてるしな。むしろそんな奴よく殺せたな、『未来』の私は」
「そこはまぁ、拳銃って強いですよね……」
俺もできれば持ち歩きたかったものだ。この国ではそうも行かないし、能力者達も簡単には当たってくれないが。
「なのでまぁ、強力な能力は数多くありましたが……殺傷能力という点において、神楽アツキは私の知る限りではトップレベルに位置します。なのでできれば交戦することなく……」
チラリと、少し紅子の顔を伺う。
「無力化、できればいいなと」
殺す。その本心は隠して俺は困った顔を浮かべておく。
「無力化、か。手から炎を出すようなやつを、どう無力化すれば良いんだろうな」
手を切断しても、断面から炎を出すだろう。これは俺の推測だが、能力者とはそういうものだ。
紅子も分かっている。『未来』の自分は攻撃を受けるなどして死に瀕し、追い詰められた末にやむなく拳銃を使ったのかもしれないが、間違いなく『それ』には気付いていたのだろうと。
殺さなければ、能力者は止められない。
紅子に対し内心で安心してくれ、と語りかける。
神楽アツキは、俺が必ず殺す。
「神楽アツキはシンプルで強力な、『分かりやすい』能力者です。なので、能力を使っているところを映像に収めたい……そこが、正直ネックですよね」
神楽アツキは見つけ次第、不意討ちで殺してやりたいところなのだが……奴だからこそ役立ってもらわなければいけないことがある。
記憶ではそうなのだが、神楽アツキという能力者は『無能力』対『能力者』という構図において一つのターニングポイントになっている。
それは、紅子の残した神楽アツキの能力使用中の動画だ。たしか、彼女は奴との戦闘シーン……つまり自分が死ぬことになる様を隠しカメラで撮影していて、それを見た警察は『能力者』という存在を認知する。
そして、対能力者組織を設立するのに影響を与えていくのだが……この歴史は、出来ればもう一度再現したい。
中々、パッと見るからに超常を扱う能力者は珍しい。つまり説得力があるのだ。
この世には、超常能力が存在するのだという、証明として。
「いずれ紅子さんが遭遇するのを待つしかないんでしょうか……」
「その場合、私の死亡率が高まるな」
勘弁してくれ、縁起でもないことを。俺はすぐにそう思って、少し自らを意外に思った。
紅子とはそこそこの付き合いになってきた。故に俺の中で彼女の存在は随分と大きくなっていたらしい。
出会った時は『兄』の記憶から紅子が死ぬ確率が高いと考えて、出来る限り心を寄せないように……とまで考えていたのに。
この人のことも、死なせたくないな。
強く、そう思った。
*
指先に火が灯る。
どうしようもない人生に、一筋の光が差した気がする。その火はまるで生き物のように自在に動かせて、秘めた熱量は本物だ。
俺と母を捨てたクソみたいな父親も、母を利用するあのクソ男も、このクソみたいな世の中も全て嫌いだ。
そんな嫌いなものばかりの世界に唯一、やっと俺の心を『救ってくれた』力。
燃え上がる自宅。集合住宅だった為に他の部屋も巻き添えだが、なるべく人のいないタイミングを選んだから大丈夫だろう。
今は、俺の家で眠るクソ男だけだ。火元は奴の吸っていたタバコということになるだろう。
そうなるように、『力』を使ってきた。
「ああああああぁぁぁ! 中に! 中に!」
燃えた集合住宅を見ている人々、の奥から泣き叫びながら誰かが走ってきた。隣に住んでいる女だ。確かまだ幼い息子がいたはず。
「うちの子は!? 逃げてますか!? 中で寝てたんです!」
そんなまさか、今日は平日の昼だ。そして他の住人が外へ出ていくのを確認して……隣の子は普段は学校に行っているはず。いや……もしかして、風邪か何かで、休んで寝込んでいた?
「タカオ! タカオぉ! どこォ! お願い、返事をしてェェ!」
後日、あの火事の死者は二人だったと判明した。クソ男と、あの時泣き叫んでいた女の息子。熱を出して寝込んでいて、母親である女がちょっと買い物に出た間に起きた悲劇だったらしい。 火が広がる勢いはすごく、火元の部屋が隣だったこともあって逃げるのが間に合わなかったのではないか、という話だった。窓の近くで変わり果てた姿になっていたらしい。
クソ男の寝タバコが原因だということになった。普段から寝タバコで物を焦がしていたという証言と、事故の後の検分の結果、それでほぼ間違いないだろうと。
あの日、仕事に出ていた母は変わり果てた自宅と彼氏の姿を見て、憔悴しきった顔でポツリと言った。
「あんたは、運が良かったね」
その感情の籠っていない言葉に、俺は「うん」と答えた。
*
それから三か月。神楽アツキの情報はまるでなく、俺と紅子はたまに会ってお茶をして話をするただの友達のような状態になっていた。
そこまで交流が増えると互いのことを話す機会も増えていき、俺も俺が『未来の記憶』を持つことを唯一知っている相手である紅子に、小学校での悩みを吐き出したりしている。
「いや、私が小学生の頃は周りがこんなにバカだったかな? とか思ってしまうんですよね」
「お前くらいの女子は大体男子に対してそんなことを言うんだ。割とよくあることだぞ」
「ええ〜……? そう言われると、なんか複雑ですね」
肉体に引っ張られているのか、人は置かれた環境や自身のカテゴリに引っ張られるのか、たまに小学生らしいことをするのは認めるが精神は男であるという認識が強い為、精神女子小学生化は受け入れがたいものがある。
「紅子さーん。今日もお願いしますー」
今日はもはや能力者について話すこともなく、普通に雑談だけをしているうちに潔の授業が全て終わり俺達の元へ来た。
よく習い事まで送ってくれる紅子に潔もすっかり懐いており、家でも紅子のことを楽しそうに話すくらいには心を開いているらしい。
「お前ら将来は警察に入って私の部下になれよー」
紅子の方も、俺達の事を好ましく思ってくれていると思う。
かつて松太郎が彼女の死を悼んで能力者との戦いに身を投じたのは、きっと紅子の人の良さを松太郎も好きだったのだと思う。
そういえばアイツは、今何してるんだろうな。今生では同い年だから、小学校は違っても中学では同じになるはずだが。




