76話 初めてのスキル
「ご主人様は『隠密』と『魔物調教』を落札されたのですよね。」
「うん。その二つ。
……本当は火の魔法とか欲しかったんだけどね。
あ、そうだ! 後で『長命』について職員の人に確認しないとな。」
「『魔物調教』ですか。そうですか~『調教』ですか~。うふ。うふふ。うふふふ。」
「なに……その気持ち悪い笑い。」
「うふふふ。すみません、ご主人様……どぅふふふ。」
「いや、だから微妙に気持ち悪いんですけれど。エイミーさん。」
「はぅんっ! ……んふん。失礼しましたご主人様。
能力を得たが故に私に強引に乗ってガンガン攻めるようにムチ打つご主人様を想像してしまい、つい。」
「しませんよ……」
この変態馬メイド。どんどんヤバイ方向に加速しているような気がする。
いや、そりゃスレンダーな上半身に対しては、そういった何かしらをしてみたいと思わない事も無くはないですけども。うん。なくなくなくはない。
さて余計な事を考えてないで、まずはオークションで知った『長命』のスキルの確認だ。
もし若返りなら金の為に是非手に入れたい。そうでなくてもかなりすごい能力だと思う。
ギルドの係員に声をかけ確認すると、普通にスキル『長命』について教えてくれた。
教えてくれた内容をまとめると『長命』はエルフの持つ固有スキルであり、エルフ特有の物である。
そしてその出品された年数分を購入し人間が使用する事でその年数分若返る事ができる。
出品され始めた当初は、それこそ目が飛び出る高値がついていたがギルドとエルフの間で一定の話し合いがもたれ、オークション毎に1~2つの出品してくれるようになった事により落ち着いたらしい。
雑談を続けていると他にも興味深い情報が聞けた。
なにやらエルフは個人での出品ではなく一族として出品を行っているらしく、その金額を貯蓄にまわしエルフ全体の資産として管理しているらしい。つまりエルフ達は毎月高額の収入があるという事。
金が集まる所は腐っていくのが世の常だが、エルフだと高潔そうなイメージがあってそういった事はなさそうに思えるのが不思議だ。
そして俺はその情報からピンと来る。
その事をじっくり考え始めようとした頃、係員達が落札者をそれぞれに呼びに来た。
俺も女の係員に案内されエイミーと共に別室に向かう、もう付き人は別室ではなく一緒に来て良いらしい。案内された別室に入ると、テーブルにカードが2枚置かれている。
カードには、アニの魔法の巻物をそのまま広げて少年漫画のコミックサイズに縮小したような模様が描かれている。
「こちらがスペシャルギフト スキルカード『隠密』及び『魔物調教』です。
落札は初めてで宜しかったでしょうか? 初めての方にはスキルカードから説明をさせて頂いております。」
係員の問いに頷くと係員は説明を開始した。
「この度落札頂いたスキルは、スキルカードにその能力が封印されております。
スキルを習得される場合は、そのカードを習得されたい方が握りつぶす、その他、叩く等の方法でカードを破壊してください。 手が使えない方は踏みつけて頂いても噛み砕いて頂いても問題ありません。」
「壊すんですか?」
「はい。壊す事で封印されたスキルを吸収します。」
ふと疑問が浮かび質問する。
「という事は……スキルを習得できる人間は落札者に限らない。という事ですか?」
「はい。落札されたスキルに関してはどなたが使用しても問題ありません。
ただし、稀に落札されたスキルに一切の適性が無く習得が困難な場合がございます。
その場合はどれだけカードを破壊しようとしても破壊できません。」
「えっ!? スキルが身に付かない事もあるんですか?」
「ごく稀にございます。その場合であっても返金は致しかねます。
スキルカードの説明については、以上となります。
質問があればどうぞ。もし無いようであれば、引き続き取得できるスキルについての注意点の説明に移らせて頂きます。」
今の説明の要点は
・落札したスキルはカードの形を取っている。
・スキルは誰でも習得可。
・習得するにはそのカードを壊す。
・壊せない場合は適性が無いから諦めろ。
という点だけ。確認する必要もない簡単な内容だ。
「続きをお願いします。」
「かしこまりました。
続いてスキルの習得に関しましてですが、この度お客様の落札されたスキルに関しては特段の注意点はございません。
ただ隠密に関しては出品者より『本気で隠密スキルを使用した後、肩が重くなったような気だるい疲れを感じる事がある』という言葉を頂いておりますので、使えば使うほど精神的な疲労が溜まる可能性があります。
この感覚は魔法を使用した感覚と同じと考えられますので使い過ぎないようにご注意ください。」
イメージとしてはMP的な物を消費するという感じだろうか?
「……魔法を使いすぎた人って、どうなるんですか?」
「気を失う事が多いです。さらに限界を超えた場合は気がふれる可能性もあります。」
ヒェッ。
超こええ。
体力と精神力が充実している時にしか使わない方がいいな。
「この『隠密』のスキルを使う時は、どうしたらいいんでしょうか?」
「出品者より『隠れたい』と念じると発動すると聞いております。
『隠れたい』と、どれだけ強く意識するかによって度合いが変わるとの事です。」
意識だけで発動できるのか。
『我の姿よ闇と共に……』的な中二病チックな呪文を唱えるとかじゃなくて良かった。
ほっと一人小さく息を吐く。
「『魔物調教』については、そういった弊害や、使用に当たっても意識の切り替えは必要ないそうで常時発動し続けているスキルとなります。説明は以上です。」
「有難うございました。」
係員から2枚のスキルカードを受け取る。
似たような感じのカードで、描かれている文字が妙にテラテラと光を反射していて、描かれている文字も模様も違っているように見えた。
エイミーに見せて、文字について確認してみると『隠密』と『魔物調教』と書いてあるらしい。
折角なので習得してみる事にした。
まずは勝手に発動し続けて安全な『魔物調教』を手に取る。
右手で持ち、カードが壊れた時に破片とかが顔に飛んでこないように遠くに離し、遠巻きに見ながら少しずつ力を入れてみる。
中々割れない。
俺の様子を見ているエイミーが声をかけてくる。
「ご主人様……もっとこう一気にやったらいかがです?」
「え? いや、なんか怖いじゃん。」
エイミーが少しヤレヤレといった表情をする。
怖いもんは怖いんです。
係員が俺の様子を見て口を開く。
「カードを破壊しても手に刺さったり破片で怪我をすることはございませんので、ご安心ください。すぐに消滅しますので。」
「あ、そうなんだ……じゃあちょっと思い切りやってみる。」
心を決め右手にぐっと力を込める。
パリィン
陶器を割ったような音が鳴り響き砕け散った。
砕けたカードの破片は、細かい粒子のように変化し、俺の右手に粒子が吸い込まれていく。
自分の体に異物が入ってくるような光景に違和感を感じたが、右手の感触は生暖かい湯に腕を突っ込んだような感覚がした後、その温度が冷めながら体に広がる様な感覚だった。
光景を見たギルド職員が口を開く。
「無事スキルの習得が済んだようです。」
俺は『魔物調教』を習得した。




