64話 闇に紛れて侵入
「ふぁわあああおおおおおぉ!」
「こーら、イチ。あんまり騒がないの。」
「だ、だって! おっかない! うわああぁあっ!」
「もうそんなに騒いでたら、追跡できるものもできなくなるわよ?」
俺はアデリーにお姫様抱っこされたまま屋根の上を移動している。
道を隔てた屋根の移動はアデリーが糸を飛ばし、屋根の間に糸の橋を作りそれを歩いて渡るのだ。が、その糸は闇夜に紛れているから俺の目では視認が難しい。
だがアデリーにはしっかりと分かるようで、かなりの速さで糸の上を進む。
つまり俺はアデリーにお姫様抱っこで闇夜のレール無しのジェットコースター状態。
「お、俺。高い所とか苦手なのっ!」
「あら、そうだったのね。それは可哀想なことしちゃったわ。
ん~~……じゃあ、こういうのでどう。」
アデリーが俺を2本脚で支え、人の腕で俺の頭を抱き寄せ自分の胸にうずめて固定する。
「下が見えなきゃどうってことないでしょ? まったくもう可愛いんだから。イチは」
「もがもがっ」
「あん……あんまり激しく顔を動かしちゃ嫌よ? 外なんだから…ね。」
確かに視界を奪われていれば移動自体は安定していて安心感がある。
耳に届くッカカポ音を聞きながらフニョンに包まれ。俺は考えるのを止めた。
--*--*--
「はい、お疲れさま。イチ。
あの館らしいわよ。」
「ふぇ……あ、ありがと。」
アデリーが胸に固定していた腕を緩め、フニョン天国から追放される。
少しの名残惜しさを覚えつつも、お姫様抱っこをされながら周りの風景に目をやると、アデリーが館を指さした。その屋敷は貴族街区程ではないが立派で大きな屋敷だ。
屋敷の近くでエイミーがこっちを見て立ち止まっている。
「ちなみに……ここどこらへんだか分かる?」
「商業街区ね。」
アデリーは俺にそう言ってから、立ち止まっているエイミーに向けて糸を飛ばす。
エイミーはその糸が付いたのを確認してから屋敷へと入っていった。
「今のは?」
「盗聴用の糸よ。でも切れやすい糸だからちょっと心配なのよね……というわけで。」
「もがっ!」
「念の為あの屋敷にお邪魔しておきましょ。」
アデリーがまた俺の顔を胸に抱き寄せエイミーの入っていった館の屋根へと渡り、そして侵入を開始した。
--*--*--
屋敷3階の執務室のドアをノックする音が響き、ドアが開き男が出てくる。
「エイミー! 遅かったやないか! あんま心配させんなや!」
「申し訳ございません。ご、ご主人様。」
「まぁ無事で何よりやったで」
「は、はぁ。 それより……アリアの姿が見えませんが……」
「あぁ……アリアか……」
男の顔が悔しそうな顔に変わる。
エイミーがその表情の変化にハっとし慌てて問いかける。
「ま、まさか何かあったのですか!? ご主人様!」
「あぁ……あったわ。まさかあんな事になるとは思とらんかったで……」
「何が!? 何があったのです! ご主人様!」
「落ち着きーや。今説明するさかい。」
男は話す内容をまとめる為か、エイミーを制してから一拍おき、そして一度深いため息をついてから話し始めた。
「あの後……ワイとアリアは黒髪の男を追って酒場に入ったんや。
ワイらも酒場に入ってしばらく様子を伺っとったんやけど黒髪のヤツは普通に飲み始めてな、なんや長居しそうやったし酒場でなんも頼まんわけにもイカンやろ? せやからワインと果実水頼んで様子見とったら、アリアのアホがいつの間にかワイのワイン飲みくさりおっての……」
「あ。」
「すぐに酔っぱらって『ふへへへ~。面倒な事は直接聞くに限るのだ~』とか言って黒髪のヤツに突撃かましおったんや。」
「あぁ……」
エイミーはアリアの行動を容易に想像できたらしく視線を落とす。
「いや、でもな。結果としては良かったんやで追跡しとった男はすぐに髪染めた事を自慢し始めたし、ただの衛兵やっちゅー事も聞けたしな。
……その後がひどかったんや。アリアのアホが酔って気が大きなったんか、よりにもよって『教えてくれたお礼に、ご主人様が奢る』とか言いだしてな。そしたら盛り上がるわ。ただ酒やから当然やわな。ワイも引くに引けんような場になってもうたんや……さんざ飲み食いされて……奢らされて。
そんで潰れたあのアホおぶって帰ってきたんや。やから、ワイもさっきアホを部屋に放り捨ててきたとこや。」
「お疲れさまです……ご主人様。」
「……ははは……ええんや。もう……ははは。」
乾いた笑いをする男。
「……で? そっちはどうやったんや?」
「あ、え、あ。はい。
……無事住処を突き止めました。」
「おおっ! 流石エイミーやな! アホと違って頼りになるわホンマ。で?」
「雑貨通りにある店舗兼住居に住んでいるようです。」
「ほかほかー! でかしたで! ほんっと流石エイミーや! もうお前だけやわ!」
泣き真似をして目元を拭う男。
意を決したように口を開くエイミー。
「あの、ご主人様。突き止めたはいいのですが……今後はどのようにするおつもりですか?」
「あ~~。せやな……まずはソイツがその新技術を詰め込んだペンの売り主かどうか探らなアカンな。」
「それもそうですね……では、売り主で仕入れルートを握っている場合はいかが致します?」
男は腕を組み一拍だけ考え、そして力強い声を発する。
「このゴードン商会に取り込む。」
「取り込む……ですか。それはどのような方法で?」
「せやな……話ができそうな相手やったら条件を出し合いやな。
もし話がでけへんようなヤツやったら……アレや。」
「アレ……とは?」
「……ハニートラップとかどうや?
見た感じ若かかったしの。それにどっちかーちゅーとま~不細工やった。あの顔なら女日照りで女に飢えまくっとるに違いないわ。アレは間違いない。
せやからキレイどころの奴隷つこて、そいつを奴隷にのめり込ませてやな、そんでいいように使たったらええねん。」
その時、勢いよくドアが開いた。
「ふふふ……私のイチを誘惑しようだなんて……ふふふふふ……アナタ……許さないわよ。」
「な、なんや!?」
「あぁ、ご主人様っ!」
勢いよく部屋に飛び込んだアデリーに、驚きの声と、エイミーのちょっと艶っぽい声がかけられる。
アラクネの後ろに後ろに続き、こっそりと部屋に入ってくる影があった。。
「ども……お邪魔します……不細工です。」
男はハっとしてエイミーを見る。
エイミーは悲しそうな顔をした。
「……申し訳ございません。
私…捕まってしまい……そして染められてしまいました。もうあの方をご主人様と思ってしまっております……」
「エイミー……お前もか――」
アホが二人やった……という声が聞こえそうな程、男はがっくりと落ち込んだ。




