十八話 《オリジン》
『真守、帰ろう』
妹の首が見つかったあの日からしばらくして、世界中に能力者が蔓延った。
急に力に目覚めた人々が、その力に溺れてこの世は地獄に変化した。秩序は乱れ、国家はその悉くがまともに機能しない。
父がふらりと行方をくらました。俺はその後を追って、道端で息絶えた父に出会う。胸元に突き立てられた刃物、弄られた服。恐らくは、能力者ではなくてただの暴漢。
この荒れた世では、人々の心は荒んでいた。
呆然と立ち尽くしていると、親友が迎えにきた。わざわざ探しに来てくれたらしい。
一年もすれば、混乱は収まった。
国は新しき世に適応し始め、力に溺れていた能力者達も落ち着きを取り戻した。
それに一躍買ったのが、対・悪性能力者組織である。元は力を悪用する能力者に対する自警団のようなものだったが、紅子の活躍によって設立された警察内部の『超能力者対策部』と連携をとることで国内の安定に尽力したのだ。
『真守……! お前……!』
ショボい能力で、しかし人を害していた能力者を蹴り飛ばしていると親友が慌てた声で俺に駆け寄った。
『なんてことを……っ!』
『こいつは、人の認識を僅かに歪める程度の能力者だ。だが、人道にもとる行いをしていた』
その能力者の胸には深々と包丁が突き刺さっており、俺はそれを思い切り踏み込んでより深くに刺す。
『真守……っ。やめろ!』
『もう死んでるよ』
今のはただの八つ当たりだ。
包丁を抜き、能力者の着ていた服で血を拭い去って俺はその場を立ち去ろうとする。
その背中に、親友はこう声をかけた。
『……まて! 真守……俺達のところへ、来い! 《対魔》、潔ちゃんの仇を探しているんだろう? 闇雲に探すより、俺達と共に戦え!』
『お前、《対魔》だったのか。仲間にはならん。だが、情報はよこせ』
振り返った俺のにべもない言葉に、親友は歯痒そうに唇を噛む。
『わかった。だから、もう一人で無茶をするのはよしてくれ、もっとよく考えてくれ……能力者は、その全てが敵ではない』
『力を持つものと持たぬもの。時間の問題だ。『無能力』と呼ばれているうちはまだ良いだろうよ、そりゃな』
それから、親友を含めた《対魔》の連中とも関わりが増えてきた。その中には後輩だった松太郎も居たのだが、彼の従姉妹がかつて警察にいて、『炎の能力者』と相討ちになったという。しかも、あの超能力対策部設立のきっかけらしい。
『《原種》?』
松太郎の従姉妹である鈴木紅子と『炎の能力者』が交戦している動画を見せてもらった。
古い映像のため画質は随分と荒いがそれでもよくわかる。その力は、俺が今まで出会ったどの能力者よりも強力だった。それについて言及した時、親友がそう口にした。
『そうだ。《オリジン》……今、多く存在する《次世代能力者》とは違う……言うなれば、能力者としての原種』
『何か違うのか?』
俺のその質問に、親友は少し逡巡した。しかし意を決したように続きを話す。
『言うなれば、本物だ。《次世代》とは言うが、あんなのはあくまでも劣化品だよ。個人差が大きいが、単純に操る力は強大なモノが多い』
オリジン……それが、この『炎の能力者』というわけか。俺が動画に目を落としていると、親友は更に続ける。
『俺達の、敵。《ネクスト》にはその原種が多く居る。そして、奴らこそがこの世界を───
久しぶりに、『兄』の記憶を夢に見た。最初の時のように、泣き叫ぶようなことはしなかったが……寝巻きは汗でびっしょりで、心臓もバクバクと激しく鳴動し呼吸も荒い。
深呼吸をして、心を落ち着ける。
「原種……」
そして、あの時はあまり気にもしていなかったが、過去に戻った今───何か重要なことを思い出したような気がしていた。
*
「どこでその言葉を聞いた」
紅子とお茶をしている時に、ふと記憶に見た言葉を口にした。俺的には大した話のつもりではなかったのだが、紅子は目を見開いて俺に食いかからん勢いだ。
「いや、『未来』……? 最近思い出したんですけど、能力者には少なくとも二種類居るらしくて……《オリジン》と、《アドバンスド》だったかな」
「アドバンスドは、知らんな。語呂悪いし……」
「意味的には次世代と言った感じかと、《ネクスト》っていう、犯罪能力者組織が考えた単語だと思うんですけど。そういったカタカナをあえて使って、なんていうか……俺達は、特別なんだぞ、みたいな主張をですね……」
「まぁ、なんとなく言いたいことは分かる。組織においてそういうのも大事だったりする」
うーん、と唸り紅子は何かを考え込む。というか、なぜ俺が『未来』で知った情報に紅子が反応するのだろう。このオリジンというワードは、最近になって鮮明に思い出したもので、紅子に話すのは初めてのはずだ。
「オリジン……私はかつて、そう呼ばれたことがある」
「えっ」
だが、紅子の口から出てきた言葉に俺が目を見開く番だった。
「私は生まれついてよりの、能力者だ。その私が、《オリジン》。ならば、お前の言う《次世代》とやらはなんだ?」
「いや、ちょっと待ってください。そもそもいつそう呼ばれたんですか」
そもそも俺は《オリジン》についてよく知らないのだ。『兄』時代は……まぁ恥ずかしい事に、能力者であれば誰彼構わず敵意を抱いていたから関係ないとすら思ってたし、何かしらの組織に所属するようなこともなく、所在だけ聞いて殺しに行くみたいな殺伐とした……あぁ、今となって情報の少なさに後悔しかない。
「あー……いや……うん……」
物凄く歯切れが悪くなる紅子に、俺は思わず訝しげな目を向けてしまう。この人、何か俺に隠してないか? 他人に対しては自分の能力を使って根掘り葉掘り聞き出すくせに、自分のことはダンマリか?
「紅子さん」
「待ってくれ、まぁそうだな、神楽アツキの件も終わった。話すよ、話す話す」
色々と、思うところがあったらしくずっと言えなかったらしい。しかし、警察内で設立された超能力対策部の運用も落ち着いてきた今、そろそろ俺には話をしようと思っていたらしい。
「私には、憧れの人がいたんだ」
そう切り出した紅子の話。かつて憧れていた男の人、警察として事件に巻き込まれ死んだその死と原因の予測。葬式に現れた謎の男が口にした《オリジン》という言葉。そして───。
「《ポッター》……」
陶芸師と呼ばれた、いや呼ばれるようになる能力者がいる。様々な悪事に手を出していたあの《ネクスト》所属の悪性能力者だ。
俺も『兄』の時に交戦したことがあり、奴の能力が邪悪に過ぎることをよく知っている。
「そのだな……彼の、死体は───」
紅子から、憧れの人の死体の状態を聞いた俺は思わず爪を噛む。
「……奴なら、陶芸師なら出来るでしょうね……いや、奴でないと不可能か」
紅子は肉団子と表現した。ではぐちゃぐちゃに肉を混ぜたようなものだったのかと聞くと、違うという。少なくとも表面は綺麗に成形されていたらしい。
そして紅子が医者の話を聞いたところ、『中身』もその混ざり切った外見からは想像もつかないくらい、整っていたと。
「聞くだけで殺意が湧きますが、アイツはそのような事をやる奴です。無意味に、不必要に人をいたぶる。ゴミカスの一人ですよ」
陶芸師は《ネクスト》の中でも印象的な能力者だ。もちろん悪い意味で。ついつい言葉が荒くなってしまう。
「もしアイツを見かけることがあれば、すぐに処理したほうがいいです」
「真守」
「……すみません」
思わず出てしまった過激な思想を咎めるような視線に、とりあえず謝る。一息ついて、心を落ち着けてから俺は続ける。
「しかし、奴はともかくとして、その《オリジン》を口にした男は私も分からないです……外見、年齢からも全く……」
「お前の知る『未来』には居なかったのか? 既に、死んでいたとか」
「その可能性は高いですね」
紅子の話によると、その謎の男は《オリジン》という言葉は確信を持って口にしているのに、《ポッター》に関してはまるでこれからそう呼ぶことにしたとでも言いたげな言い回しに聞こえる。
「陶芸師は、《ネクスト》の中でも古株。もしくは創設メンバーの可能性も高いです。その奴を、いや、そもそも《ポッター》という呼称は《ネクスト》側からの自称でした。つまり……」
「私の出会ったあの男は、いずれは《ネクスト》という組織に関係を持つ。ということになるな」
かなりの重要人物では?
未来において《ネクスト》は日本最大規模の悪性能力者組織だ。テロリスト集団と言っていい。
そしてその創設がいつかまでは分からないが、初めて耳にしたのは『兄』が潔の復讐の為に動き出して少し経ってから……つまり、急激に能力者が増殖したきっかけである、あの『変革の時』という宣言と同時だ。
『変革の時は来た。我ら《ネクスト》が世界を新たなる旅路へと誘う』
それが、《ネクスト》の行動理念であり、世界への《ネクスト》という存在の宣告だった。
「とりあえず、陶芸師が既に活動していたというのは、知りませんでした。奴は能力で自分の外見をコロコロ変えるので……素性も分からなくて」
「そうなんだ。警察に入った後、あの事件のことを個人的に調べたんだが、まるで手掛かりがなかった」
陶芸師の能力は触れたものを自在に変形させる。というシンプルだが強力なものだ。神楽アツキといい、この頃から活動している能力者には強力な奴が多いな……。
いや、斉藤カズオキのように複雑な発動条件があったり、紅子のように外部への干渉の無い能力者もいるので一概にそうとは言えないか。
「うーん。奴はその時に暴力団にでもいたのでしょうか……そして逮捕から逃れる為に警察官を殺害……?」
「あの時、《ポッター》と思われる力で殺された死体は他にもあったが、暴力団のものがほとんどだったようだ。私の知り合いだけ、巻き添えでやられたような形だな」
「また、それは複雑な事情がありそうな……」
できることなら、陶芸師も早めに殺しておきたい。奴の能力は自分はもちろん他人の外見も変えることができる。
自在に細胞の位置を変えて筋肉に血管や神経も繋ぎ直すことができる為、上手く使えば整形手術よりも違和感がない。
他にも、歯型どころか歯の形まで変えたり、指紋の形を変えることも可能だ。
つまり、奴の能力があれば完全なる別人に変身することが可能なのだ。
そのせいで、『記憶』があっても素性が分からない能力者は多い。特に《ネクスト》古参の奴らだ。実際に陶芸師の能力を使っていなくとも、使って変身しているかもしれないという可能性だけでそれを考慮しなければならず厄介なのだ。
「話は戻りますが、紅子さんと陶芸師は《オリジン》としたら、それなら《次世代》とは……生まれつきとは違う、後天的な能力者……?」
真っ先に思い出されるのは、『毒婦』と呼ばれた能力者だ。これはほぼ確信しているが、花苗の母親である岬はるか。
未来では冷酷無比で強力な能力者だったが、花苗と仲良くなってからたまに家に遊びに行った時に何度も彼女の様子を伺っている限り、未来での面影が容姿以外に一切ない。
物腰穏やかで、人がよく、あまり怒ることがなさそうな……。未来での、冷たい表情にひと睨みで人を射殺さん眼差しは娘を失った絶望からなのだろうか……。
とりあえず、今の所能力に目覚めている様子がない。もちろん娘を失った衝撃で、と言う可能性もあるし、その後に《ネクスト》と関わって使い方を知ったという可能性もある。
「うーん。ただの時期的なものなのか、能力者そのものに何か違いがあるのか……判断できませんね」
「後もう一つ気になっていたことがあってな、昔会った男もそうだが……神楽アツキは、私のことを能力者だと看破していなかったか?」
紅子のその疑問には、俺が能力者ではないのであくまでも推測になるが、思い当たる事はあった。
「そうですね、能力者の中には同じ能力者を見分ける奴が混ざってましたね」
全員がそうではなかったが、少なくとも俺を……『兄』を殺した《ネクスト》の首魁は能力者を見るだけで判別していたはずだ。他にも何人か居たが、共通点があるとすれば……。
「いずれも強い、能力者でしたね。なんというか、出力が、というか」
「それはつまり、神楽アツキのような化け物ばかりだと?」
ズン、と空気が重くなった気がした。
「殺傷能力で言えば、神楽アツキ程の奴はなかなか居ませんが。しかしまぁ、そういう解釈でいいかもしれないです……」
尻すぼみになる俺の言葉。
強力な能力者から、例えば紅子は一方的に捕捉されてしまうのだ。俺のような『無能力』はともかくとして、ただでさえ能力に攻撃性がないのに先手を与えてしまうことになれば、能力者同士の戦いにおいて紅子に勝ち目はない。
「陶芸師はどうだ? 能力だけ聞けばかなり強力だが」
「いえ、確かに強い能力ですが、奴は見分けることができなかったはずです。いや見分けられる奴はほんと少数なんですよ」
「……神楽アツキは、相当ヤバかったわけか」
「ずっとそう言ってるじゃないですか……」
鏑木といった重傷者を出してしまったが、神楽アツキをあれだけの被害で抑えられたのは快挙に近い。
だからこそ、俺はどこか楽観的になっていたと言わざるを得ない。自分の行動の結果が、少しでも最良に近付くのだと。この時は自覚せずとも、きっと心のどこかでそう考えていた。




