二話 即行
俺がまずやったことと言えば、カレンダーと『記憶』との照合だ。今日は、8月16日。まずいな……。俺は『記憶』の中から次の事件が起きる日を思い出し、どうしたものかと頭を悩ませた。
今の俺は小学三年生だ、つまり『兄』の時は五年生の時。この『能力者』は確か、この時期に二人殺しているはず。どちらも、今の俺と同じくらいの歳の子だ。
昨日のニュースはきっと、一人目だろう。この子は発見までかなり遅れたはずで、行方不明のニュースがしばらく流れていたはずだ。
もう一人、『兄』と同じ歴史を繰り返すのならば、殺されるはずだ。次の子は殺された次の日には死体が発見されたはず。
発見されたのが8月18日、のはずだ。
ということは、殺されるのは8月17日……明日だ。
何故ここまで克明に記憶しているかと言えば、この事件の犯人である『斉藤カズオキ』について調べたのが『兄』が死ぬ一年前だからである。だから記憶に新しい。
奴は『兄』とは別の『対・能力者集団』の一人としてどちらかと言うと『善人』として行動しており、その凶悪な本性を何年もずっと隠していた。
しかし突如として彼は再び罪を犯した。それをきっかけに『兄』や『対・能力者集団』は斉藤カズオキを追い詰め、これ以上罪を犯せないよう殺した。
彼について詳しく調べたのは、そこからだ。『対・能力者集団』も同じように行動しており、その調査の結果を共有するなどして過去に犯してきた罪が全て明らかになったのだ。
この時代でも、同じ時間で事件を起こすとするならば……すでに奴は行動に入っている頃だろう。
急がないと、とは思うがここで俺の今の年齢がネックになる。小学三年生となれば一人で留守番くらいは任せてもらえるが、一人でどこへでも行くことを許される歳では無い。
何故俺が焦っているのかというと、次の事件が起こるのは隣の市だからだ。そして、その次の事件は二年後……しかもかなり遠方になる。
その後もいくつか奴は事件を起こすが、場所と自分の年齢、それらを踏まえた場合止められる可能性があるのは次の事件だけだ。
だが、明日だ。
間に合う……か? いや、間に合わせる。決めたはずだ、害なす能力者は……殺す。
*
この記憶、『兄』としての記憶が目覚めるまでの約八年。その間の『妹』としての記憶は思い出そうとすれば思い出せる。『兄』の記憶が根強いせいで、かなり曖昧にはなっているが……少なくとも、部屋に置いてある自分の物くらいは把握できている。
ゴソゴソと物置を漁り、遠足で使ったシンプルなリュックを出す。女の子が使うにしては随分と男の子っぽさを感じるデザインなのは、『兄』の記憶を思い出せたのが今なだけで、生まれた時から記憶を───いや、『真守』としての趣味がそうだっただけかもしれないな。
次に家の外にある倉庫から使えそうなものを探す。ノコギリとハンマーを見比べて、ハンマーをリュックの中に入れた。
殺傷力を考えると確実なのは刃物だが、それを持ち歩くのは少々ハードルが大きく感じる。ノコギリなんて振り回して人を斬れるようなものでもないしな。
包丁……も考えたが、潔が殺されるのは中学三年の頃だ、まだ数年先まで俺自身の行動が制限されるようなことにはなりたく無い。
よって、この体でも全力で振るえば充分殺傷力が得られるだろう、という考えのもとハンマーにした。不意打ちで頭をぶん殴ればいいのだ。幸い、犯行現場等の情報は頭の中にある。これはかなりのアドバンテージだ。
ハンマーならば、刃物全般よりも見つかった時にごまかしが効きやすいだろう。
そっと家の中に戻ると、潔はまだ昼寝をしていた。よしよし……。なんとか気付かれぬうちに準備を終えられた。明日は、友達の家に遊びに行くと言えばいいだろう。
ギュッと拳を強く握り、もう一度覚悟を決めるように己の中の殺意をしっかり認識する。
斉藤カズオキに殺されるのは、いずれも年若い女子だ。総勢にして七人。
既に、一人はその手にかけられているが……俺の脳裏に潔の姿が浮かぶ。
許せる、わけがない。二人目以降は今なら間に合う。間に合わせる。俺にしか出来ない。
次の日、両親が家を出た後すぐに俺は行動を開始した。自転車に跨り、隣町を目指して走る。
一時間、以上かけて……正直俺はこの体の体力の無さを舐めていたと、反省した。なんとか隣の市に着いた頃には既に二時間。
体はヘロヘロで、今から……犯行現場である山の中へ入らなければいけないというのに、その自信さえなくなってしまいそうだった。
リュックに入れた水を飲み、お菓子を摘みながら頬を叩く。
記憶の中で、犯行時刻とされた時間はもう間も無くだ。
被害者の女の子は俺のように友達の所へ行くと言って、そこを捕まって山の中の普段使われていない小屋に連れて行かれ……殺される。
次の日、その山の持ち主が偶然小屋や山の管理のために入った所……死体を見つける、と言った流れだったはず。
詳しい死亡時刻は忘れてしまったが、しかし奴は能力の実験体として……いや、能力で弄んでから殺しているはずだ。
それならば、今この時にはもう───。
「ダメだダメだ、休憩している暇はない」
自分の喉から可憐な声が出てくるのは違和感が凄い。この体で過ごした記憶も朧げながらあるというのに、『兄』の意識が随分と強いらしい。
しかしそのおかげで、俺は疲れた体に鞭を打って動くことができた。




