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八話 厳しきかな女子小学生の世界



「あんたさ、ダイキくんのことはミヨが好きなのに、ダイキくんの前でぶりっ子してんじゃねぇよ」


 ダイキくんとは、高田亮太とよく一緒にあそぶ……つまりは最近の俺ともよく遊ぶ男の子のことだ。

 そしてミヨとは、俺を三人がかりで壁際に追いやっている女の子達の内の一人だ。気が強そうなクラスの女子アカネが先頭に立ち俺を叱責している後ろで、何やら目に涙を浮かべている所を更にもう一人に慰められていた。


「ぶ、ぶりっこ……? いや、そんな、よくわからない」

「よく分からないっ!? よくそんな酷いことできるね!」


 酷いことと言われても……。と、俺は心底から困り果てる。昼休みになって、トイレに入ったところで呼び止められ、これだ。

 そんなことより、トイレを済ませたいんですが。しかしそれを口にする暇がなく、俺の顔の横にアカネの手が伸びて強く壁を叩く。

 か、壁ドン? 古いか? いやこの時代にはそもそもまだないか……? 


「ミヨが可哀想だと思わないの!!?」


 可哀想……っ!? 思わないけどっ、そう言ったらもっと怒られる気がする。

 えーと、つまり、こういうことか……? 


「み、ミヨちゃんは、ダイキくんのことが好き……?」

「今更何言ってんの!? そんなのわかってたくせに!」


 同じクラスの女子が好きな男子なんか知るか! 理不尽すぎるぞ、これ。てかトイレいかせてくれぇ。漏れる……。


「あ、あの、ちょっと待ってもらっていい? と、トイレだけ行かせてくれないかな?」


 この体になってから、尿意のコントロールが難しいのだ。尿道の長さのせいか、膀胱の大きさのせいか限界が早い。

 俺の懇願を、しかし理不尽な小学生女子の世界は許してくれない。


「謝ったら、いいよ。まず謝ってからでしょ」

「ミヨちゃんごめん! ごめんなさい!」

「そんな適当でいいと思ってるの!?」

「適当じゃない! 漏れそうなんだ! 許して!」


 最初の亮太もそうだけど、小学生マジで話通じないんですけど。


 もうダメかもしれない。俺は諦めの境地に至った。心は成人男性だけど、身体は小学生女児だからお漏らししても許されるよね(?)

 いや、でも俺の昔の頃を思い返すと、トイレでうんこするだけで相当弄られてたから、漏らそうもんなら凄まじい弄りが待っているのではないか? 

 でもここトイレの中だしいいよね(?)


 尿意で錯乱し始めていると、トイレに新しい客が入ってきた。


「……何してるの?」


 扉を開けて中に入るなり、鋭い視線で俺に壁ドンしているアカネちゃんを睨んだのは、この学校でも一際目を引く美少女。

 (ミサキ)花苗(カナエ)ちゃんだ。

 アカネちゃんがそちらに気を取られた一瞬の隙を突き、俺は風のように間をすり抜け個室に入り鍵をかけ座った。服を脱ぐのも何とか間に合う。

 尊厳は守られた。


「ちょっと! あんた何勝手に!」

「音聞かれると流石に恥ずかしいので離れてくれませんかね……」


 開放感から緩い声が出る。だが本当に扉の前に陣取るのはやめてほしい。俺からすればそこにいる皆が娘と言えるレベルの年下の子なのだ。そんな子達に尿を足す音を聞かれるのは、なんだかいけないことをしているようでむず痒いのである。


「ねぇ、真守ちゃんに何してたの?」

「は? 花苗には関係ないじゃん」

「関係ないけど、いじめとかダサいなって思っただけ」

「はぁ!? いじめてなんかないし! ミヨがダイキくんを好きなのにアイツが───」


 何故だか勝手に揉めている。なるほど岬ちゃんはいじめとか許せないタイプの正義感が強い子なんだな。

 容姿もさることながら、中身も人格者とは……完璧人間だなぁ。俺は尿意とおさらばできた快感からもはや他人事だった。しかし出にくい。早く皆去ってくれないだろうか。


「そんなの、真守ちゃんに関係ないよね? 真守ちゃん、可愛いから嫉妬でしょ?」


 ……。なんか、岬ちゃんにそう言われると気恥ずかしさが半端ではないな。でもちょっと、意識してしまう。


 ───斉藤カズオキと戦った際、俺は心の折れた女の子を演じて奴の隙をついた。


 ふと、そんなことを考えた。

 記憶の限り、男と女の能力者(アウター)は大体同じ数いた。ただ、どいつにも言えることが……悪事を働く奴等(アウター)は皆、『欲望』に弱い。

 言うまでもなく、だからこそ能力を悪用するのだが。男の能力者相手に俺の今の容姿は武器になるのではないか? 思い出してみれば潔の容姿はよく褒められていた。今の俺は潔によく似ているし、岬ちゃんも言ったように可愛いのかもしれない。

 色仕掛け、『男』の自意識が嫌悪感を示すが、超常の力を操る能力者(アウター)相手に……使えるものは全て使わなければ、勝てない。


 服装とか、いずれは化粧とかを勉強していかなければならないな。そういう結論に至った。化粧でいえば、奴等(アウター)の隙をつく変装などにも有効だろう。


 能力者(アウター)相手に正面から交戦など、愚の骨頂だ。斉藤カズオキの時は失敗したが、奴等を相手取るなら───不意討ちの一撃でトドメを指す。




 考え込んでいるうちに、しばらく揉めていたアカネちゃんやミヨちゃん一同がプリプリと怒りながらトイレを出て行く音がした。


 そこで思考の渦から帰ってきた俺は慌てて股間を拭いて服を着直す。そして恐る恐る、扉を開けてみた。



 開けた先には、ニコニコ笑顔の岬ちゃんが立っていた。彼女の視線が俺の太ももあたりを一度見て、僅かに眉を下げる。一瞬だけ浮かべたのは、期待が外れたとでも言いたげな顔だった。


「漏れなかったんだ」


 なんで残念そうなの? 

 俺はそう疑問に思ったが、彼女はパッと顔を明るくさせる。一瞬だったので、気のせいだったのかな、と思い直す。


「意地悪だったねぇ。また何かされたらすぐ教えて? すぐに助けに行くよ」


 ふぅん。この子良い子だなぁ……。

 このくらいの歳の子といえば、アカネちゃんのように周囲の子を引っ張る力を持った子に同調しておかなければ、はぶかれたりとかいじめのきっかけになる可能性が高い。

 そして自分で言うのもなんだが、少し普通の女子とは違う俺なんかはその対象になりやすく、庇おうものなら巻き添えだ。


 なのに、それを省みず俺を助けてくれたし、味方になってくれると言う。


 見た目が良い子は、中身も良い子なんだなぁ。と俺は感心して、「ありがとう」と笑顔を返したのであった。



 *



「どう真守ちゃん。学校では上手くやれてる?」


 学校からの帰り道、今日は潔と同じ時間に帰れたので一緒に帰っている。そのあと今日は柔道の習い事だ。

 俺は首を傾げて、ちょっと返答に困る。


「うーん。男の子とは、休み時間もよく遊ぶけど……女の子は、ちょっと疎まれちゃったかもなぁ」

「え!? どうして!? 誰に……?」


 最後の方は少し声が低くなって怖い。事件の事もあって潔は俺に対して少し過保護なところがある。この前ザリガニ取ってた時も亮太達にブチギレてたもんな……アイツらキャピキャピしててあまり堪えていなかったけど。


「いや、大丈夫だよ。なんかさ、よく遊んでる男の子の事を、好きな女子がいたらしくて……でも、岬ちゃんっていうすごい美人な子がいるんだけど、その子が味方になってくれたからさ」

「あー……真守ちゃん、可愛いからね。そういうことは、あるよね……でも、岬って、あの(ミサキ)花苗(カナエ)ちゃん?」

「知ってるの?」

「一つ上の私達でも有名なくらい可愛い子だよ、その子と友達なんだねぇ。さすが真守ちゃん、可愛いもん」


 友達……なのかな。小学生はどの程度の交流で友達判定するのだろう。少なくとも、岬ちゃんから悪意を向けられてはいない……と思うのだが……。

 自信を失っていると、その様子を不思議に思った潔が首傾げた。


「どうしたの?」

「いや、なんかこう、岬ちゃんと(マモリ)は友達なのかなぁって」

「あー分かる。それでよく揉めてる友達も見るし、私は友達だと思ってたのにぃ! って。てか真守ちゃん、最近たまに自分のこと名前で呼ぶよね」


 ドキリとした。

 痛い子に見えることはわかっているが、ふと意識していない時につい……出てしまうのだ。『記憶』を思い出す前にはなかった、癖のようになってしまったもの。まるで自分自身を俯瞰しているような───。


「ちょ、ちょっと痛い子かな?」


 誤魔化すように照れてみせると、潔は満面の笑みで首を振り否定する。


「そんなことないよ! 可愛い可愛い!」


 潔のやつ、(マモリ)のこと全肯定ウーマンになってないか……? 


 俺は『記憶』の潔を思い出す。中学生まではお兄ちゃんお兄ちゃんと後ろをひっついてきていたが、中学に入ったあたりから距離が空いてきて……別に兄妹仲が悪くはなかったはずだが、言葉を交わす機会が少なくなって寂しく思ったものだ。

 まぁそう考えると、妹ちゃん妹ちゃんしてる今と変わらないのかもしれない。やはり、『ここ』の潔も『潔』なんだ。


「怖い顔になってるよ? 気にしすぎだって、大丈夫大丈夫、私のクラスにも自分のこと名前で呼ぶ子いるし」

「そ、その人は陰口叩かれてない?」


 また能力者(アウター)との戦いのことを考えてしまっていたことを悟られないようにする。俺の言葉を聞いて、笑顔を固まらせた潔は目を逸らして何も言わなかった。


 う、うーん。やはり『癖』は学校では出さないようにしないとな……。


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