68話 攻撃魔法 アマチュアとプロの差
街を出る時、正門ではなく俺が初めて街に入った小さ目の門から出る事になった。
これは再度街に入る為の税のやり取りなど面倒な手間をごまかす事が出来、尚且つ中央広場から一番近い門という理由がある。
もちろん衛兵のギャビィを連れている事もあり「魔法を使った訓練の為にしばし外へ出て参ります!」で素通り。
これでいいのか? とも少しだけ思ったが、顔見知りにゆるいのは平和な証拠だろうし、なにより本当にすぐに戻ってくるからいいんだろう。
てくてく皆で街の正門の方へと歩き、正門から始まる大きな街道を進む。
広い街道という事もあり4人で横並びになって話をしながら歩いていると、初めてニアワールドに来た時の事を思い出す。
ジャイアント……怖かったなぁ。
もしまた出てきたら、すぐにアプリで逃げよう――
そう思ってから、今この場にいるのは自分だけじゃない事に気が付き、途端に不安になって口を開く。
「あの、街の近くなんで大丈夫なんでしょうけど…もしジャイアントとか出たら……どうします?」
「ふふ。イチは心配性ねぇ。ジャイアントが出るほど遠くに行かないから安心してよ。
それにもし出たとしてもイチが護衛を連れて来てくれているし大丈夫でしょ?」
「はっはー! そうだぞ兄弟! もしなんか出ても俺が守ってやるって!
それに魔法使いだっているしな。ジャイアントの1匹や2匹なんの問題も無い! あっはっは!」
無能系衛兵に目をやり、すぐに戻す。
コイツ絶対適当に言ってる。
俺のギャビィの評価は著しく低いのだ。
「あまり遠くに行かないようにしましょうね。てゆーか、そろそろいいんじゃないですか?」
街道に入ってから『はじまりの坂道』に向けて5,6分歩き、それから街道から逸れ、膝までの高さの草の茂る草原を10分ほど歩いた。
景色を見れば見晴らしの良い丘になっている。
「そう……ね。
これくらい離れてれば街でも魔法の実験をしてるって思ってくれるでしょうし。うん。いいんじゃないかしら? それに丁度良さそうな岩もあるしアレを的にしましょ。」
アニが指した先には3mくらいありそうな丸い岩がポツンと鎮座している。
「……いや……的にしては…でかすぎないですか?」
「丁度いいと思うわよ?」
「まぁ……そこはアニ先生にお任せです。」
「うん♪ 任せて頂戴。」
アイーシャが俺の袖を引く。
「ねぇイチ。魔法を見たいのなら私も見せてあげれるよ? 初歩的なヤツだけどアレに当てればいいなら撃つけど?」
「おおっ! 嬉しいですよアイーシャ! 是非お願いします!」
アイーシャが俺に笑顔をくれた後に、アニに笑顔を向けてアニも笑顔を返している。
アドバイザー同士の仲が良さそうで何よりだ。
「ちょっとだけ待ってくださいね。俺、魔法を見る為に道具が必要なんですよ。
ソレをセットしてきますんで。それからお願いします!」
「ん? ……わかったわ。準備が出来たら教えて。」
的の岩と人がカメラに収まって綺麗に全体が見渡せるような位置に移動しようとして、アニに呼びとめられる。
「あぁ、イチ。ちょっと待って。昨日のホールデンに言ってた道具を預かってたの忘れてたわ。」
「えっ!? スゴイですね! ホールデンさん本当にもう作っちゃったんですか!?」
アニから何かの動物の目のようなデザインの指輪を受け取り、持ち上げてしげしげと見る。
「これが……魔道具か……」
「ねぇイチ。なぁにソレ?」
「あぁ、アニの友人にお願いして作ってもらった魔道具です。」
「へぇー……なんだか変わった感じのする道具ね。」
「えぇ、姿を消せる魔道具です。」
「ほう……なるほど。それで色々覗き放題というワケだな兄弟。」
アイーシャがギャビィの言葉に反応しバっと俺を見た。
アニは薄く笑みを浮かべている。
ギャビィは『俺も混ぜろ』という表情だ。
「ち、違います! お、俺、その、そう!
戦いとかできないから、もしもの時に逃げれるようにっていう護身用の道具です!」
アイーシャは『そうなの?……でも』的な表情に変わり
アニは薄く笑みを浮かべたまま『わかってるわ、いいのよ。』的な余裕の表情。
ギャビィは『俺も混ぜろ』という表情のままだ。
「と、とりあえず、アニ。これは指輪をつけたらそれで効果があるんですか?」
「えぇ。ホールデンの話だと装着する事で姿が消えるそうよ。
ただし、どれくらい効果が持続するかは使用者次第。
効果が無くなっても1日程放置しておけば、また使えるようになるらしいわ。」
「へ~。使用に当たってはインターバルが結構必要なんですね。」
「後、ホールデンが『ゴメンね』って言ってたわ。
『害はないけど使うのが結構難しい』って。どう難しいかは使えばわかるんですって。」
「? なんか気になりますね。ソレ。」
「気になるならつけてみたら?」
正直ホールデンの言い訳を聞いて指輪をつけたくない気持ちになっているのだが、周りの目が期待している目そのものなので装着する以外の選択肢はなかった。思い切って指輪を装着する。
「おお!」
「あ~……」
「これは確かに。」
俺の視界からは自分の体は視認でき、全然消えたようには感じない。
「え? みんなから見ると俺って消えてるの?」
「あ~~うん。消えてるっちゃ……消えてる。」
皆の反応に首を捻りながら横に2,3歩動いてみると、みんなの目は俺についてきた。
「いやいやいや! しっかり目で追ってるし! 見えてんじゃん!」
「いや、イチは見えねぇよ! 見事なもんだ! ……ただ、服が消えてねぇ。」
「……って……事は」
「全裸になりゃ完璧だな。」
--*--*--
アニやアイーシャのいる今、全裸になる事はできなかった。
なんせ、いつ透明化が消えるか分からない。自分では自分の身体が視認できているのだから自分の透明化が無効になって素っ裸を晒している事に気が付けないのは、あまりに危険すぎる。
俺は指輪をつけ動く服の状態でカメラの設置を進めた。
カメラの配置は全体が見渡せる構図の位置と、的の岩に焦点を合わせて撮影している位置。この2台は設置と同時に録画をはじめている。
そして手持ちのカメラも録画を開始しアイーシャを撮影する。
「じゃ、アイーシャ。魔法を撃ってもらってもいいかな?
ちなみにどんな魔法を使うのかも先に質問していい?」
「うん、いいよ。これから使うのは炎の魔法。
私って一応ドワーフだから炎の扱いは結構上手なの。
下級の敵に対してだったら充分な威力にはなると思うわ。」
「じゃあアイーシャ先生。お願いします。」
アイーシャは軽く微笑んだ後、目を閉じてムニャムニャと30秒ほど耳慣れない言葉を呟き、そして目を見開くと同時右手を岩に向けた。
するとアイーシャの手元に空中から渦巻くように炎が現れ、すぐに球状に集まり火の玉が生まれた。
おぉ、と思った瞬間に火の玉は一直線に飛んで岩に当たりそして爆散した。
直撃した岩は火の玉の当たった場所が欠けて崩れ、その威力の凄まじさを感じるには十分だった。
「………す、すっげぇ……すごいよアイーシャ! すごいっ!! すごいっ!!」
「え、えへへ。そ、そうかな? えへへ。」
俺は初めて見る攻撃魔法に興奮しながらアイーシャを褒める。
アイーシャはどこか恥ずかしそうに照れながらも嬉しそうな顔をしていた。
そこにアニがずいっと横から割り込んでくる。
「はいはい。じゃあ次は本職の出番よ。
イチ。しっかり見てなさい。」
「あ、あ。うん! そ、そうだった!
ちなみにアニはなんの魔法を?」
アニはチラリとアイーシャを見て笑顔を作る。
「そうね……私も炎の魔法にしようかしら。魔法使いが使うとどうなるか違いが分かり易いでしょ?」
そう言い放ち、ニッコリと微笑んだ。
すぐさまアイーシャ同様ムニャムニャと口を動かし始める。
……………
………
……
…
5分くらい経ったと思う。
未だムニャムニャと口を動かし続けているアニ。
正直同じような感じをずっと撮り続けているのは、ちょっと飽きる。
少し胸の谷間とかを撮影しようという欲望が疼いてしまうが『これを加藤さんが見るのだ』というブレーキがかかり、理性の力でなんとかとどまる事が出来た。
我慢しながらアニを撮影し続けていると、うっすらと汗をかき始めているように見える。
その時アニの目がカッ!っと見開く。
その目は赤色の輝きを放ったように見え、雰囲気の違いに固まってしまう。
固まる俺に構う事なくアニは両手を的の岩へと伸ばす。
アイーシャの時と違って、手元に炎が現れることもなく、何も変化がないと思った瞬間、的の岩の方から熱風が吹いた。すぐに岩に目を向けると岩を中心に白い炎の竜巻が上空15m程まで伸びていた。
茫然としつつ長くも感じられる様な短い時間、その光景を眺める。
やがて炎の竜巻は消え、人並みのサイズにダイエットされた岩が残っていた……が、残っていた岩もやがてぐにゃりと曲がり溶けたアイスのように崩れた。
アニは息を少しだけ荒くしながら汗を拭う。
「ね。これが本職の力よ。」
アニはいい笑顔。
俺はあまりの驚きに声を出せずにいるとギャビィが声をかけてきた。
「いやぁ~すごかったな~。
ただ、あんまりにも目立っちまったみたいで、呼んでもないお客さんが来ちまったぞ?」
ギャビィが顎をさした方向を見ると、始まりの坂道の方から遠近法がオカシイ禿げたオッサンが走ってくるのが目に入った。
ジャイアントが向かってくる。




