表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/58

34.5話 修学旅行の夜 小話


*とある男子部屋


「周防に岬と同じ班だったんだろ? どうだった?」


 夜に寝泊まりする部屋はクラスの班ではなく男女で分けられている。十人ほどで一纏めにされたとある男子部屋にて、その会話はなされていた。


「どうだった……か」


 その中の一人が、ニヤリと口角を上げながら含み笑いをした。何かと有名な周防真守と岬花苗の二人、彼女達と同じ班の男子である。

 その様子に、周りの男子の何人かは羨望の眼差しを向ける。ちなみにその視線を向けている中には、つい先程岬花苗にアタックして歯牙にも掛けられなかった男子も居た。


「めっちゃ可愛かった」


 端的なその言葉に「うんうん」と。同じ部屋にいた残りの班員二人も同意だと頷く。すると、残念ながら同じ班になれなかった男子は雄叫びを小さく上げながら悔しがる。


「俺も同じ班なりたかったー!」

「どう可愛かったん? 顔?」


 嘆く男子もいれば、興味津々に質問をする男子もいる。顔は別に同じ班じゃなくても見えるところだろ、とかそういうツッコミはともかく、真守班の男子はニヤニヤしながら続けて話す。


「まず岬は、周防の近くにいるとすごいニコニコしてんの。可愛い。テレビのアイドルとかより可愛い」

「分かる。別の女子と一緒にいると人形みたいになるのに、周防の横にいる時だけすげえ可愛くなるよね」


 皮切りに話し始めたのは、彼らの学年の女子を語るに至ってまず話題になる岬花苗だ。彼女の美貌は飛び抜けており、纏う雰囲気もそれに相応しく神秘な域にある。どちらかというと大人びた雰囲気のそれだがしかし、周防真守という友人がそばに居ると急に年相応の子供らしさが顔を出す。

 そのギャップは思春期の男子が素直に可愛いと連呼するくらい、魔性のものだ。


「俺は周防派なんだよな。なんていうかこう……ちっちゃくて可愛い。んで、なんか良い匂いするし、めっちゃ話しやすいんだよね」

「そうそう、他の女子と違って落ち着いてるよね」


 女子の話としてまず出てくるのは岬花苗だが、よく上がる話題として彼女に並ぶのが周防真守だ。この時期の女子というものはホルモンバランスが非常にデリケートな時期であり、同じく思春期を迎える男子達にはとても扱いづらいと言える。

 そんな中で、周防真守は『安定』している。彼女以外には少し冷たいところのある岬花苗と違い、誰に対しても平等を感じさせる接し方をする周防真守は、その器量の良さも相まって親しみ易さでは学年一と言える。


 男子からの人気で岬花苗と周防真守は勢力を二分するが、僅かに周防真守の方が数を上回る……くらいには、その辺りは好評価をされている。


 更に他の要因としては、彼女は非常に『距離が近い』。この場にいる男子達もそこは口に出さないが、他の女子と比べて見るからに接する際の物理的距離が近いのだ。故に、彼女の纏う男子にとって良い匂いが鼻をくすぐるし、柔らかい身体が触れることも多い。

 それを無意識にやるものだから、ドギマギとさせられる男子は後を絶たなかった。ちなみに誰もそれを周防真守には指摘しない。

 他の女子はそういうところを見て周防真守の事をぶりっ子だのと嫌っているのは余談である。岬花苗はそのことについて何を考えているか分からないが、気付いていて何も言っていない事は確かだ。


「岬と周防ならアイドルとかやっていけそうだよなぁ」

「そういや姉ちゃんが気付いたんだけど、岬って雑誌のモデルとかやってるみたいだぞ」

「え? なにそれすげえ! てかどういうこと!?」


 残念ながら今はスマホや携帯は回収されているため、姉を持つ男子は口頭でどのような雑誌なのかを説明するしかないが、モデルについて細かいことを知らない男子達は同級生女子がなんか凄そうな仕事をしていることに大いに盛り上がる。


「周防はやらないのかな?」

「そういや周防の姉ちゃん見たことある?」

「あるある! 一つ上だって知ってた? めっちゃデケェから最初高校生とかだと思ってさぁ」

「その割に妹は小さめだよな」

「ほら、あれじゃね……昔なんか大怪我した、みたいな話あったじゃん」


 元々の話からどんどん逸れて別の話に変わっていく。だがそれを気に食わないと考える者が居た。



「おい、お前ら……良い子ちゃんぶるのはやめろよ、むっつりめ。俺が知りたいのは……胸だよ、どうだったんだよ! 一回くらい、あたったんだろ!?」


 男子部屋で健全寄りの女子談義に盛り上がる中、一人の男子が声を荒げた。


 思春期男子のくせにエロスを隠そうとしないことで有名な彼だ。名前は割愛するが、ものすごく真剣な目で真守班のメンバーを睨みつけ、その目は義憤に駆られていた。


「俺は、そんな探り合うような会話は嫌いだ! みんなも、そこを知りたいはずだ! 岬花苗ですら敵わない……あの双丘の感触を!」


 言いがかりである。


「いや、別にみんなお前ほどそんなことばっかり考えてないから」


 エロスの彼は煩悩に塗れているが、お年頃のとはいえ他の男子まで常にそういうわけではない。

 だがエロスは激怒した。ラッキースケベ、修学旅行なんていうイベント、そして普段からガードの甘い周防真守がそのイベントで油断しないわけがない。そんなことをつらつらと語る。周囲はドン引きした。


「だから周防からも距離を取られるんだよ」


 誰かが言った。そう、エロスはあの男子に対して距離が近い周防真守をして、なんかちょっと困った顔をして距離を取られるようなやつなのだ。

 彼は真守班のメンバーの肩を掴んだ。


「何故、胸の話をすると皆目を逸らすのだ」

「お前恥ずかしいとおもわないの?」


 エロスの熱意に、気まずそうな顔をした班員の一人がおずおずと手を挙げた。


「実は、清水寺のなんかあの高いとこでさ……周防が『おお〜高ーい』って言いながら俺の背中から下を覗き込もうとしたんだ。そん時めっちゃ胸当たった」


 エロスは激怒した。しかしそれを上回る悲しみが彼を襲い、彼の身体は自然と床に額をつけさせて、更に拳を床に叩きつけた。


「羨ましい……!」


 清々しいまでの、煩悩だった。

 他の男子達にも年齢相応の下心はあるが、普段から下心を隠さず生きているエロスを見て、自制心というものの大事さを学んでいるため彼らは高い理性を養うことに成功していた。

 エロスはひょいと顔を上げて、真顔でこう聞いた。


「柔らかかった?」

「……なんかここの話が回り回って女子の耳に入ったら嫌だから、終わり! やめやめ! やめようぜみんな! これ以上はまずいって!」

「みんな裏切らないよなぁ!?」


 ガチャリと部屋のドアが開けられた。扉の向こうには強面の男性教師に加えて厳しい事で有名な堅物女教師までいる。

 見回りだ。ギャーギャーと騒いでいた男子達はピタッと動きを止め、場を沈黙が支配した。


「廊下まで声が漏れていたぞ……もう寝ろ」


 はい! と元気よく皆で返事をして、電気を消して布団に入り込む。もちろん話がそれで終わるわけがなく、やれ誰が好きだなんだなどと定番の話題で盛り上がりながら修学旅行の夜は更けていく……。



*とある女子部屋



 消灯時間までまだ時間がある。大浴場での入浴が終わり、各々が思い思いの行動をする中、割り当てられた自分の部屋に戻ってゆっくりする者も多く居た。


「あれ? 全員帰ってきた? 一、ニ、三……二人いないね」

「あいつらでしょ、岬と周防」

「あぁ、あの二人か」


 この部屋は八人部屋だ。六人は既に部屋の中に居るのに、二人だけ姿が見えなかった。


「あいつら風呂上がってすぐロビーで座ってたよ、男子が見てたもん」

「うわっ、出たよ」


 悪感情を隠さず、一人の女子は顔を顰める。あまり周防真守と岬花苗のことを好ましく思っていないのだ。その理由は様々なものが原因なのだが……かつて彼女が好きだった男子が周防真守のことを好いていたということについて、周りの皆は触れないようにしている。


「岬とかは男子に呼び出されてたけど、拒否ってたよ」

「はぁ、何様なのあいつ……」


 そのまま陰口が二人ほどの女子を中心に湧き出てきて、残りの四人はそれに頷いたり相槌を打ったりする。たまに二人以外からも周防真守と岬花苗の気に入らない所が出てくるが、ただ一人だけ曖昧な笑みを浮かべて他よりも明らかに周りに合わせるだけの子がいた。


 名前は割愛するが、少しだけ彼女についての情報を補足するなら、かつて周防真守に犯罪の片棒を担がされたことがある。


(ちょっと〜! こんな会話してるうちにアイツら帰ってきたらどうするんだよぉ!)


 周防真守は普段、女子相手にはどこか引き気味でオドオドとした雰囲気すらある。それに対して男子には快活に絡むものだから同級生女子から煙たがられたという経緯があるのだが、片棒女子はそれが彼女の本性からかけ離れていることを知っている。


(マ、ママに電話しに行くフリしようかな……)


 かつて周防真守に弱味を握られた時、そこから更なる弱味を作るような真似を強要された時の彼女の目付きと口調はまるで別人のものだった。

 片棒女子はその姿が目に焼き付いており、それ以来彼女に対しての陰口や嫌がらせを止めるようなことはしないが、自らはできるだけ触れないようにしている。

 そんなわけで非常に苦手意識のある周防真守相手に、片棒女子は下手に悪感情を持たれたくないのだ。

 だが今この部屋の中は周防真守に加えて、同じ女としてクラスの全員が敗北を認めている岬花苗に対しての陰口も相まって、あの二人に聞かれたらどれほどの怒りを買うかわからない熱狂ぶりだ。

 ちなみに片棒女子は岬花苗のことも苦手だ。昔、周防真守に対していじめのような事をしていた時、岬花苗に妨害された時のことだが……その時の岬花苗の目……背筋が凍るような……万引きが店員に見つかりかけた時とはまた違う……あの悪寒……。


(今みんな真守のことはブスだの言ってるけど……アイツも岬と比べるから薄れがちだけど、かなり可愛いんだよなぁ)


 片棒女子は周防真守や岬花苗への苦手意識から陰口への参加が減り、彼女達の学年では矢面に立ちやすい周防真守と岬花苗二人の陰口に参加しないことで、同級生女子のことを少し距離のあるところから俯瞰することができるようになった。

 その結果、本人も気付いていない所だが、生来の立ち回りの上手さに勘の良さから同級生よりも冷静で大人びた精神性を獲得している。ちなみに万引きは『あれ以来』やめた。


(ヒイィィィ! やばいやばい! 声大きくなってるって! フラれたからって僻みすぎだろ! 私を巻き込むなぁ〜! に、逃げよう!)


 故に修学旅行という特殊な環境、同級生女子だけで構成された閉鎖空間で燃え上がる陰口の嵐に片棒女子は、小学生女子の群れに馴染むことができなかった周防真守と似た感覚を味わっているのだが……それは知る由もない。


「わ、私ちょっとママに連絡してからスマホ先生に渡してくるね!」


 そろそろ同じ空間にいることがつらくなり、母親への連絡を怠ったことに対して焦っているような雰囲気を出しながら片棒女子は部屋から脱出した。

 その際に、他の女子何人かから貴重品をついでに渡してもらえないかと頼まれてそこそこ大荷物になったので、一応宣言通り母親へ軽く連絡をしてからすぐに、ロビーで待機している先生に部屋番号を伝えてから貴重品を渡す。


「あれ? スミレちゃんが代表で来たの?」


 そのまま消灯まで旅館の中を散策でもしてみようか? と考えていると、後ろから周防真守に話しかけられた。

 不意打ちだった為に少々大袈裟にビクッと身体を震わせてしまい、それを誤魔化すように笑みを浮かべながら振り返ると、緩い表情をしてこちらに手を挙げている周防真守の横にどこか見定めるような視線を送ってくる岬花苗の姿があり、思わず顔が引き攣りそうになった。


(最近の岬花苗(コイツ)、何考えてるか分からなくて怖いんだよなぁ〜)


 岬花苗は同い年にしては大人びており、そして周防真守以外には冷めた表情を浮かべていることが多く……数年前まではそんなことはなかったのだが……昔はよく女子の中心に居たような気がするが、最近はその素っ気ない態度が気に食わないと周囲からは不評だった。


「うん、ママに連絡するために部屋を出たからさぁ。ついでに、皆の分も持ってきたんだ」


 周防真守から言われた代表とは、就寝時間までに部屋で代表を決めて貴重品を届けに来いと事前に言われていた事に対しての言及だろう。

 なので片棒女子がそう答えると、周防真守は父親がたまに向けてくるような柔らかい笑顔を浮かべてきた。


「そっか……信頼されてるね」


 果たしてそれは自虐なのか、それともこちらを小馬鹿にしているのか。片棒女子は思わず眉を顰めてしまう。


「あ、いや……違うよ……ほら、私だと……そんな貴重品を預けられるなんて役割、与えてもらえないと思うし」

「それは、そうかもしれないけど。信頼がどうこうを、真守に言われるとさ、あの……ねぇ?」


 岬花苗もいる手前、あまり万引きしただの、させられただのと言う話はしたくない。僅かにいやらしく口角を挙げている岬花苗を、片棒女子はチラリと見て「何か勘付いてそうではあるな」とため息を吐きそうになる。


「真守ちゃんとスミレちゃんって、別に仲良くなかったはずなのに……なんか、妙な接点がありそうだよねぇ」


 そんな探りを入れてくる岬花苗の言葉に、片棒女子は隠すことなく顔を顰めた。周防真守も気まずそうに顔を逸らす。


「ま、まぁまぁ……とりあえず部屋に戻ろうよ」


 周防真守も岬花苗の前であまり過去のことを掘り返したくないのか、分かりやすく誤魔化して部屋に戻ろうとする。それに思わず待ったをかけたのは片棒女子だ。


「ちょ、ちょっと待って、あー……私が先に行くよ」

「?」

「……なるほどね」


 苦い顔をして前に出る片棒女子に、周防真守は小首を傾げ岬花苗は何かを察したように頷く。


「え? なになに?」


 岬花苗が何かに気付いたということはわかる周防真守が、混乱した様子で視線を片棒女子と岬花苗とで交互に移動させる。とはいえ、本人に陰口言われてるかもしれないからちょっと待てとは言いにくい。


「ほら、もしかしたら私達が知らない間に男子を連れ込んでたのかもしれないよ。先に行って、彼らを帰そうって話かも」


 ニヤリと口角を上げてそんなことを言い出す岬花苗。周防真守はというと目を輝かせて、うんうんと頷きそれを信じ込んだ様子である。


「そっか、そっか。そういうパターンも、あるよね!」

「そうそう。私達には知られたくないのかもね〜」


 ねぇよ。確かにそのパターンであっても男子を返す為に先に部屋に戻るけどさ! 絶対ややこしいことになるし! と片棒女子は、岬花苗に「お前絶対分かってて言ってるだろ」と言いたくなる気持ちを抑えて、愛想笑いを浮かべる。

 しかし、それを認めたところで部屋から男子が出てくるわけでもなし……それまで絶対見るなと言って聞いてくれる保証もなし……何故なら、周防真守は大人しそうな見た目をして他人に万引きをさせるような過激さを持つ女だ。


 これを否定したところで、じゃあ一体どういう事情で? と気になるのは人の性だろう。ややこしいこと言いやがって、と岬花苗への恨みが募る。



 苦肉の策として、片棒女子が選んだのは──


「あっ!」

「走ったら怒られるよ〜」


 ダッと駆け出し二人を置き去りに部屋に戻り、もし陰口が続いていたら止めることであった。

 これであの部屋の中にいなくなった自分の陰口が始まっていたらそれはそれで居た堪れない状況になるが、もはや彼女にはその手段しかなかった。



 そして無事先生に走っているところを見つかり説教をされ、追いついた周防真守と岬花苗が片棒女子を庇ったりしているうちに騒動に気付いた部屋の中の女子達が陰口を止めた為、多少のぎこちなさはありながらも無事、その女子部屋は平穏に就寝時間を迎えることができた。





真守の口調は相手に対してかなり変わりますが、別に無理をしているわけではありません。


あと岬花苗視点の話も書きたかったのですが、長くなったので一度区切ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ