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二十五話 遠ざける力



真守(マモル)……もっと俺達を頼れ』


 (トオル)にそう言われて、俺は彼の方を見ることもせずに確かこう答えた。


『お前ら能力者(アウター)を? いつ力に溺れるか分からんのにか』

『……不動や間壁とは何度か共に行動したことがあるだろ? 彼らがそんなふうに見えたか?』


 見えなかった。

 だが俺は復讐心に生きるしかなかったから、本当は気付いていた事にも目を逸らさなければ生きていけなかった。

 今まで自分が殺してきた相手は、生まれついての能力者(アウター)という絶対悪なのだ。そうでなければ、俺は潔を殺した何者かと同じただの殺戮者ではないか。


『俺は無能力(ノーマル)だ。お前らの力が一体どんなものなのかわからない、それをどう頼れと?』

『俺達の能力は大体知っているだろ。それに助けられたこともあったはずだ』


 何度もあった。

 無能力(ノーマル)の俺では能力者(アウター)の起こす超常現象に立ち向かう術はない。だが間壁の『room』ならどんな能力でも防ぐことができるし、不動の『麻痺(パラライズ)』ならどんな能力者(アウター)の動きでも止められる。


『なんでお前ら《対魔》は、俺にそんなに絡むんだ』


 答えに窮した俺は話を逸らした。すると効果はテキメンで、(トオル)は口をつぐんで黙り込む。


『どうした、なぜ言えないんだ。何かやましいことでもあるのか?』

『そんなことは……ッ!』


 そして何かを言おうとして、まだ黙り込む。


『時が来たら、言うよ。それは、懺悔とも言える』

『懺悔だと? 潔を殺したのはお前達か?』

『違うよ……違うんだ……』


 透は、ひどく悲しげな瞳であった。俺はその時の彼が言おうとしたことを、結局聞けず仕舞いのまま命を失くす。



 *



土谷(ツチヤ)さん! 真守(マモリ)さん! 貴方達二人でどうするつもりですか!」


 また大きな音があった。建物が揺れて、それだけでも力の『威力』がわかる。


 ここまではっきりした『威力』を持つ能力者(アウター)、そいつがもし《ネクスト》のメンバーだとしたら……。思い当たるのは……。


「暴れてるのが練助の仲間かもしれねぇんだろ!? だったら……俺にとっても黙ってるわけにはいかねぇ!」

「そんなことより真守さんを止めてください!」

「意外と足速いんだよ、おっさんにはきついね」


 ちょっとずつ離れていく背中から聞こえる会話。俺は微妙に速度を調整しながら、どうしたものかと頭をひねる。


 間壁の能力『room』……条件や範囲は自在が故に、咄嗟の状況でも使いやすくプリセット設定した『room"3"』。

 どう考えても建物内に能力者(アウター)がいる状況、さっき見た限り能力によって破壊された建物の破片は外にまで及んでいた。ということはおそらく、『room』には能力自体を封鎖条件に付与されていない。

 そもそも建物全体を囲む『room"3"』は相当、条件を絞らないと強度が両立しない。

 わざわざ、能力者(アウター)を外に逃さないように設定された結界。そこから推測するにおそらく───。


 間壁と今暴れている能力者(アウター)はこの建物の中で交戦中である可能性が高い。


「こんな事件あったか……?」


 何度頭を捻っても、『記憶』から今起きている事件に覚えがない。こんな白昼堂々と病院なんてところで暴れておいて、記録に残らないなんてことがあるか? 


 病院内は騒然としており、避難誘導にあたっている看護師や医師が患者を連れて外へ向かっている。

 自分で動ける患者は自分の足で逃げているが、その速度は患者の状態次第……歩くよりも遅い者に肩を貸す姿もあれば、寝たきりの老人を担ぐ姿もある。


「一体何があったんだ!」

「爆発か!?」

「何が爆発するっていうの!」

「上にまだ……、おばあちゃんが……うぅっ」


 人混みを邪魔をしないようにすり抜け、音のした方へ向かう。ちらほらと、頭や身体に傷を負って血を流す人の姿も見えた。


「くっ!」


 後ろから俺を止めようとする巾木の悔しそうな声が聞こえる。俺の身体は小さいため人の間をすり抜けるのも容易だが、彼はそうもいかない。


 ふと、目の前でバランスを崩して転けた人がいたので慌てて駆け寄った。立ち上がるのを手伝っているうちに、すぐ側に巾木と大吾郎が立っている。


「真守さん、避難誘導を手伝うのではなかったのですか?」

「……見ている限り、お医者の先生と看護師さん達がしっかりとそれをしています。私のような部外者ができるのは───」


 ぶつかりそうになった子供と大人の間にするりと入って子供を上手く避けさせる。


「この程度のものです、しかし」


 また、大きな音が響いた。

 揺れる建物に周囲の人は足を止めて頭を抱え、衝撃から身を守るように硬直した。すぐに顔を上げて、しかし先程までよりも混乱した様子で逃げようとし始める。そのせいでぶつかる人間が何人か現れ、医師や看護師が落ち着いてくれと大きく声を張り上げる。

 このままでは、混乱が極まり……逃げる人々が互いを傷つける結果になるかも知れない。


「元凶を、なんとかしないと。せめて、一体『誰』がこんなことをしているのか、もし私が知る人物だったのなら、対策を練れるかも知れません」


 強く巾木を見つめると、彼は少し呑まれたように顎を引いてから静かに頷く。


「危ないとおもったら、すぐに抱えて逃げますからね」

「ぜひお願いします」



 音がしたのは上の階からだったので、階段を登りまた走っていると、壁に大穴が空いて外が見える場所に辿り着いた。足を止め、床すら崩れそうなその場から少し離れる。

 破壊の跡は、壁を伝って病室のようなところにも続いており、瓦礫に埋もれて良くは見えないが……赤い液体と、人間の『破片』のようなものがチラリと見える。


「お、おいおい……もしかして……」

「な、なんて酷い……」


 俺に追いついた大吾郎と巾木が引き攣った声でそう言った。俺も思わず歯軋りをして、胸の奥から湧き出す『(いかり)』をギュッと抑え込む。


 ───ドォォォン! 


 再び、大きな音が響いて建物全体が揺れた。その際に俺達のいる辺りはさらに崩れそうになり、慌ててその場から退散し音を辿っていく。


「おい! 勝算はあるのか!?」

「土谷さん! こんな、あんなことができる相手に何ができると!」


 後ろで揉めているのが聞こえるが、俺自身もそこに悩んでいた。

 この破壊音、かなり攻撃性能の高い能力者(アウター)だ。対してこちらは俺と巾木の無能力(ノーマル)二人に日本刀を生み出す大吾郎……。


 いや待て、なぜ俺は戦うことを前提に考えている。先程巾木に言われたばかりだろう。それに対してあくまでも誰なのかを確認するだけだと答えたはずだ。


 音は一つ下の階だ。階段を降り、すっかり人気のなくなった───あるのは人だったものらしき一部───廊下の先に、『奴』がいた。


 俺とそう離れた歳ではない少年だった。ボサボサの髪に、少し釣り上がった細目は『あの時』の大吾郎のように狂気に呑まれていた。

 しかも、大吾郎よりも余程深い……。


兎城(トジョウ)……」


 そして俺は、その能力者(アウター)を知っている。できれば……予想から外れて欲しいと思っていた能力者(アウター)の一人だ。


 彼は俺達を気にもせず、再び力を使った。彼の手を起点に、景色が歪み波打つ。近くの壁を破壊して、その中を覗き込んでいる様子から誰かを探しているように見える。


「知っている能力者(アウター)ですか?」


 こそりと、巾木が俺に耳打ちしてきた。横の大吾郎は、さっき外で皆と喋っていた時に生み出した刀を緊張した顔で握り確かめている。隙を見て斬りかかろうとでも考えているのだろうか。


「うん……どうしよう……でも、ほっといたら……アイツの能力だともっと被害が……」


 俺の知る能力者(アウター)の中でも、奴の性格は凶暴な部類だ。しかも能力もそれに相応しい。


 悩んでいる暇はない。今の様子は明らかに正気ではないが、だからこそ『この程度の被害』で済んでいる。

 今すぐ、アイツを止めないと……でも、どうすれば……。兎城が曲がり角に消える。それを慌てて追いかけるように俺は走り出す。



真守(マモル)……もっと俺達を頼れ』



「間壁ェ──ーッ!」


 そして、気付けば走りながら叫んでいた。

 思っていたよりも綺麗に声が出る。兎城が暴れているからこそ静かになっているこの場に、腹から出した俺の声が響き渡る。

 答える声はない、だからこそもう一度。


「間壁ッ! 出てこい! 私は味方だ! お前がいないと、勝てないッ!」


 この建物の中にいるはずだ、そして兎城が探しているのはアイツなんじゃないか? 間壁の能力があれば、対抗できる。今以上の被害をヤツが出す前に、止められるかもしれない。


 予想が外れていたのなら───今、大声を出した俺の方をジっと見ている兎城に対して、俺達は有効な手段を持たない。

 曲がり角の先で立ち止まっていた兎城を見つけて、俺は急ブレーキをかける。そして、睨み合う。追いついてきた大吾郎と巾木が、ごくりと息を呑む音が聞こえた。それほどの静寂が周囲を包んでいる……。


「大きな声で、うるさいんだよ……」


 ポツリと、兎城が俺を見ずにどこかを見ながら耳を押さえて言った。再び目が合い、未だ正気ではなさそうな血走った目を、俺は負けじと睨み返す。


「来るぞ……!」


 大吾郎が、振り絞るように言った。


 その瞬間、兎城は地面に能力を発動。床を粉砕する。


「!!?」

「!?」

「下だ!」


 俺と巾木が驚きに目を見開いていると、大吾郎が引き攣った顔でそう叫ぶ。俺達は慌てて下を見て───その直後に、床に亀裂が走ってそのまま爆発するように大穴が空いた。

 俺達はなんとかその場を飛び退いていたが、俺は巾木と大吾郎とは逆方向に逃げてしまった。

 兎城は、下から床をぶち抜いてこの階まで飛び込んできている。空けられた穴は壁にまで至っており、俺は二人と合流することができない。

 そして、そもそもそんな暇もなさそうだった。空中で身を翻した兎城は、俺の方を見てから───大吾郎と巾木に視線を向けた。


「ソイツの力は! 断続的に放たれる『波状』の『斥力』です! 奴の手からその先が射線───」


 兎城の手から能力が放たれた。断続的な波は空気を震わせ景色を歪ませる。本来視認できない『斥力』だが、兎城のそれは空気をも弾くが故に目を凝らせば見えないこともない。

 効果範囲次第では避けられないこともない『はず』なのだが……二人に放たれたそれは尋常ではない出力が込められており……それは一目で避けられないと悟ってしまうほどのものだった。


「あぁっ!?」


 俺が出来たのは、悲鳴のような戸惑いの叫びだけだった。兎城から放たれた力はその手から先の空間を飲み込む勢いで、全てを破壊する。

 大吾郎が刀を手に咄嗟に巾木を庇うが、あんな刀一本で『面で潰す』あの力をどうにかできるわけがない。そしてその力は波状に放たれるため、人の身体など一瞬でぐちゃぐちゃになる。

 途中見かけた『破片』も、そういうことだ。ただの斥力なら潰れるで済んだかもしれない。だが断続的な波はそれ以上の破壊力を生む。



 無意味かに思えた大吾郎の刀が『斥力』を裂いた。


「えっ」


 裂かれた位置から『斥力』は分かたれ、その周囲を粉砕していく。大吾郎の刀はつちくれになって消滅し、周囲が破壊されたことによって無事だった大吾郎と巾木の立っていた場所も重力に呑まれてガラガラと瓦礫と共に下へ落ちていった。


 なんだ、今のは。

 斥力とは言うなれば実体のないものだ。磁力が反発し合うような、物理的に干渉しようと思えば間に物を挟むしかない。だがそれで力そのものが消えるわけでもないし、そもそも物理的に刀で切断……切れ目を作れるようなものではないだろう。

 少なくとも『兄』の時、兎城の力をあのようにして避けたなんて聞いたことも見たこともない。扱っているのが空気によって生み出された風ではなく『斥力』だ、認識することすら難しいそれにどれほど苦労させられたか。


 俺が落ちていった二人の心配と先程の現象に思考を奪われているうちに兎城は、空中で能力を利用して移動。俺の目の前に着地する。

 そこにきてようやく俺は現実に戻ってきた。『記憶』を思い出して以来、今と過去を擦り合わせるために思考を持っていかれやすくなっているが……まさかこんな時に大きな隙を晒すとは。


「兎城! お前、自分が何やったか分かってんのか!」


 苦し紛れにそう叫ぶと、兎城は初対面のはずの俺が名前を知っていることに驚いたのか、それとも俺の剣幕に気圧されたのか動きを止める。額に手を当て、少し困惑したような表情を浮かべた。


「なんで、俺ばっかり……? くだらない、みんなみんな───くだらない」


 ぶつぶつと何かを言っている。正気を失っているが故に、どうやら今をしっかり認識できていないようだ。

 これは……大きな隙を見せてきたな。

 俺はごくりと唾を飲み込み鞄に手を突っ込む。釣り用の小さなナイフを握り、鞘からすぐ離せるようにした。


 いけるか……? 


「みんな死んでしまえ」


 俺が鞄からナイフを抜き放とうとした瞬間、兎城は狂気を瞳に見せた。彼の手の輪郭が歪む、能力の起点が手だからこそ起きる能力発動の予兆。俺は、後ろに逃げるか、前に踏み込むか……悩んで一手遅れてしまった。


 マズイ。そう思った時には手遅れだ。兎城の手から力が───放たれない。彼は俺の目の前で不自然に動きを止めた。まるで時が止まったように……。



 不動(フドウ)? 



 脳裏に、《対魔》のメンバーの一人が思い浮かぶ。だがすぐに俺は行動に移した。このチャンスを逃すわけにはいかない。


 狙うは首元───! 

 俺は鞄から抜き放ったナイフを、兎城の首元に突き立てた。


 ギギッ。

 軋むような音が耳に残る。俺のナイフは兎城の首……そのギリギリで不可視の力に止められてしまった。それは断続的な振動を俺の手に与えてきて、その特徴から兎城の能力だと推測する。


「くそっ!」


 体表に力を纏うように? まさか、この年齢の頃からそれが出来たなんて! 


 先程、巾木や大吾郎には兎城の能力を手を起点にしたものだと叫んだが、厳密には違う。

 能力者(アウター)の能力は習熟度によってその姿を大きく変える。例えば神楽アツキが自らの身体から炎を生み出したように、おそらく能力者(アウター)にとって力とは自在に操れるはずのものなのだ。

 だが多くの者が手を起点に力を発動するのは、単純な扱い易さと身を守るためだと聞いたことがある。先の例で言うと、体内で発動した神楽アツキの炎は能力者そのものを焼いてしまう。

 同じように、兎城の力を体内で発動しようものなら内臓はめちゃくちゃになるだろう。上手く避けれるようコントロールすれば違うかもしれないが、そのコントロールこそ習熟度次第というわけだ。


 だからこそ兎城のように強力な力を操る能力者(アウター)が、体表に纏わせるなんて危険な使い方を『未来』の時と同じようにこの年齢で扱えるとは思ってもいなかった。


 しかしそれを今知れたのはいい事だ。兎城はまだ動けそうになく、俺は急いでこの場から退散する。

 待てよ? 仮にいま兎城の身体を止めているのが不動の力だとしたら、逆にそれが体表に力を纏わせる感覚を得るいい機会になったのかも知れない。



 突然、俺は腕をぐいっと引っ張られて近くの病室に引き込まれる。転がり込むように中に入ると、俺を引き寄せたのは……『記憶』よりも随分若い間壁で、部屋の中には同じく若い不動の姿がある。


 ホッとした気持ちが少し生まれ、同時にどこか懐かしい気持ちも溢れて口角が上がる。

 だが今はそれどころではない。不動までいるのは予想外であり、しかし好都合だ。


 間壁と不動、二人が居て……さらに、きっと生きているであろう大吾郎の『あの刀』があれば、きっと兎城は止められる……! 


 とりあえず、不動には自分の『力』の本来の使い方をしっかり認識してもらわなければいけない。

 そうすれば、先程の一撃で終わっていたかも知れないのに。


「お前は、一体……?」

「あれ? 周防(スオウ)真守(マモリ)……?」


 何故、不動が俺の名前を知っているのか? 

 だがそれはお互い様だ。とにかく俺は二人を頼るために、できる限り友好的な笑みを浮かべて言う。


「詳しい話はまた後でしよう、とにかく……私達であいつを止めるぞ」




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