四話 敵ではない能力者
目が覚めたら、知らない天井だった。
というか病院である。『兄』の時も随分とお世話になったので慣れたものだ。
周りをよく見るために身体を起こそうとするがまるで言うことを聞かない。そもそも目もうまくピントが合わせられない。
───随分と、長い間意識を失っていたか?
「ぅぎッ!」
ちょっと無理をしてみようと力を入れると、全身に痛みが走る。震える手を持ち上げようとするもそれすらままならない。
「真守っ!?」
横から、潔の声がした。
ゆっくりと首を回し、目を凝らすと俺が寝かされているであろうベッドの脇に少し疲れた顔の潔の姿があった。
「真守ッ! 真守! お、起きたの? 起きたんだね!」
そこから、潔が大慌てで看護師さんを呼び医者が来て俺の意識を確認したり、連絡がいったのか父と母が慌てて駆けつけたりと物凄い大騒ぎになった。
どうやら俺は、一月に届くくらい意識を失っていたらしい。全身ボロボロで、最初は緊急治療室に運び込まれたくらい生きているのが奇跡なのだと医者からは言われた。
まだ治りきっていない怪我の影響と、寝込んでいた期間の長さからしばらくはリハビリ生活になりそうとの事だった。
それと、まだ断定はできないが生活に後遺症が残るだろうと。
斉藤カズオキの蹴りは俺の肋骨をへし折り肺に突き刺して、他の内臓もいくつかぐちゃぐちゃにしていたらしい。
折られた両腕も、骨が砕け神経も傷つけていたためどこまで治るかわからない。
これは、事前の準備と認識が全く足りていなかった俺自身の責任ではあるが、やはり心に来るものがあった。
ただでさえ、男よりも筋力に劣る女の身体。更に運動能力に支障が出る大怪我を重ねてしまった。
こんなことでは、これから先……能力者どもと戦っていけるのだろうか。
少なくとも、次はより殺傷力の高い武器を用意する。足りていなかったのは覚悟だ。能力者相手に、後先の事を考えていては遅れをとることがよく分かった。
そんな風に、俺が目覚めてから一週間。動くこともままならない事もあって、心の中で後悔と反省を、そしてもう一度覚悟を心に刻んでいる。
ようやく身体を起こせるようになった頃、家族以外での来客があった。
「周防真守さんだね? 目覚めたばかりで申し訳ないんだが、少し聞きたいことがあるんだ」
それは、二人組の『警察』だった。
俺がここまでボロボロになった事件、当然……警察沙汰になっている。
俺の状態については家族から聞くことができたが、あの時気を失ってその後どうなったのかは詳しく知ることができていなかった。
家族からすれば俺は『変態』に乱暴された悲劇の家族。事件の話をすると家族の皆が辛い顔をするため、中々聞き出せなかったのだ。
「はぃ……私からも、聞きたいことがあったんです……」
肺や内臓が傷ついた影響もあって、か細い声だが俺は出来る限り気丈にそう言った。
警察は、二人組だった。一人はガッチリとした体格の男で、先ほども怖がらせないよう優しい声色で俺に話しかけてくれている。
もう一人は、女性だった。黒い髪をベリーショートにし、高い身長と細身の体をスーツに包んだ目つきが鋭い……随分と、男勝りに感じる人だった。
「ほう、中々肝が据わっている娘だ。とはいえ、無理はしないでほしい。聞かれたく無い、辛くなってきたと思えばすぐに話を終える」
切れ長の瞳で、女性警察官が俺に不敵な笑みを見せてくる。子供相手は不向きそうだなこの人……感じる威圧感からなんとなくそう思った。
しかし、何故かこの人は『見覚え』がある。だが誰だったのか思い出せない……『兄』の時に、出会った人……か?
「こっちのでかいのが、鏑木、そして私は鈴木だ」
俺が既視感に頭を悩ませていると、二人の警察官は手帳を見せながら自己紹介をしてくれた。
女性の名前、『鈴木』と聞いた瞬間に俺の脳裏に稲妻が走る。クワっと目を見開き、彼女の持つ警察手帳に顔を近づける。
鈴木、紅子。
「松太郎の……」
思わず口にしたその名前に、紅子はぴくりと眉を動かした。そのまま訝しげな表情を浮かべながら俺の目を見てくる。
「松太郎の、知り合いか? だが……周防真守、調べた限り君とは接点がないはずだ」
「松太郎くん? 鈴木の従兄弟だったか?」
鈴木松太郎。俺のよく知る人物だ。
そして紅子の言うとおり、『兄』の知り合いであって『私』の知り合いではない。
確か中学校は一緒になるはずだが、そもそも『兄』の二つ下で……ん? ということは今は同い年か。ならどこかで知り合ったという線で話を通せそうだが……。
残念ながら俺の知る鈴木紅子相手に、『嘘』は通じない。
「あの……鏑木、さん? 男の方は、席を外してもらうことは、可能でしょうか」
「あぁ……そうだね。怖いよね。鈴木、頼んでいいか?」
「はい、どうやらこの子は私と話がしたいらしい」
俺は一応、男から暴行被害にあったまだ小さな女の子だ。常識的に考えても男相手に恐怖を感じてしまう可能性は高い。元々鏑木という警察官はそう考えていたのか、驚くほどあっさりと席を外してくれた。
紅子と二人きりになり、病室の扉の向こうに鏑木の気配を感じながら……ただ立っているだけで聞き耳を立てているわけではないだろうし、俺は話を切り出した。
「斉藤カズオキは、あなたと同じ能力者です」
俺の言葉を表情を変えずに受け止めて、紅子は俺に続きを促した
「松太郎は、俺の知り合いですが、私の知り合いではありません」
脈絡のない俺のわけのわからない言葉を聞いて、彼女は一度頷き口角をニヤリと上げた。
「なるほどな……アウターというのは、私のような『能力者』を指すのか。そして、私の『嘘を見抜く』能力もお見通しらしい……何者なんだ? 君は」
あ、そういえば『能力者』という呼称をこの人は知らないのか。それはすっかり失念していた。何故なら、能力者のことをアウターと呼び出したのは彼女が───
「私についての説明は、します。そして斉藤カズオキの件もどうなったのか、しっかり教えてもらいたい」
でも、と俺は続ける。
「それよりも前に、知っておいて、ほしいことがあります。私に、協力してほしい、のです。これは、貴方のためでもあります」
喋りすぎて喉も枯れて舌が回らなくなってきた。辿々しくなってきた俺の言葉を、紅子は落ち着いた表情でしっかりと聞いてくれる。
この人は、『俺の敵』ではない。何故ならば───
「貴方は、二年後に『炎の能力者』に殺されます」
潔が殺されるより前に、紅子は死んでいたからだ。




