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十三話 先手



「行くぞマモリィ!」

「顔はやめてよー」


 てぇいっ! と亮太が俺に向けてボールを投げてくる。それをなんなくお腹で抱えるようにキャッチして、今度は俺の番だとボールを上に掲げる。

 四角い線の引かれた内側に、端の方で縮こまる女の子数人とボケっとしている男子数人。真ん中の方で好戦的な笑みを浮かべて手招きしてきている亮太。


 今は体育の時間で、やっている事はドッジボールである。

 チームの勝利を考えると亮太以外を狙えばいいのだが……女子に当てようもんなら、なんか後が怖いよなぁ……。

 無難に亮太を討ち取り、その後適当に当てられたらなんかちょうど良くやり過ごせるかな。


「ぬんっ!」


 我ながら可愛くない掛け声と共にボールが飛ぶ。しかし俺の見た目に反して鋭く速い球が、亮太のちょうど膝小僧辺りに向かい、それを亮太は屈んで受け止めようとするがうまく取れずボールをこぼしてしまった。


「ぬああああぁぁぁ!」


 大袈裟に叫んでぶっ倒れる亮太を見て、俺がアハハと笑っていると他のクラスメイトがボールを拾って俺以外のチームメイトに向けて投げる。



 空手や柔道、他にも色々俺は習い事をさせてもらっている。

 それはひ弱になった身体を強くするためと、身体の使い方を知るためだ。どう頑張っても『兄』の頃みたいな動きは不可能だろう。男と女の差とはそういうことだ。ならばあの頃よりも技術を身につければいい。

 その一つとして、今特に実感しているリーチの短さという致命的な弱点をカバーするために俺は投擲能力を鍛えていた。

 とはいえ筋力面でまだまだ大したことがないのだが、下半身や上半身の使い方を工夫することで……この肉体にしては、速い球を投げれるようになった。

 刃物を投げる練習もこっそりしているのだが、殺傷能力としては頼りないので牽制用といったところか。


 こういった、同級生との体育の時間は俺にとって自分を試す良い機会になる。運動能力が、今の年齢の標準に対してどのレベルにまで達しているのかの参考になるのだ。

 最近は、同年代に比べてそこそこ動けるようになってきたと思う。男と比べると流石に劣る場面が多いが、女子と比べた時俺は上位に食い込むくらい動ける。


 ただ、と俺はため息を吐く。

 ドッジボールも全力で向き合い、全力で動いている。そしてすでに俺は息を荒くしており、身体も疲労によって鈍くなり始めている。

 持久力、それだけは同級生達に比べて非常に劣っていた。原因は様々なのだが……特に肺機能へのダメージが深刻だった。

 斉藤カズオキに蹴られた時、折れた肋骨は肺を突き破った。その骨は摘出したが傷ついた肺が元の姿に戻る事はなく、今なおその後遺症に俺は苦しめられている。


(高山トレーニングとかで心肺機能も鍛えた方がいいかな?)


 それよりも呼吸法のようなものを学んだ方がいいのだろうか。俺の肺は普通よりも空気を吸ってくれない。陸にいるのに溺れるような……息苦しさは、激しい運動をするとすぐに襲いかかってくる。

 効率よく空気を取り込めるような、そんな呼吸法とか存在していないのだろうか。


「ぉわっ!」


 少し考え込んでいると、顔に向かってボールが飛んできたので慌てて避ける。


「あ、真守ちゃん、ごめーん」


 投げてきたのは敵チームの岬ちゃんだ。申し訳なさそうに顔の前で手を合わせてぺこりと頭を下げてくる。

 随分と綺麗な投球フォームだったが、コントロールはイマイチらしい。


 ニコリと笑顔で「気にしないで」と手を振った。その後特に目立った出来事もなく体育の時間は終わっていく。



 それは着替えの時に起こった。

 色々とこの着替えの時間に対して思うところのある俺は、いつも教室の隅の方でコソコソと着替えている。汗で濡れた体操着のシャツを脱ぐと、その下に肌着として着ていたキャミソールも汗で肌に張り付いていた。

 他の小学生達は汗で濡れていようが気にしていない子が多いが、大人の記憶を持つ影響なのかただ単に身体が冷えるのが苦手なのか、こうもびっちょりとしているとすぐに脱いで着替えたくなる。

 幸いにも、こうなることを予想していた俺は肌着の着替えも持ってきている。とはいえ……俺は周囲をチラリと見た。


 ここでキャミソールを脱ぐのは、少し抵抗がある。トイレに行こうか、と悩んでいると以前俺から尊厳を奪いかけたアカネちゃんがやけにいやらしい笑顔で目の前に立ってきた。

 僅かに見上げて、何の用だろうと俺は思わず身を庇うように縮めてしまう。


「なにコソコソしてんの? あんたそのスタイルでいっちょまえに恥ずかしがってる?」


 ど、どういう意味だ? 俺は普通に戸惑った。確かに俺の身体は同年代と比べて貧相だ。しかしまだ小学生四年だぞ、女の子はすでにこの頃からそんな感覚で生きているのか? 

 アカネちゃんは、まぁそれなりに発育がいい方なのかもしれない。だから俺のことをバカにしにきたのだろうか。

 でも何で上半身裸なの……? 大人の男の感性を持ってしても、流石に小学生女児に対して欲情することはないが。


「おっぱいもないくせにこんなの着てんじゃねぇ!」


 と、突然アカネちゃんは俺のキャミソールの裾を掴み持ち上げてきた。俺は、普段から中を見られないように気を使ってはいたが……突然の凶行に反応できず為すがままになってしまう。


 普段から隅でコソコソしていた俺に、アカネちゃんが意地悪をしにきた辺りで多少注目を集めていたのだろう。

 全員ではないが、教室にいる他の子も何人かこちらに視線を送っておりそれを見てしまう。


 アカネちゃんや、その見ていた子達の表情が固まる。俺は内心で、やってしまったと焦った。


 胸から下腹部にかけて、俺のお腹には赤と青が混ざる酷いアザが残っている。僅かに皮膚も歪んでおり、それは見慣れない人からすれば大変痛々しく映るだろう。


「あっ、あっ」


 俺は語彙力を失いながら、固まったアカネちゃんの手を振り払い服を元に戻す。苦笑いを浮かべて顔を上げると、目の前のアカネちゃんは目を見開いていてなんとも反応に困る。

 引いた……のだろう。小学生は反応が素直だ。俺もこのくらいの時、きっと気の利いたことは言えず同じ反応をしてしまう


「きゃあッ!」


 突然、離れたところから小さな悲鳴が聞こえたので、教室中の視線がそちらに向けられる。助かった、と思い俺も見ると……岬ちゃんが鼻から血を出して顔を俯かせていた。


「わぁっ、わっ! わっ!」


 近くにいた子は混乱するばかりで、しかも後退りしている。他の子達も突然の出血に戸惑い、「え? 大丈夫?」とか「うわ〜」とか「ヤバっ」とかそんなことを口にするばかりであった。


「あーあー、岬ちゃん大丈夫? 上向かずに、鼻の根元押さえて……ほら、ティッシュ」


 なので、俺はカバンからティッシュを取り出してから慌てて彼女に駆け寄った。岬ちゃんの体操着を見ると僅かに血がついている。


「岬ちゃん保健室行こうか、着替えの服は持つし。それで体操服はすぐ水に流さないと……」

「う、うん」


 少し恥ずかしそうに俯く彼女の介抱をしながら、この前の借りを返せたかな? と考えたり、さっきお腹を見られた事を誤魔化せたなとか考えてしまう辺り……鼻血なんかよりよほど忌避感のある吐瀉物を嫌がらず聖女の如く片付けてくれた岬ちゃんと比べると、随分打算的だなと自分に対して思ってしまうが。



 *



 そして、ついに秋頃になった。

 神楽アツキがことを起こすと思われるタイミングだ。とはいえ俺は正確な日時を覚えておらず、暇なタイミングを見つけて例の場所を見に行くことくらいしか出来ない。


「真守……お前の気が済まないだろうと思って、連れてきてやっているが。一つだけ言っておくぞ、私達が今ここにいる時点で、お前の『記憶』通りには行かないと思え」


 紅子の言うことは、俺も分かっている。前回紅子からされた説教から、自身の行動が招く事態について真剣に考えてみた。

 その結果、今俺たちが田んぼの近くを彷徨いていることに意味はあると考えている。


「紅子さん、私達はこの町……村? において最近やたら来る余所者になっています。その事を……奴も耳にするかもしれない。私達の行動を追って、不審に思い、もしかしたら事を起こすのをやめるかもしれない」


 俺は、しかしと続けた。


能力者(アウター)、しかも悪事を働く連中は特に……『欲』に弱いです、いやあえて『欲』が強いと言い換えますが……『記憶』で神楽……いえ、奴が力を使ったのは、その『欲』の発散のためです」


 時折周囲に気を配り、神楽アツキ本人が近くに居ないかを確認する。もし不意打ちで燃やされたら終わりだ。


「なので、ここで事を起こすならそれを押さえる。起こさないなら……きっとそのツケをどこかで払うことになります」

「禁欲させるということか……それは……被害が酷くなる可能性が……」

「しかし、実際に事を起こさないという場合、私達の存在に気付いたと考えて良いでしょう。ならば、そのツケを誰が払うのか……」


 俺が指を立ててペラペラと舌を回していると、紅子は冷や汗を流して眉を顰めて俺を咎めるように見る。

 俺は頷いた。


「まさか、私達自身を囮にする気か? 例えば今、草葉の陰から火を放たれたらどうする? 防げないぞ」

「まぁ、終わりですね……なので、奴の理性に賭けるしかないです……」

「お前なぁ……っ!」


 紅子の怒りは最もである。

 しかしこれはこれで、悩み考えた末の作戦なのだ。


「私の知る限りですが、奴は最初に殺人を犯さない。つまりその程度の『欲』の強さだとして、しかしその後に大量殺人を犯します。その間に何があったのかは分かりませんが……奴の攻撃性が最も小さいのが、今……最初なんです。戦うなら、そこかな、と」

「……私を巻き込んだことだけは、評価してやる」


 この穴だらけの直感に頼った無茶苦茶な作戦を素直に口にしたのは、俺から紅子への信頼の証である。

 とはいえ言う通りになった時はかなりリスクの高い作戦だ。そもそも神楽アツキが俺達に気付き、違和感を感じて能力行使をやめ、その矛先を俺達に向ける……綺麗にそんな流れになるとは、我ながらいまいち想像し難い。


「こちらが奴を捕捉してから、向こうからの接触……できればそれを望むのですが……」


 神楽アツキの行動をなんとか把握しコントロールしたい。ここで奴の能力を映像に残すこともかなり重要だが、それ抜きに殺すことが一番安全ではある。そもそも殺し自体が紅子に見張られている今不可能に近いが。


「今日も、特になさそうですね」

「一旦、帰るか」


 辺りが暗くなってきたので、あまり親に心配をかけるわけにも行かない俺の事情もあって帰ることにした。

 駅に向かい、電車に乗る。その後は紅子に家まで送ってもらい、玄関先まで潔が出てきて紅子と挨拶をして、そこで解散となった。

 最後に紅子と視線がぶつかって。こくりと一つ頷く。




「あの日、視線を感じたか?」

「いえ……そういうのは全く。けど紅子さんの様子が少し変だったので、もしや尾行でもされているのかと思って、雰囲気で紅子さんに合わせていたんですけど」


 あの日、例のボヤ騒ぎ予定現場の村から帰る道中、紅子が普段よりも隙が多そうで……隙を見せていないような、付き合いが長くなってきたからこそ分かるような普段とは微妙に違った様子を見せていたので、俺もその雰囲気に自分なりに良い感じに合わせていたのだ。


 後日、もしかして尾行とかされていたのだろうか? と聞きにきて今の会話である。


「いや、私も偉そうな事を言えるわけではないが……しかし、悪寒のような、妙な感覚があってな」


 難しい顔をして腕を組む紅子。


「だから、あえて『女の勘』だと言うぞ? おそらく、神楽アツキはあの場に現れた」


 ごくりと、俺は唾を飲み込んだ。ついに、来たか。

 ならば奴が能力を使うのは時間の問題……? それとも俺達の存在に気付いた事で、奴の行動は変わった? 


 俺も思わず考え込んでいると、紅子が何かに気付いて懐を弄り出す。出てきたのは携帯電話で、どうやら着信があったようだ。


「すまんな、実は一応勤務中なんだ」


 そう言って紅子は電話に出る。


「鈴木です。はい……はい。今は──にいます。───はい、空き家が……放火? すぐに向かいます」


 聞こえてきたのはわずかな会話だ。

 しかし、確かに聞こえた放火という単語。


「私も連れてって下さい」

「……アホか!」


 一蹴された。当然である。分かってはいる。しかし……。


「紅子さん自身が言った事ですよ、私……目が離せないでしょ?」

「……っく! 大人しくしとけよ!」


 ということで紅子の車に乗り込み、現場に向かう。俺と紅子が話していた所からそこそこの距離にある場所だが、いわゆる彼女の管轄なのだろうか? 


「……実は、ここ最近耳に入った空き家への放火は三件目だ。前の二件とも違う管轄で、今回はついにウチの管轄内にきた」


 険しい顔をして紅子は言う。俺はその言葉の意味を少し考えて、思い当たった事を恐る恐る口にする。


「もしかして、私達を探してる……?」

「その可能性を考えておく必要がある」


 頬を、汗が流れる。

 ごくりと唾を飲み、ドクドクと心臓の鼓動が速くなった。鞄をギュッと抱え込み、中の感触をしっかり確かめる。



 やがて到着し、車を止めて紅子と俺は現場に向けて歩き出す。既に火は鎮火しており、規模的には周囲に燃え移ることもない程度だったようだ。家屋も形がしっかりと残っていて、それこそ『ボヤ騒ぎ』という表現がしっくりくる。

 消防車や野次馬で騒ついている中に見たことのある刑事を発見する。斉藤カズオキの時に紅子と共に事情聴取に来た鏑木という刑事だ。

 彼の名前は紅子からもよく聞くし、何回かあの後も会って挨拶や世間話くらいはしているので俺からしても知り合い、程度の仲だと感じていた。


「とりあえず鏑木のところに───」


 紅子がそう言って、歩いていると急にガクンと不自然に歩みを止めた。不思議に思って見上げようとして、彼女の腕を何者かが掴んでいることに気付く。

 その手の持ち主を追いかけて、俺は喉から干上がった声を出す。振り返った紅子は、見知らぬ男に眉を顰めている。


 背が高い、若い男だ。顔も細長く、短い髪は無造作でやたらと大きくギョロっとした目が特徴の男。



 俺の持つ『未来』の記憶の中で、動画でしか見たことの無い容姿。俺は、そんな奴を現実で見た時にちゃんと判別できるだろうかとずっと心配だった。


 だが、今目の前で紅子の腕を掴むこの男は、確信を持って言える───。


「神楽、アツキ……」


 ギョッと、紅子が目を見開いた。


 神楽アツキは俺の呟きを聞いて僅かに口角を上げ、紅子を掴んでいるのとは逆の空いた左手を俺に向ける。思わずビクリと身体を震わせてしまい、その反応も神楽アツキは確かめるように見ていた。


「話が、あるんですよ」


 神楽アツキの能力は手から炎を出すものだ。

 紅子が引き攣った顔で自身を掴む右手を見て、俺は唇を噛んで向けられた左手を睨む。


「場所を変えましょうか」


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