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三十八話 黒い花



「お姉ちゃんから聞いたんだけどさ〜。お姉ちゃんの通ってる大学に最近、なんていうか都市伝説みたいなのが流行ってるんだって」


 授業合間の休み時間に、それを言い始めたのは中学に入ってから知り合った九条(クジョウ)祥華(サチカ)という女子だ。

 茶色く染めた髪の毛をアイロンで毎朝巻いて、睫毛を付けて薄く化粧をしているのでいつも先生から怒られている。

 艶やかなリップが塗られた唇をマニキュアで光る指がなぞる。喋る時にやたらと蠱惑的な動作を取るのは少々謎だが、意外と話しやすい子である。


「都市伝説?」

「うーん、なんて言えばいいのかな……なんかさ、『この花を育てていると願いが叶う』んだって」


 花苗が小首をかしげると、サチカは鞄から黒い花弁を持つ今まで見たことのない花を取り出した。何故か密封袋に入っていて、根っこに僅かに土がついている。


「そ、その話の切り出しから、それそのものを持ってくる? 普通」


 俺はサチカの話の速さに戸惑いつつ、その花を手に取って見る。


 黒い……花なんて、見た事がない。この世に存在しないなんて思わないが……いやでも、意識して植物を見たことなんてないからなぁ……。


「サチカのお姉さん、大学どこだっけ?」

「えー? ○○大学だよ」


 ───正弦と同じ大学だ。

 少し嫌な予感がする。手元の黒い花、どこか異質な……願いが叶う、か。


「お姉さんは頭いいんだねぇ」

「……ちょっと花苗、どういう意味ィ?」


 いやらしい笑みを浮かべながら揶揄う花苗と、分かりやすい弄りにイラッとした表情を隠さないサチカ。そんな二人を横目に、俺は考える。


「これ、少しもらっていいかな?」

「え? ダメだよ。植えるし」

「エッ?」


 天子あたりに見せれば《龍眼》で何か見えるだろうか? しかしサチカに許可を取ろうとしたら、真顔で拒否され黒い花は没収される。


「え、ちょっ、植えるの? そのよくわかんない花」

「植えるし! 今から!」


 今から? 

 突っ込む暇もなく教室を飛び出したサチカを、花苗と二人顔を見合わせてから慌てて追いかける。

 辿り着いたのは校舎裏の今は使われていない花壇。あまり人目につかないところだ、そう言えばこの前ここで虐められてる男の子がいたなぁ。偶然見かけたのだが、流石に見過ごせなくて少し干渉してしまった。余計なお世話かもしれないが……。


「この辺に植えてみよ〜」


 そう言いながらサチカは適当に落ちていた木の枝で土を掘り花を植えた。


「よし」

「こ、これでいいの……?」


 雑過ぎる。

 だが黒い花は植えられた瞬間、まるで水を得た魚のように活力を取り戻し、グググと頭を持ち上げた。異様だ、これはもう……明らかに、『能力』だろう。

 だがそうだとして、能力者(アウター)の居場所もわからないし『願いを叶える』といってもどの程度のものなのかもわからない。


 これは、様子見すべきか……。

 これからサチカに異常が無いように注意しながら、とりあえずは様子見として放置することにした。




 *



『願いが叶う花?』

「うん。学校の友達に正弦さんと同じ大学に通っているお姉さんが居るらしくて。そこで噂になってるって」

『……少し調べてみる』


 その日のうちに正弦に連絡すると、心当たりは無さそうな反応だった。一応、紅子にも連絡して、機会があれば正弦の大学に出向いて『嘘を見抜く力』で聞き込みをしてみるのはどうかと提案してみる。


『願いが叶う花か、少し気になることはあるな。私が担当したわけじゃないが、同僚が補導した高校生が似たような事を言ってたらしいんだ。詳しくは聞いていないが……花がどうこうと聞いてな……違法薬物に手を出しているんじゃないかと捜査しているはず』

「……その高校生にも少し話を聞いておいてもらって良いですか?」


 補導された高校生か。喧嘩か、夜遊びか、はたまた……それに『花』が関わっているのなら、一体どのような願いを叶えたのか。



「うーん。明らかに怪しいんだけど、今のところは何もわからないよなぁ」


 直感と言われればそうなのだが、あの黒い花は異質な雰囲気を持っていた。この世に黒い花くらいあるだろうが、肉厚の花弁に薔薇と彼岸花を足して2で割ったような外観。

 花に詳しくないのでこんな花はこの世に存在していないなんて言えないが、なんとなく能力とか異能が関わるものだと思うんだよな。


「そうだ、天子なら何か……」


 ふと、また『龍眼』を持つ少女のことを思い出した。彼女の力ならば、何か見えるかもしれない。しかし、あの黒い花を見るなら明るいうちの方がいいだろう。だが白い髪の彼女の容姿は目立つ。そこをもしサチカに見つかり、不審に思われ花を隠されたら……いや待てよ。


「透の能力なら……」


 樹々透の能力は、自らだけではなく他人も透明にすることができる。彼に天子を隠してもらいながら見て貰えば……。


「よし、それなら早速」


 と思い、透に連絡をしようとするが、自分のスマホには彼の連絡先が入っていないことに気づく。

 あれ? と思ったがすぐに思い出した。


 潔だ。潔に《対魔》に関わるなと消された時があったような気がする。そういうわけにもいかないと少し揉めて、なんとか繋がりは保てたはずだったが……消されてそのままになっていたらしい。


 うーん、と。唸る。潔に頼んで連絡を取ってもらってもいいが、潔を変に心配させてしまうかもしれない。そうなれば潔は俺を止めようとするだろう。

 それはまた、ややこしいことになりそうだ。不動や間壁達は潔と同じクラスだし、最近はあまり接点がない。連絡先も……一緒に消されてるな。

 あ、そうだ。どうせ同じ学校だし、また本人達から直接聞こうと思って後回しにしてたんだった。

 どうしたものかと考えてふと思いついた。そういえば透と天子はもう高校生だ。


 高校か……。確か透は近くの公立高校に通っていると言っていたはず。今の時間はもう間に合わないが、明日下校の足そのまま向かえば直接会えるかもしれない。


「一日くらい、大丈夫か」


 ということで今日は一旦黒い花のことは保留とする。何事も急いては事を仕損じるということを、俺は嫌というほど学んできたからだ。



 次の日。

 一度黒い花のことを見に行ってみると、なんだか少し大きくなって艶が増した気がする。その色艶はなんだか妙に見ていて気分が悪くなる。


「なんかキモいよね」


 サチカが真顔でそんなことを言うものだから、俺と花苗は思わず笑いをこぼしてしまった。俺と花苗では使い方が分からないのでサチカはどうするのだろうと彼女の方を見るが、興味がなさそうにスマホを弄っている。


「えーと、サチカ? どうするの、アレ」

「え? また明日にしようかな」


 そ、そうか。俺はまぁそんなものなのかと思って受け入れた。とりあえず今日はこの場を去る。


 放課後。花苗は適当に誤魔化して帰路を別にして、透が通っているはずの高校に来た。だが、来たからといって勝手に入っていいものではないだろう。では、どうすべきか……。


(天子も同じ学校に通ってると言ってたよなぁ)


 透と天子は確か同じ高校に通っているとか、そんな話を聞いた気がする。天子の方が透を追いかけたのか、はたまた逆なのかはよく分からないが……いずれ、自分の死が待っているとすれば……なるべく離れていたくないと、天子の方が思っているのではないかと思う。


(天子は、自分が《変革》を越えられないかもしれないと、透に伝えてあるのだろうか)


 彼女の『龍眼』には、見た未来を他人に見せることもできるらしい。その力で見せられた『未来』は、自然と受け入れられる。だから透も不動も間壁も、天子の《変革》を止めたいという気持ちに賛同した。


「あの、すみません」


 俺は、校門前で家に帰ろうとしていたらしき男子高校生を見つけて声をかけた。急に知らない女子中学生に話しかけられたからか、彼はびくりと体を震わせて耳からイヤホンを抜く。


「え? なんですか?」

「と、突然すみません……あの、龍雲寺(リュウウンジ)天子(テンコ)さんに、会いたいんですけど知りませんか? 真っ白な髪の毛をしてるんですけど」


 男子高校生は首をわずかに捻り、何かを思い出すような素振りをした。人の良さそうな人だ。俺のために足を止めてくれた。


「……んー。もしかしたら、一年生にいたかな? 俺二年だからさ、よく知らないんだよね。知り合いの後輩にちょっとメッセージ送ってあげようか?」

「いいんですか? お願いします」


 ぺこりと頭を下げると、彼はすぐにスマホを取り出して何かしらの操作を始めた。後輩とやらに連絡してくれているらしい。


「あ、そうだ。名前は? 聞いていいの? ほら、後輩から『誰?』って言われたもんだから」

周防(スオウ)真守(マモリ)って伝えてもらえますか?」

「スオウマモリ、ね。おっ、伝えてくるって。どうする? ここで待っとくって送ればいい?」

「はい」


 その後、後輩とはある程度の連絡がついたらしく誰かがここまで来てくれるらしい。しかしその間一人にするのもなぁ……という呟きが聞こえたので、家に帰りたいなって顔をしてる男子高校生を見上げる。


「あの……大丈夫ですよ。一人で待てますから」

「……いいよ、ちょっとくらい。乗り掛かった船だし」


 なんか普通に人の良い男だなこの人。

 別に下心とかがないのは見てわかるので、俺のような、彼から見ればまだ小さい女の子を一人放置していくのは気が引けるというだけの話なのだろう。

 とはいえ『(マモル)』の精神もあって、このように自然と女の子扱いをされるとむず痒い気持ちになる。

 特に話しかけてくることもなく、かといって気まずい空気が流れることもなく無言で待つこと数分。校舎の方から女の子が走ってきた。


「あ、あれ後輩だ」

「先輩! どこですか! 天子ちゃんの後輩は!?」

「テンションたか……」


 活発そうな子で、肩で息をしながら割と大きな声で一緒に待っていてくれた男子高校生に話しかける彼女はチラリと俺の方を見て、頭から足先まで一瞬で視線を動かし、胸だけ二度見して顔を見てくる。


 ……なんか、少し警戒されてる気がする。


「あ、君が? もうちょっとで樹々くんが来るから待っててって言ってたよ」


 俺に向けてニコッとして、しかしすぐに先輩と呼んだ彼の方を見る。


「先輩! 私もすぐ帰るんでちょっと待ってくださいよ!」

「ええ? お前部活は?」

「今日は休みです」


 これ、後輩ちゃんから警戒されてるのって……。俺はなんとなく、後輩ちゃんが先輩くんを見る目を見て察する。大丈夫だよ……今知り合ったばかりだし……。名前も知らないから……。


真守(マモリ)、どうしたの急に。天子に用事だって?」

「あ、(トオル)……」


 俺がやいやいと騒がしい先輩後輩コンビを生暖かい目で見ていると、いつの間にか透が近くまで来ていた。

 くいくいと服を引っ張り、屈ませて耳を寄せる。


「天子さんにもそうだけど、実は透にも協力して欲しいんだ」

「え……何、こわい。潔には言ってあるの?」

「……言ってないよ」

「ええ? マジかよ。真守と絡むとアイツ理不尽に怒ってくんだぞ?」


 心底嫌そうに顔を歪める透に、俺は少し悲しくなる。いや潔の過保護は知ってるし、積極的に能力者(アウター)と関わろうとする《対魔》と距離をとってほしいのは分かるけど……。


「そんなこと言われても……」


 俺は上目遣いに困ってますよアピールをした。透は人が良いので、歳下の女の子が困っているのを見過ごせないはず、これで押し切れるだろう。


「アイツに会ったって言うなよ……?」

「そんなに理不尽なの?」

「理不尽」


 潔への評価が酷い。

 いや、潔はちょっと過保護なだけだから……全部俺が、小さい頃に無茶して心配かけたせいだし……。(マモル)の頃は、立場が逆だったような気がするがやはり兄や姉とはそういうものなのかな。


「それで? 要件は?」

「うん、それなんだけど……」


 俺は黒い花の話を始める。地面に植えた時点で異様な雰囲気を放っており、しかし一体どういうものなのか判別が付かないので、俺の知る『強力』な能力者である天子に見て欲しいのだと。


「うーん、能力者の区別は付くけど、その生成物にまで天子に分かるのかな」

「『龍眼』で何か見えたりしないのかな? 天子さんからは、何か《刺激》があった時に能力が発動するって聞いてるけど」


 透は腕を組み、僅かに考え込む。


「とりあえず、行ってみようか。今すぐの方がいいかな? 天子も呼ばないと」

「うん。それで変に怪しまれてその友達に花を回収されても困るから、透の能力(インビジブルマーチ)で───」



 *



「見当たりませんが」


 天子の平坦な声が耳に入る。

 俺は姿を現すことになるが透の能力範囲から抜けて、『黒い花』が植えてあった付近をくまなく調べる。

 しかし、無い。跡形もなかった。いや、土から抜いたような跡は残っているので跡形もあるが、黒い花に関しては花弁ひとつさえ見当たらない。


 振り返り、俺が距離を取った事で少し顔色が良くなった天子を見る。その様子を見るとなんだか申し訳ない気持ちになるが、ダメ押しで聞いてみる。


「なんかこう、能力の残滓的なもの……見えたりしないですか?」

「少なくとも、今この場に《反応》はしませんね……」



 わざわざ俺の中学まで足を運んでもらったのに、まさかの用事そのものが消滅しているとは。流石に予想外であった。


「自走できる感じの花だったの?」


 透のその言葉を、否定は出来ずもしかしたらそういうパターンもあるのかもしれないと頭を悩ませた。



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