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七話 鈴木紅子


 別クラスの香澄ちゃんと偶然下駄箱で一緒になったので、笑顔で挨拶をする。


「わぁ、真守ちゃんなんだか久しぶりだね。どぉ? いじめられたりしてない?」

「うーん。なんとか、ね? なんか男の子とばっか遊んでる気がするけど……」


 香澄ちゃんは無害そうな顔で歯に衣着せぬ物言いをする。俺は首を傾げながら、四年生だからまだ高田くん、もとい亮太達と遊んでばかりでも許されているが、そのうち男とばっか遊ぶ尻軽め……的な感じでクラスの女子からいじめられたりするのだろうか。

 でもなぁ、気付けばあいつらとばかり遊んでるなぁ……。我ながらすっかり子供らしくなったなと、『兄』の部分がすこし恥ずかしく感じている。


「あ〜高田くんでしょ? 怖くない?」

「最初は、まぁあれだったけど。アイツちょっと単純なだけだから」


 まぁ、『兄』として三十年近く生きた記憶を持っていれば、亮太くらいの生意気具合は可愛らしく見えるものだ。


 談笑しながら校門まで歩いていると、出てすぐのところで背の高い女の人がこちらを見て手を振っているのに気付く。


「あ、ごめん香澄ちゃん。ちょっと知り合いが……」

「そうなの? じゃぁ、ばいばい」


 そういえばこのタイミングで来ると言っていたな、と思い出す。俺が小走りで駆け寄った相手は、警察官の鈴木紅子だ。

 今日は非番なのかラフなパンツルックで、高い身長と細い身体によく似合っている。


「こんにちは、紅子さんの私服姿初めて見ましたが、よく似合ってますね」

「ほぉ、相変わらずできた娘だ。まぁ乗れ」


 促されるまま彼女の車に乗り込む。そのまま走り出すかと思えば運転席に座った紅子は俺の腹を急に鷲掴みしてくる。


「細いなぁ。もっと飯食えよ、デカくなれないぞ」

「……怪我の影響であんまり量食べられないんですよ」


 そうだったな、と紅子はいって車を走らせ始めた。


(イサギ)はいつまでだ?」

「私より一限多いだけなので、長くても一時間くらいだと思うんですが……」

「ふぅん。いうほど時間ないな。コンビニで待つか」


 今日は、空手の習い事の日なのだ。あの事件以降、俺は身体能力を補うものが必要だと感じて武道を習わせてくれないかと親に頼み込んだ。

 当然の様に、怪我の影響も多く残るこの体でとんでもないと却下されたのだが、そこはこう……弱いままでは生きていくことそのものが恐ろしい、自信が欲しい、人間全てが怖い。とちょっと大袈裟に心を病んだフリをしたら、親からの心配は増えたがなんとか許可をしてもらえた。

 なぜだか、潔も同じ空手教室に通うことになり、今日は二人で行く予定なのだ。


「なんかいるか? 私は缶コーヒーでも買うつもりだが……」

「別に、何もいらないです」


 そこで何故紅子と今会っているのかというと、斉藤カズオキの事件以降彼女とは定期的に連絡を取り合っているからだ。

 それは俺の両親も知っていて、警察官の紅子なら安心だと習い事の送り迎えを紅子が申し出ても快諾するほどだった。


 コンビニに止めて、紅子は缶コーヒーと飲むヨーグルトを買うと車に戻る。ヨーグルトの方を手渡された。

 飲め、ということだ。何故飲むヨーグルトなのだろう……。


「胃腸に良いかなと思って」

「ありがとうございます」


 いやまぁ好きだけどさ。

 というわけで、潔の授業終わりまでコンビニの駐車場の車内で二人きりだ。


 何故、紅子がわざわざ俺の元へきたか。それは当然、能力者(アウター)のことだ。


「斉藤カズオキが意識を取り戻した」


 そう切り出され、無意識にびくりと身体を震わせてしまう。我ながらその反応を恥ずかしく思いながら、誤魔化す様にヨーグルトを飲んだ。


「……しかし脳へのダメージは大きく、まぁまともな生活は送れない。だが、知性を失ってはいないから今回の件について『裏付け』が取れた」

「それは、私としても紅子さんの信用を勝ち取れそうで有り難いですね」


 紅子にはそれなりに事情を話している。彼女が嘘を見抜く能力を持っているとはいえ、こちらではまだ能力者(アウター)の存在は公にはなっていない。

 あくまでも『嘘を見抜く』力では、俺の『嘘』は暴けても『真実』を見抜く事はできない。


「元々、お前の『未来を知る』という言葉を疑ってはいなかった。私自身そういう不思議な力を持っているしな。そもそも第一の事件すら何もわかっていなかったのに、第二の事件を未然に……お前は、最悪を避けたんだ。そして、きっと私も同じ能力者だからこそ……自らの身体を解体するなどという、異常な事件を起こすには『超常』の力が関わっていてもおかしくないと頭の片隅にはあった」


 ズズ、とコーヒーを口につけ、小さくため息を吐いた。


「しかしなぁ、私の能力に比べて斉藤カズオキのアレは物が違いすぎるだろう。いくら捜査しても見つけられなかっただろうな」

「そうですね……私の知る『未来』でも、その後六人殺していますし、それが判明したのも偶然に近いものがありました」


 嘘を見抜く力と、五感それぞれに設定された条件を満たすとそれぞれの感覚器官を支配でき、かつ全ての条件を満たした場合対象の肉体を完全操作できる……。同じ能力者(アウター)というカテゴリで収めるには、少々毛色が違いすぎる。


「奴が不思議な能力を持つ事は、警察内でも証明できた。さっきも言ったがアイツの脳には障害が残っていてな……少し冷静さを欠くと、会う人間に能力を使い始めたんだ。おかげで、警察内でも『能力者』という存在が認知されたよ」

「それは、良かったです」


 兄の時は、警察……というより公的な機関が『能力者』の存在を認識したのは『炎の能力者(アウター)』が現れた時だ。

 紅子と相打ちになったその能力者(アウター)の……能力を行使している様子を、紅子は動画に収めていた。代わりに命を散らしてしまうのだが。


 それが『兄』の時の歴史だ。『ここ』で紅子を殺させるつもりはない。後輩だった松太郎から聞いた彼女の印象、そして今世で接した印象から、鈴木紅子は『正義』を心の内に持つ人間だ。


 その様な人を、能力者(アウター)ごときのせいで俺は死なせたくない。


「だが、はっきり言ってまだ『事例』が少ない。『炎の能力者』はいつ頭角を表す?」

「能力に目覚めるタイミングはわかりませんが、少なくともあと一年後には小さな事件を起こすはずです。ボヤ騒ぎ程度だったと思いますが……前も言ったのですが、『未来』でその存在を知ったとき既に故人だったのと、紅子さんしか詳細を知らなかったようで……」


 紅子が鞄から書類を取り出し、それを眺める。


神楽(カグラ)アツキ。お前に以前作ってもらった資料を元に調べて見たんだが、それらしい人物は見つからなかった」


 紅子には以前、出来る限り『記憶』から知っている能力者(アウター)の情報を紙に書き留めて資料として渡していた。

 神楽アツキとは、『炎の能力者(アウター)』の事だ。俺が知っていたのは朧げな容姿と名前、年齢などそれくらいだ。

 紅子の死因となった事件を詳しく調べていた松太郎ならば、もっと詳しく知っていたのだろうが……潔が死ぬ以前に死んだ能力者(アウター)に『兄』自身があまり興味を持っていなかったせいで、有益な情報を知らない事は申し訳なく思っていた。


「離婚か何かで苗字が変わった、パターンとかもあったのかもしれません。そこまで調べていなかった私が悪いのですが……とりあえず、『こちら』でも基本的には同じ歴史を歩む事はもう分かっています、なのでいずれは紅子さんの前に姿を現すとは思うのですが……」


 斉藤カズオキの件もそうだし、『兄』からすればずいぶん昔の小学生時代のことになるので余程大きな出来事しか記憶していないが、大体『兄』の時と同じ歴史を歩んでいると俺はこの数ヶ月で確信していた。


 腕を組み、考え込んだ紅子は缶コーヒーをチビチビと飲み始め、無言になる。別にその空気が気まずいとかは感じず、俺もヨーグルトを飲みながら背もたれに身体を預けて寛がせてもらう。


「そういや、学校はどうだ? 楽しい?」


 なんか急に親みたいな事言ってきたな。

 俺はどう答えたものかと一瞬考えるが、まぁありのままに伝えるかと口を開く。


「まぁ、普通にやれてるんじゃないかと思いますよ。『未来の記憶』のせいで、少々精神が大人になったため子供と話が合うのかと心配ではあったのですが、まぁ、良い感じかなと」

「へぇ。男の子とザリガニ取って楽しそうだったもんな」


 自分の顔に血が集まってくるのが分かる。み、見ていたのか……。


「ま、まぁ、彼らとはよく仲良くして、というより、『記憶』ではザリガニ取りなんてしたことがなかったので少し新鮮だったというか」

「ふふっ。いや、別にからかってるわけじゃない。もっと落ち着いた遊びを好むと思っていたからな。それで? どの子が好きなんだ?」

「からかってるじゃないですか……っ!」


 こちらは自意識が『男』なのだ、そうでなくとも『男子』などそういう恋愛的目線でみれるか! 


 しかしまぁ、俺の見た目はまだ性差が小さい年齢とはいえ完全に女の子だ。しかも『記憶』の影響で、自分で言うのも何だが大人びている。

 そんな俺が、小学生男児とザリガニ取りであんなにはしゃいでいたのだ。あのあと駆けつけた潔にも怒られるわ、帰ったあと服を汚した事を怒られるわと大変だった。

 さらに、あんまり危険なことをするなと母に泣かれた時は気まずくてしょうがなかった。


「良かったよ。あそこまで、酷い状態だった君が男の子と遊べるくらい元気になれるなんて」


 真剣な顔で、そう言われると何だが気恥ずかしくなる。


「まぁ……リハビリ、今もですけど頑張ってますから。それに、男と同じ動きはやっぱりまだまだ難しいですけどね。あいつらも結構気を遣ってくれていて」

「そうか。なんかそのうち女子から疎まれそうだな君は」

「えっ。い、いじめられるかな……」


 男子達とは慣れてきたが、実は女子とは打ち解けてなかったりする。『記憶』の影響と、そもそも思い出す前もだが、今くらいの女子とどう接すれば良いか俺にはよく分からない。

 香澄ちゃんは、別のクラスということもあって接点が薄い故に、なんだかうまく話せるのだが……。

 例えば休み時間とかに、クラスの女子とどんな話をして、どう遊べば良いのか……まだ男子達と混ざって遊ぶ女の子も多いし、そのうち慣れるかと悠長に構えていたが……。


「思春期の女子って気難しくなりそうだし、うまく輪に溶け込めなかったら徒党を組んで無視とかされそうですよね」

「相変わらずいやに大人びた悩みを持つな、私の経験上から良い方法を教えてやる」


 首を傾げて悩む俺に、紅子が胸を張る。

 確かに、そういえばこの人にも女子と呼ばれる時期があったのか。今は女性にしては珍しいベリーショートの髪型に、強気な顔つきで『強い大人の女性』感が強い紅子だが、果たしてどの様な女子時代を過ごしてきたのか。


「背筋を張って、毅然とした態度で堂々とする、同調はせず意見をはっきりし、例え嫌がらせされようが決して弱みを見せない。すると、頭フワフワ系同調カス女どもとは反りが合わなくなるが……強い女に憧れる系の女も多く存在するから、そいつらと徒党を組んで『強い』オーラを出す。大事なのは『弱さ』を見せないことだ、頭フワフワ系の女は大体が『弱さ』を武器にするからな───」


 ベラベラとすごく長い話が始まってしまった。要所要所に嫌悪感混じりの強い言葉が混ざるあたり、なんだか闇を感じさせる。


 この人……まぁ、昔に、色々あったんだなぁ……。


「女の世界は怖いぞ? 暴力では支配できないカーストがある」


 ひぃぃ。これから第二次性徴期という複雑な時期を迎える俺に、何とも恐ろしい脅しをかけてくるアラサー女に俺は喉から干上がった声を返した。


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