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二十一話 剣山の家



 ようやく動けるようになった俺が急いで土谷(ツチヤ)大吾郎(ダイゴロウ)のところへ向かうと、やがて山の中腹にある家屋が見えてきた。

 しかし様子がおかしい。何やら、まるで剣山のように大量に細く尖ったものでその家は貫かれていた。


「なんだ、あれは」


 駅前の現場を他の警察官に任せ、俺を追ってきた紅子が愕然とした声で言った。俺も分からない。近付いてみるとその細く尖ったものが一体なんだったのかが分かってきた。


 それは、刃だ。まるで日本刀の刃のような形をした金属が、地面から幾つも伸びて家をめちゃくちゃにしていた。


「こんなの、知らない」


 俺はこんなことができる能力者(アウター)を知らない。しかし土谷大吾郎の居場所は、住所的にこの辺りのはずだ。そして目の前の家屋の横にはもう一軒何やら工場のような見た目の建物が建っており、それ以外には何も見当たらないことを考えると、おそらく目の前の剣山のような家が土谷大吾郎のもので、彼はその中にいるはずだろう。


 ふと、視界の端に何かが目に入った。


 それは足だ。足首から先だけが見えている。それより上は物陰に隠れて見えない。嫌な予感がして覗き込んでみると、その先にあったものを見て思わず口を手で覆ってしまう。


 人が倒れていた。中年くらいの女性に見える。

 見た目は無傷だ。しかし一目見ただけで死んでいるとわかってしまうくらい、身体は微動だにせず顔は青白くて生気がなかった。

 そしてその顔は……今際の際まで、苦しんだのだろうと分かるくらい歪んでいる。喉を抑えていることから、呼吸ができなくなったのだろうと推測する。


「し、死んでるのか」

「……おそらく陶芸師(ポッター)です」


 奴なら、触れた場所次第では一切の外傷なく人を殺める事ができる。あくまでも推測だが、奴も土谷大吾郎の元を訪れたと考えた時にその結論に至る。


「……ここに私たちが来たタイミングで、ちょうど奴が?」


 ボソリと呟いた紅子の言葉が耳に入り、俺は聞いてないふりをした。俺が『記憶』を思い出したタイミングから、紅子とスケジュールを合わせた今日に限って……まさか陶芸師(ポッター)が現れるなんて、俺からしても偶然にしてはあまりにも……。


 斉藤カズオキの時もそうだ。そもそも初めて『記憶』を思い出したのは、斉藤カズオキを捉えられる最も可能性の高いタイミングの直前だった。



『……きっと、お前は『俺達(のうりょくしゃ)』を引き寄せる』



 神楽アツキが俺に言った最後の言葉。

 俺の逆行した記憶自体、はっきり言って謎が多い。何故俺は『兄』から『妹』になった? 『兄』の時の世界はどうなった? 『(マモリ)』は一体なんだ? 『(マモル)』は一体どこにいった? 


 俺が、能力者(アウター)を引き寄せる。神楽アツキの言うようにそんなことはありうるのだろうか? しかし、陶芸師(ポッター)に至っては妙な『縁』を感じるのも事実。


「いや、そんなこと考えてる暇はないな……」

「真守、どうする気だ。中に入るのか?」


 そうするしか、ないだろう。

 紅子もそう考えているのか、言葉とは裏腹に俺よりも先導している。


「対策部のメンバーもこちらに向かっている」

「でも、ことは一刻を争うかもしれない」


 二人で言い訳をするように掛け合いながら、剣山のようになった家の扉に手をかける。


「開いてるな」


 ごくりと、俺か紅子かもしくは二人ともが唾を飲み込む音がする。


 カチャリ、と。恐る恐る紅子が扉を開く。そっと中を覗き込むと、玄関から延びた廊下の先に誰かが蹲っている。


「……っ? まさか陶芸師(ポッター)がっ」


 生死は分からない、しかし外の死体のように(ポッター)の力によって危害を加えられた後なのだろうと考えた俺はすぐさま駆けつけようとした。


「真守ッ!」


 だが、急に首根っこを掴まれ引っ張られる「ぐえっ」と可愛くない声が喉から出て、何事かと考えた瞬間に、視線の先でうずくまっていた人が顔を上げる。

 血走った、明らかに正気でない目と俺の視線がぶつかる。男だ。土谷大吾郎。蹲っていたのは目的としていた人物だった。


 彼は床に手を触れた。


 直後に響く破砕音。床に張られたフローリングから天に向けて刃が突き立てられる。一本、二本、三本。その数はとめどなく、そして波のように俺達の方へその数を増やしながら迫ってくる───! 


「わ、わぁァァ!」

「───ックソ!」


 思わず叫んでしまった俺を掴んだまま、紅子は身を翻して外へ飛び出した。勢いのまま足をもつれさせ俺もろとも地面に雪崩れ込み、ゴロゴロと転がりながら俺達は必死に逃げる。


 少し離れて、土谷大吾郎を起点に伸びてきていた剣山の波が玄関で止まっていることに気付き、俺達は足を止めた。


「触れた物に、刀を生やす能力か?」


 紅子が息を切らしながら言うが、俺は何も答えなかった。


 少し考え事をしていたからだ。


 先程目が合った土谷大吾郎は、明らかに正気を失っていた。血走った、狂気に……溺れたような。


 あの、『記憶』の中にある『奴ら』と同じ目だ。『変革の時』、あれから荒れた世に溢れた、力に溺れた能力者(アウター)達。

 だとすれば───。


「紅子さん、彼が土谷大吾郎です。そして今は正気を失っていると、考えて下さい。そして」


 俺はずっと、能力者(アウター)はその力に溺れるものなのだと思っていた。だが、『記憶』でも、『変革の時』を経て目覚めたと思われる能力者(アウター)は、一部を除いてそのほとんどが時間と共に正気を取り戻していたように見えた。《対魔》との繋がりから、過去に力に溺れたことを後悔している能力者(アウター)と会ったこともある。

 あの時は……『(マモル)』は憎しみで目が曇っていたから、そこまで思い至らなかった。だが今は、(マモリ)は。


「多分、一過性のものだと、思うんです。だから……止めましょう。きっと、彼は正気を取り戻す」


 開け放ったままの玄関から、土谷大吾郎がフラリと外に出てくる。その目は虚で、しかし先程のように狂気を宿してはいなかった。

 もう正気に戻った? 


「あ……あぐ……練助(レンスケ)……! いや……俺が、俺が───!」


 うわごとのように何かを言っている。

 そして、俺達の方を見た。


「───練助の仲間かッ!」


 土谷大吾郎が地面に触れる。そして、地面から抜き放つように一振りの日本刀が彼の手に収まった。

 柄は何の装飾もないシンプルなもので、ぱっと見はヤクザが振り回していそうな白鞘の日本刀に見える。


「なんだ? さっきみたいに地面から出さないのか……?」


 紅子が疑問を口にすると同時、土谷大吾郎は「ウォオオオオオオ!」と派手に叫びながらこちらに向かって走ってきた。

 握った刀をおおきく振りかぶって、俺達を脳天からかち割ってやると言う気概に溢れている。


「紅子さん! 彼が地面に手を触れないように注意していてください!」

「おいっ!」


 警戒に身を固める紅子の脇をすり抜け俺は走り出す。後ろから紅子の静止の声が聞こえるが、無視して俺は土谷大吾郎との距離を詰める、そして彼の攻撃圏内に入ると同時、俺は自らを心中で鼓舞しながら息を吸う。


「せぇぇァァァァァ!」


 剣道か剣術の心得があるのだろうか。躊躇いのない速度で土谷大吾郎は鋭く刀を振り下ろしてくる。俺は息を短く強く吐き、走る勢いを殺さずに身を捻りながら大きく屈んだ。

 そして、そのまま前に出ていた足を横に蹴る。バランスを崩し、彼が刀を持つ手を身に引き寄せたのを見た瞬間、俺は土谷大吾郎の後ろ側の足に引っ掛けるように身を滑り込ませてそのまま背中で体当たり。

 鉄山靠と呼ばれる技で、使い方次第では俺のように小さな身体でも大人の男相手に体勢を崩すくらいはできる。かっこいいので覚えた。


 よろめいた土谷大吾郎がたたらを踏んだ瞬間、慌てて距離を詰めてきていた紅子が刀を持つ手を蹴り上げる。

 中々に痛そうな音が響き、手から離れた刀が宙を舞う。そのまま捕えようとするが、ピタと動きを止めて紅子は叫んだ。


「これ、触られたら人間にも刀生えるか!?」

「わかりません!」


 とりあえず気絶させてしまおうと俺は首元に飛びつき、即座に後ろに回り込んで腕で首を絞める。

 紅子は俺が土谷大吾郎の手に触れられないよう、手首の辺りを持って拘束する。


「やばい! 力じゃ勝てない!」

「ギャッ」


 しかし拮抗したのは一瞬で、紅子はすぐに音を上げた。ぐぐぐ、と彼の手が俺の腕に近付いてくるので思わず変な声を出して飛び退いてしまう。

 紅子も手を離し、俺と同じように慌てて距離を取った。ゴホゴホと咽せる土谷大吾郎を見ながら、どうしたものかと頭を悩ませた。


「くそ、能力が分からんとどうしようもないな」


 紅子が悔しそうに言うが、俺はふと気付く。土谷大吾郎の様子が、少し異なって見えた。


「あの、なんだかあの人、落ち着いているように見えませんか?」


 しばらく咽せていた彼は、ふーっとため息を吐いて顔を上げた。その目は先程までのような血走った目ではなく、どこか理性のようなものを感じさせた。


「……なんだ? 何をしてる?」


 心底から疑問だと、どこか呆けたようなそんな表情で俺たちの方を見ている。ふらりと、よろめいて膝から崩れ落ち、彼が地面に手をついた瞬間───また地面から刃がいくつも飛び出した。


「ギャァァァ! 痛え! なんだ! なんだなんだ!」


 そのうちの一本が土谷大吾郎の足を突き刺して、悲鳴と共に彼は転がり回る。どうやら正気を取り戻したらしい姿を見て安心した気持ちが生まれるも、とはいえ既に大怪我を負っている状態だし、能力もコントロールできていなさそうなあたり困った状況なのは変わらない。


「地面に手を触れないでください! そのまま、落ち着いて!」


 一体どんな能力なのかはまだ分からないが、少なくとも今まで地面に触れてから発動していたことを考えると、地面に触れる行為がトリガーなのはほぼ間違いないだろう。

 とりあえず混乱している彼を遠くから宥めながら、救急車の手配も同時に行わないといけない。


 はぁ……。

 それは、一旦状況が好転したことによる安堵によるものかこれからの不安によるものか、俺と紅子は同時にため息を吐いた。



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