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四十八話 《ネクスト》との対決②



「■■とは血が繋がっていない、親同士が再婚したんだ。そして、私達は同時に親を失った」


 聞き取れない、誰かの名前。はっきりと言ったはずなのに、俺もその『名前』が聞こえたはずなのに、理解できなかった。上手く聞き取れない……でも、■■と言う名前だということが分かる。不可思議な感覚だった。

 再婚して、そのご両親が亡くなった。(ヒカル)……いや、(ヒカリ)の歩んできた人生は、どうやら俺の知るものと変わらないらしい。前回の人生と変わったのは俺達の年齢と性別だけだ。


「それから、二人きりの家族だ。『前』も、『今』も……『その前』も」


 その前。俺の耳に残る、その言葉。多くを言わずとも、分かる。『長い付き合い』だから。


「一度じゃ、ないのか?」

「……少なくとも、私は」


 俺に残る記憶は、どれほど思い出してみても『前回』の分だけだ。あとは、何故か光のものらしき記憶が混じっていたくらい。


「私が、真守(マモル)だった時。あの時からお前は《ネクスト》の一員だった。強すぎる『再生』能力を持つ潔を無力化できるのはお前の『保存』の力くらいだろ?」

「そうだよ。私は、真守(マモル)……お前を騙してた、最初からだ。最初から私は《ネクスト》だった。でも、お前に近付いた事に潔ちゃんは関係ない。だって潔ちゃんが『能力者(アウター)』になったのは『前回』だから」


 まるで、前回よりも前の潔は能力者(アウター)ではなかったような口振り。

 どんどんと新しい情報が出てくる。だが今は頭の中で整理されていないというのに、俺の中で自然とそれらは受け入れられている。俺の『記憶』に混じって『保存』された光の記憶が、そうさせた。



「私は……いや、(マモル)はなんだ? 何も持っていない、ただの無能力(ノーマル)だろ? そこから間違っているのか? お前の記憶はなんだ? 何故俺(マモル)は特別扱いされていたんだ?」

「お前は無能力(ノーマル)だったよ。でも最初から特別だった。お前はお前であるだけで、特別なんだ。■■にとって」



『お兄ちゃん、真守(マモル)さんには近付くなと言ったはずよ』

『気になっただけだ、でも気が合ったんだよ……良いだろ? 別に、ただ見守るだけさ』

『…………元気、だった?』

『? ああ、なぜ?』



 再び、『光の記憶』らしき断片が見えた。

 光が話しかけている相手は、何やら上手く見えない。あくまでも光の記憶の断片であり、不完全なものだ。今回の記憶は音のみだった。


「今も、真守(マモル)の記憶に混じって光の記憶が見えるんだ。これはなんだ?」


 現実と記憶の狭間に少し頭が疲れた。夢と現の境界に立っているような、不安定な感覚に陥る。そんな俺の様子を見て、(ヒカリ)は小首を傾げて不安そうな顔をした。


「いや、分からない。こんなことになるとは思わなかったんだ。そもそも、こんな身体の状態も『保存』して、ましてや因果の改変まで起きるなんて思わなかった」

「因果の改変……?」


 大仰な言葉に、思わずオウム返しをしてしまう。光は不安そうな顔のまま指同士を合わせて弄りながら、俯き気味で答える。


「ああ。俺がしたのは死にゆくお前の『魂』を俺の内に『保存』して、共に《越える》ことだ。お前の死後、そこに至るまで何年も経った。混じった記憶はきっとその間に……そして、身体が『こうなった』のも」

「こうなった……って、女の体になったこと?」


 少し男言葉を混じらせながら、こくりと頷く光に俺は流石にキョトンとした顔を見せてしまう。


「お、女の体にする能力者(アウター)がいるのか?」

「まぁ、そんな感じ。めっちゃ変なやつで、《ネクスト》と敵対しているのかしていないのかよくわからなかったけど……まさか、その状態まで『保存』するなんて……しかも、真守(マモル)まで一緒にそうなってるなんて思いもしなかった」


 この身体と時代に逆行して転生した際に、何故性別が変わったのだろうとずっと疑問ではあった。ここはいわゆる並行世界で、意識だけが飛んできたのだと思っていた。

 しかしどうやら光曰くこの身体自体、能力者(アウター)の力によるものらしい。


「二年分、生まれたのが遅れているのは……?」

「多分、アイツの能力の『条件』だと思う。出鱈目な能力だったけど、多用すれば肉体年齢が遡りすぎて……消えてしまうんだろうな」


 そのアイツとやらの記憶は思い出せないので、光の記憶全てが俺に混じっているわけではないようだ。


「……なんで、(マモル)の魂を、保存したんだ?」


 俺は、気になっていたことを聞いた。今は話し込んでしまっているが、彼女と俺は敵対関係にある。

 いずれ、戦いは避けられない。その前に聞いておかなければいけない。親友だから、どこかそんな言葉を期待しているのかもしれない。俺は今この後に及んで、敵だとはっきり明言されたのに、どこか彼女との……(ヒカル)とのつながりを肯定したかった。


「生き返らせるつもりだった」


 あっさりと、(ヒカリ)はそう言った。


「それは、何故?」


 少し声が震えた。

 (ヒカリ)は目を伏せて、「なんでだろうな」と小さく呟いた。


「色々と思惑はあったよ。■■の為、潔ちゃんを止める為……でも■■を裏切った『血棘(チトゲ)』に殺されたお前を見て、気付いた時にはもう、そうしてた」


 ……血棘とは、『棘の能力者(アウター)』のことだろう。しかし彼が、■■を、同じ《ネクスト》なのに裏切ったとは? 


「あとは肉体さえ用意できれば試すつもりだった。ただその前に『時が来た』だけ。一緒に逆行したのは、あり得るとは思ってたけど……今回は、会わないように避けてたのにな……」


 ───肉体が用意できれば、生き返らせることができる。その言葉を聞いた瞬間、俺ではない『何か』が反応した。

 ズグリ、と。首の後ろに痛みが走った。


 まずい、直感する。


 いつ? 光が突然顔を青くさせた俺に目を丸くさせている。

 いつの間に? 背中の骨一つ一つから何かが生えるような感覚。


 陶芸師(ポッター)と戦った時、いつもより強い力を発揮できた。何故だろうとは、ずっと思っていた。


 宿っていたのだ、『黒い種』が。

 俺の願いを読み取って、力を与えていた。……だがそれは、別の願いを叶える為に燻っていたのだ。ずっと……そして俺だけじゃない……。



 まるで手に取るように、同じ状態になった人間が多く存在し、そして同じ場所に集まる『号令』が出されている事が理解できた。

 その場所とは、とある大学だ。俺も一度行ったことのある場所。


 視界の端に、俺のように首元から黒い花を咲かせた人間が複数人見えた。俺から伸びた花は、頭上に咲いて俺の神経を侵食する。


「な、な、なんだ……? 真守(マモリ)! その能力者(アウター)は死んだはずだろ!?」


 ───『保存』の能力。有用ならば、連れてこい。


 これは命令だ。逆らえるものではない。

 人間を超えた反応速度で動く身体。(ヒカリ)はあまり戦闘経験がないらしい。俺を見失い、頸動脈を締められて一瞬で意識を落とす。

 そのまま彼女を抱えて俺の身体は歩き出した。

 目指すのは、『女王』の元だ。


 代替わりした、新たなる『黒き花の女王』。



 *



 黒い種の役割は、『力』を集めることだった。それこそが黒木深紅の能力の真骨頂。彼女はその力をあれでいて節度を持って運用していたが、『女王』はなりふり構わなかった。


 周防真守に潜ませた『種』を彼女の中学校でばら撒いた。

 雨宮正弦に潜ませた『種』も大学にばら撒いた。


 二人の通う学校それぞれに種をばら撒けば、充分『種』を開花させるに足る『欲望』の数が揃えられた。


 そして、他でもない周防真守がつい先ほど手中に収めた『能力者(アウター)』がいれば、『女王』の願いを叶え得るかもしれない。

 ひとまずその力を試してみるのもアリだと、『女王』は一度召集をかけた。


 休学中とはいえ自分自身も通っている大学の校舎、その屋上で大きくアンテナのように黒花を咲かせ、範囲内の『開花者』を集める。

 とある中学校に通う少なくない人数が突然意識を失い、幽鬼のようにとある場所へ向かい始めた。

 大学構内にいた『開花者』は、有用な力は早々に『回収』して万が一『女王』の敵となり得る存在が近付いてこないように、戦闘に向いた『開花者』や回収するまでもない者は自分へ到達する道を塞ぐように配置する。


「もし、深紅(ミク)を殺した奴らが来たのなら……殺してやらないとね」


 黒花の頂点にて、虚な瞳で下界を見下ろす美南佳奈(ミナミカナ)はぼそりと呟いた。

 力を回収された者達の中には、そのまま命を失うものもいた。『願った力』が寿命や健康に大きく作用するものならば、反動でそんなこともあり得るのだ。

 いやしかし、例えば黒木深紅ならばそれでも力を調節して絶命に至らせることはなかっただろう。


 彼女と違って、『女王』は躊躇いを持たない。

 屍の上に立つことになっても。彼女は願いを諦めない。



 *



 風の刃。不可視であるそれを、雨宮正弦は苦も無く回避する。一方、周防潔はそれをものともせずその身に受けながら前進した。


 直後に、視界を埋め尽くす程の『棘』。流石の正弦もいつになく真剣な表情でそれを見切り、飛び乗るように回避する。少し後ろにいた潔は、腹に直撃を受けながらも顔面近くの二本を強く掴む。

 そして、人間離れした膂力で思いっきり引き込んだ。


「んなっ!」


 棘の能力者(アウター)……血棘の能力は彼自身の体から生えている。故に潔の腕力によって足が浮き、そのまま正弦の方へ引き寄せられていく。


「大吾郎!」


 正弦が叫び、咄嗟に大吾郎は地面に手をついた。その直後、正弦は自身の進路を邪魔する『棘』を数本、一太刀で切断する。

 能力を斬った事で、血棘の『棘』全てが消滅する。どうやら無数に見えるそれも、元は一つらしい。

 つちくれに変わる大吾郎の刀。しかし代わりはすぐに着地した正弦の足元から生えてくる。大吾郎の能力の遠隔生成。それを掴み取り、正弦は完全に宙に浮く血棘を狙う。


「させるかァッ!」


 叫ぶ荒波は、距離をとって遠巻きに見ている大観や彼の車すら引き摺り込まれそうなくらい、強力に空気を吸い取りはじめた。それは体重の軽い血棘を引き寄せると共に、集めた空気を攻撃に転化することも可能だ。


「ちっ」


 正弦が刀を投げようとするが、それよりも前に荒波はその空気の塊を彼よりも前方に叩きつけようとしていた。目的は、足場ごと正弦を排除する為だろう。

 更にそれよりも早く、地面を砕いてその瓦礫を掴んだ潔が荒波に向けて凄まじい力でそれを投げつけた。「うおっ!?」と反射的に集めた空気でそれを防ぐ荒波だが、目の前に飛来した刀がせっかく集めた空気の塊を霧散させる。


 互いに手札を出し合って、同時に失った為に一度戦況は硬直する。しかしすぐに大吾郎が能力を発動して正弦に刀を与えようとするが───


「ちょっと話をしよう」


 その一瞬の間に、『札木』がふと声を上げた。彼自身がこの戦いに参加する様子はなかった為、彼が能力者(アウター)なのかどうかもわかっていない。

 故に出方を探る為、正弦と潔は動きを止めた。血棘と荒波も、自分たちの首魁らしき人物が喋るとあって大人しくするつもりらしい。

 一応、大吾郎は刀を生成して正弦に渡す。更にもう一本を潔の近くに生やし、彼女も徐にそれを手に取る。

 その様子を見ているが、特に気にすることもなく札木は一歩前に出た。


「君達は恐ろしく、強いな。荒波と血棘を前にしてここまでやれる人間はウチにだって居ない。その上で提案なんだが、『宜保(ギボ)』を渡してくれないか? これ以上は互いに損耗するだけで無駄だよ」

「断る。貴様、自分達が何をしたのか……目が腐っているのか?」


 間髪入れず正弦は答える。周囲をチラリと見渡す。海と陸を繋ぐ橋、完全に破壊され陸から切り離されている。奴らはそれを為すために強引に力で破壊の限りを尽くした。その時に巻き込まれた人間も居ただろう。


「悪党の、言葉をなぜ聞かねばならん」


 札木は、真剣な顔で正弦と潔を見た。その後チラリと後ろに視線を送る。車の中から……宜保が僅かに顔を出した。


「札木! 一体どうしちまったんだ! 何が起きてんだよ! (アリ)───「宜保(ギボ)! 私達には君の《(のうりょく)》が必要なんだ!」


 宜保が何かを言おうとした、それをわざとらしく遮って、札木は叫ぶ。能力……正弦はここに来るまでの車内で、宜保が何かしらの能力者(アウター)であることまで聞き及んでいた。

 しかしここまでするほど───正弦は僅かに思考を深めるが、隙を見せては命に関わると頭の隅に今は追いやる。


「なんで、知ってんだ!?」

「もういい。どうせ碌なことじゃない、あいつら全員殺せば、真守ちゃんは安心できるんだからそれでいい」


 痺れを切らせたのは潔だ。

 何か有益な情報が得られるかと少し耳を傾けたが、ただ時間を無為に消費するだけだと殺意を身に滾らせた。

 反応したのは荒波だ。潔に向けて凄惨とも言える笑みを浮かべ、能力を最大限まで高める。だが、足りない。周防潔には一度完全敗北している。今の荒波の能力出力では、前回の戦いの再現となるだけだろう。しかも今は謎の剣士である正弦と、能力を一瞬で消し去る刀もある。


「■■ッ! 俺に血をよこせ!」


 だから求めたのは、更なる力だ。先程から後方で無表情に立つ少女の《龍血》と呼ばれる血液は、人間が摂取することで『能力』を高めることができる。

 無能力者ならば能力に目覚め、能力者ならば更に強化される。しかし、代償として───その強すぎる力は、『命』を蝕む。耐えられるのはそれこそ……『才能』だ。


「……いいけど。貴方は、死ぬと思う」

「かまわねぇ……っ! 死ぬ前に、デッケェ花火を打ち上げてやろうじゃねぇか……! いいんだよ! 俺は、俺のこの力を限界まで使って死にてぇ!」


 黒い少女が腕に爪を立てる。そこから溢れ出た血液を、荒波が慌てて受け取り飲み干した。その時既に、潔と正弦は走り出している。一方、血棘と札木は、少し慌てた顔で後退していた。


 目を充血させた荒波が、獣のように牙を剥いた。振り返り様に手を振るえば、その一瞬後には潔の右腕が飛んでいる。


「ッ!?」

「ちっ」


 舌打ちをした正弦がすぐに立ち止まり、腰を低くして構える。潔が攻撃を受けた勢いに身をのけ反らせているその一瞬───荒波の視線がより鋭く光り、直後に潔が『消えた』。


「───ッ!?」


 流石の正弦も驚きに目を見開く。今まで潔の居た場所には、一切の光も通さない黒球……そこにあった全てを圧縮したのだろう。とんでもない圧縮率なのに、何故かすぐ横にいた正弦には……潔の右腕と、そこに握られた大吾郎の刀は全く吸い寄せられなかった。一体、どんなベクトルで力が───どんな出力で放たれたのか。


(刀を吸えば能力が解除されるからか──ッ!)


 正弦も潔の再生能力は見ている。残された右腕の断面を見るが、再生する気配はない。ということは再生の『核』となるのは、今は手で包み隠せるほどの大きさになっている『黒球』の中にあるのか……それとももう、周防潔は絶命したのか。


 だが、それならば正弦が『黒球』を斬ればいいだけのこと。秒にも満たぬ一瞬の中、正弦がそう判断し刀を振おうとして、視界の端に荒波を捉えながら───その場で刀を空に向かって振るった。


 ドン! 地響きのような音。正弦を中心に半径数メートルに渡って地面が陥没した。唯一、正弦の立つ位置だけ僅かに切れ目になっていたように無事なのは、正弦の持っていた刀がつちくれになった事が答えだろう。

 余波として、近くに落ちていた潔の右腕の持つ刀もつちくれに変わっていた。これでもし、今と同じような……全く何をされたのか分からなかった広範囲の攻撃を受ければ、その時には正弦は死ぬだろう。

 流石に死の予感を感じて、正弦の頬を汗が垂れる。大吾郎が慌てて刀を生み出そうとしているがおそらく間に合わない。どうする。


 メキリ、と。歪な音が響いた。

 黒球の中から、腕が這い出ている。女の腕だ。凄まじい力で、強引にそこから出ようとしている。


 正弦は走り出した。黒球からはみ出た周防潔のものらしき腕に荒波は一瞬気を取られている。そして、おそらく迷った。潔に追撃をかけるべきか、それとも走り寄る正弦にするべきか。


 潔の方は、今の圧縮率を維持すればすぐに脱出できる気配はない。そもそもできるとも限らない、ならば正弦をまず殺すべき。その答えに荒波がたどり着いた時、まだ正弦は遠く、距離的に充分に余裕があった。

 しかし、生まれた隙で状況が変わったのは大吾郎だ。大吾郎の力が発揮されるのに、それは十分な時間だった。彼は鼻から血を垂れ流し、見るからに自分の限界を越える負荷をもって───まるで道を作るように、正弦よりも前にまるで剣山のように刀を大量に作り出した。


 荒波は既に正弦へ向けいくつかの『風の種』を放っていたが、その尽くが地面から生えた刀達に触れて消え去っていく。

 正弦の走る道をつちくれが舞う。そしてついに、正弦は後一歩で荒波に迫るところまで来た。

 その時点で、黒い少女や札木に血棘は大きく二人から距離を取っている。荒波の能力に巻き込まれては敵わないからだ。

 だからこそ、荒波は気兼ねなく能力を振るうことができた。突風を巻き起こし、その風を正弦が刀で斬って消し去っている隙に上空へと躍り出る。


 人は空を飛べない。当たり前のことだ。だからこそ空は、荒波のものだった。眼下に大吾郎の能力で圧縮空気を解除されて再生する潔の姿が見えるが、その身体は未だ原型を取り戻しておらず、彼女のことだからいずれ元の姿にはなるだろうが───その間に、正弦一人殺すことはわけがないだろう。



 そしてそんなことは、正弦本人もよく分かっている。

 上空から正弦に向けて荒波が能力を放てば、今の正弦が防ぎ切ることは難しい。限界が来たのか、大吾郎の生やした刀は既に新しく増える様子はなく、既にあるものも数本しか残っていない。つまり、その数本がなくなれば荒波の能力を防ぐ術は完全に失われる。

 だからこそ彼は止まらなかった。生えてきた大吾郎の刀を一本抜き取り、先程まで荒波が立っていた位置に顔面から地面へ滑り込むように飛び込んだ。


「──?」


 荒波はその行動に僅かに疑問を覚える。

 だがすぐに、幾つもの空気の塊を生み出した。風の刃を幾つも生み出して、それらを防がせ刀を消費させるのだ。最後には、広範囲の空気を固めて押しつぶす。既に荒波の頭の中で正弦を殺す算段を立てていた。

 もうここから先の連撃は、正弦には回避できないだろう。荒波は自身の口角が上がっていくのを自覚する。思わず呟いた「死ね」という荒波の言葉に、距離がある為に聞こえているのかいないのか……正弦はこう返した。


「俺に地面を舐めさせたこと、その報いを受けさせてやろう」


 正弦は腰に刀を構えていた。まるで居合の構えだ。口元は土で汚れており、彼が飛び込んだ地面には荒波が受け止めきれなかった■■の『龍血』が染み込んでいる。

 荒波は、正弦が一体何をしたのか頭の中で言葉として認識する前に理解した。そしてその時には既に、彼の首と胴体は切り離されている。




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