90話 情報収集2
本日2話目
念の為、以前ホールデンが作った、服は消えずに俺だけが見えなくなる不完全な透過の指輪も装着し、手荷物として持っていたボイスレコーダーとビデオカメラの電源を入れて鶴来の後を隠密を発動させながら尾行する。
鶴来は携帯で電話しながら裏口からさっさと入り始めており、その動きには迷いがなく、この場所に来慣れている事が伺い知れた。
話し声に聞き耳を立てる。
「どーもー。今到着したんですけど……ええ。このまま入ってっても大丈夫ですか?
……はーい。ははっ、もう準備万端ですか。はいはい。じゃ、急いで向かいますね。」
電話を切り階段を上り2階の廊下を進んでいく鶴来。
その足はやがて鍵のある扉で区切られた区画に行き当たる。
鶴来は迷うことなく脇のインターフォンを押す。すると内線で呼び出されたのか誰かのインターフォン越しの声が響く。
『はい。』
「鶴来です。」
その返答だけで自動で鍵が開く音が響いた。
鶴来が音を確認してすぐに扉を引くと扉はすんなり開き、どんどん中へ足を進めている。
扉はゆっくりと閉まり始めていた、アレが閉じたら俺は入れなくなる。
内心、状況に舌打ちし焦りながらも『行くしかない』と判断し、全力の隠密を発動して扉が閉じる前に扉に足を挟み、手をかけて中へと入る。
鶴来は振り返ることなく進んでいて俺はほっとしながら扉を閉じると、しばらくの後自動で鍵が回り施錠された。
こっちから出る時は鍵を回せば出られるようだ。
再び鶴来の後を追う。
尾行を続けると鶴来は階段を上り一室へと入っていった。
その部屋に耳をすますと部屋の中では話が始まったような感じがした。だが、よく聞こえない。
話の内容を聞くには中に入る必要がある。
だが、今引き戸を開けて入ればさすがに気づかれる可能性がある。
詰まってしまった現状に、どうしたものか悩んでいると一人の女がお茶を運んできてノックして入っていった。
扉が開いた今なら、開ける音はしないし、注意していなければ行けるかもしれない。
そう思い、締まりきる前に、また足を挟んで中の様子を覗く。
椅子に座った鶴来と大きなテーブルを挟んで若い男、中年の男がテーブルについているのが目につき、お茶の女は背を向けている。
誰もコッチを気にしている様子はなかったので、意を決して素早く部屋に入る。
ゆっくり勝手に閉まるタイプのドアに助けられながら、すぐに部屋の隅に移動し、息を潜めながら誰か違和感を感じてないか探る。
幸い、誰も異変を感じている様子はなさそうだ。
というよりも鶴来も若い男も中年の男も浮かれているような、ソワソワしているような雰囲気で他を気にする余裕が無いような感じがする。
「ああ、キミ。コレ焼いてきてくれないかな?
味付けは前と一緒で塩と胡椒を適当に振ってくれればいいから。」
鶴来がお茶を持ってきた女に保冷材の入った袋を渡す。
「いや~。鶴来さんがいらっしゃるのが持ちどおしかったですよ。本当に。」
中年の男が笑いながら声をかけている。
若い男も中年に続き口を開く。
「僕もですよ。今日を楽しみにしてました。ふふ」
「ははは。お二方とも流石ですね。でも私が居なくとも神崎さんも堂下さんもずいぶんとお楽しみでしょう?」
「まぁ? そりゃそうなんだけどね。ははっ」
「僕は神崎さん程楽しんでないですよ?」
「何言ってんだか……堂下だって色々やってるは知ってんだぞ?」
見知らぬ2人の男が楽しそうに笑いあう。
「まったくお盛んですね。」
「何言ってんですか。鶴来さんも今日は楽しんでいく気満々でしょう?
さっきのヤツは3人前くらいありそうな量だったじゃないですか。」
「いやいやとんでもない。もしご相伴にお預かりできるのならと思って念の為に3人分持ってきただけですよ。」
「ふふ。そんな回答は分かってる癖に。」
3人は心から楽しそう話している。
「さて。楽しみの前に問題の方から行きましょうか。」
「そうですね。鶴来さんの話じゃあ、なんか手紙を預かったとかなんとか。」
「ええ。まぁ、内容はチラッっと目を通しましたが簡単に言えば『嫌がらせ続けるなら、もう何も売らない』って感じですよ。まぁ、予想通りの反応です。
そっちの進捗は? 神崎さん。」
「ちょっと詰まってますね……鶴来さんの情報を基に、サリーさんの会社の商品の流れは確認してるんですが…どうにも中継地点っぽい取締役の一軒家で足が途切れるんですよ。
そこは普通の一軒家なんで、そこでなんか作っとるような感じはせんですし……そこに押し込んで調べるのは尚早でしょうから、そこで止めてます。」
「さすが神崎さん賢明な判断ですね。
もし下手に押し込んだりして動きが一切わからなくなったら、とんでもない損失ですからね。もうちょっと詳細が分かるまでじっくり調べましょう。なぁに、時間はありますから。
……堂下さんの方はいかがで?」
「僕の方は、その会社の配達人っぽい男に信者を潜り込ませることができましたよ。
もう一人の女の方は身持ちが固いようで、ちょっと苦戦してますね……その一軒家の引きこもりの取締役は、まぁー引きこもりだけあって、配置していてもハニートラップ仕掛ける機会も無いですね。なんせ引きこもりですから。どうしようもない。」
「まったく……その引きこもりが出てくるかと思ってババァを追い詰めたけど、まったく土俵にあがってこないんですよ……ソイツを取り込めれば、さっさとババァを排除できるってのに。」
「ははっ、鶴来さん頭にきてらっしゃいますね。」
「当然でしょう? 1500万を1000万にポンとまけれるくらいって事は、きっと原価で100万くらいでしょう? 足元みてぼったくりやがって、あのババァ……まぁ、残念ながら、もう少し堪えるしかないですけどね。」
「配達人をコッチに引き込めばもっと内情もわかるでしょうしねぇ。それに引きこもりを抑えればさらに巻物の詳細に近づけますからね。
じゃあ堂下の嫌がらせの手配はいったん止めるって事で良いですか? 鶴来さん。」
「ええ。そんな感じでお願いできますか?」
「分かりました。任せてください。
最近は信者達の扱いにもだいぶ慣れましたから。」
「じゃ、そういう事で。」
ちょっと待て……
こいつら全員グルでオバちゃんをハメてるって事か?
それに中村君や加藤さんにももう手を出してるって?
なにより、オバちゃんを『排除する』だ?
……ふざけんなよ鶴来。
部屋をノックする音が響き3人の話が止まる。
お茶を運んできた女がステーキを3人前運んできた。
そのステーキに見覚えがあるような気がして、よく見る
『オークレバー』じゃねぇか。
「おおっ、来ましたね。」
「いや~。これを待ってました。」
「早速頂きましょう。」
3人はがっつくようにオークレバーを貪り始め、あっという間に全てを平らげ隣の部屋へと移動し始めた。
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3人の移動した部屋では、もしかしてと想像した通りの事が行われていた。
滅茶苦茶だが、教祖である堂下が指示する相手と交わる事は『徳を積む行為』なんだそうだ。
俺は、隣の部屋で行われたことを撮影し続けた。
その様子を見ていれば痛ましいことこの上無かった。
どうみても親に無理やり送り出されたであろう何も分からない子。嫌がり泣き続ける年端のいかぬ女の子を、いかにも楽しそうに犯し続けていた。
堂下なんて最悪だ。
「まったく――――最高だぜ!!」
と喜々としているのだから。
その内、女の子達に何かの錠剤を飲ませたりし始めて、俺はもうこいつらが人間に見えなくなっていた。知りたいことは、もう十分すぎる程に知ったので、堪えきれなくなりその部屋を後にした。
俺は、俺の持ち込んだ巻物が原因で不幸になる人間を目の当たりにし、最悪の気分のまま自宅へ戻った。




