60話 無能系衛兵エンカウント
「アニーって呼ぶのとアニって呼ぶの、どっちが正解なんですか?」
「ん~? どっちも正解よ。好きな方で呼んでくれて構わないわ。なんたってイチは上得意様なんだから~。」
アニと食事を終え、中央広場の道を戻りながら話す。
当初立てていた予定通り日本での買い物に向かうのではなく中央広場に向かっているのは、一度ホールデンと話をした方が良いと思ったからだ。後……初めて通る道なので念の為帰り道で迷わないようにする為。
中央広場から雑貨通り方面にエラドの店。その逆のギルドと貴族街区方面の1本裏の方にアニと行った店があった。
少し遠回りになるけれどギルドに立ち寄り、物干し竿を受け取ってから中央広場へと向かっている。
アニとは予想以上に美味しかったクレープを食べながら、他の話も色々とした。
内容は『チョコの保管上の注意点等』や『回復魔法の巻物を、また買いたい』という事。それと『魔道具』について。
魔道具についてはアニも作るらしいのだが、アニが得意とするのはどちらかというと『攻撃的』な物が多く、巻物にしても攻撃魔法を作るのがアニなのだそうだ。
ただ、現状では外の敵の強さに対して初級の弱い魔法の巻物を使っても焼石に水状態で攻撃系の巻物はあまり売れていない。
その為、アニは売り子として仲間たちに労力を還元するように頑張っているらしい。
新しく知った情報として、巻物については中~上級者クラスの魔法の使い手になって、ようやく初級の巻物を製造できるようになるということ。今の外の敵、例えばジャイアント等に対して魔法の巻物だけで対抗しようとするならば大魔術師クラスの人が作成した巻物が要るとの事。
回復魔法の巻物についても怪我の回復の初期で銀貨4枚だが、病気の回復、瀕死状態からの回復の巻物となると、それはそれは高価な物になるらしく金貨・白金貨クラスの買い物なのだとか。
顧客の要望に合わせた魔道具の製造については夜更かし大好きホールデンの方が得意らしい。
夜更かしの理由も魔道具いじりらしく原材料を買えるだけの資金を提供すれば喜んで作ってくれるはずだとか。
好みに合わせた魔道具を製造してくれるのであれば『姿を消せる魔道具』をホールデンが製造可能かを確認したかったのでアニとまた屋台へ向かっている。
中央広場に戻り屋台に戻ると、ホールデンがボーっとしていた。
「ただいま。何か変わったことはあった?」
「なんか……チョコについて聞かれたよ。アニが戻ったらまた来て。って伝えといた。」
「あぁそう、ありがとう。ホールデン。イチが魔道具について色々聞きたいそうよ?」
ボーっとしていたホールデンが、急にしゃきっとして、ずずずいと身を乗り出してくる。
「なになに? どんなの事を聞きたいの? ふふふふふふふ、なんでも聞いてよ!」
「お、おう。」
テンションが上がったっぽいホールデンに『一時的に姿を消せる魔道具』を聞いてみると金貨2枚で作れるらしい。せっかくなので、そのままお願いする事にし出来れば明日のアニと出かける迄に間に合うと嬉しいと伝えると。
「あははははははははははは、そんなすぐ出来るワケないじゃん。あはははははははは。まぁ頑張ってみるけれどさ。ふふふふふ」
ものすごくご機嫌になりながら金貨を受け取りあっという間にどこかへ走っていった。
アニがその様子を呆れたように見ながら
「ホールデン……きっと作っちゃうわよ。明日までに間に合わせる為に……少し変なのを…ね。」
アニに嫌な事を言われながら、金貨1枚を明日の依頼料と回復魔法の巻物代、そして今日奢ってもらったお昼のお礼として渡すと少し呆れながら受け取ってくれた。
カメラを買いに行く為に、これで別れる事にしたが別れる間際にアニが
「イチってお金持ちなのね。」
と、谷間を見せつけながら言われてドギマギしたのは内緒。
後はアイーシャにウイスキーの受注が無いか確認してからアデリーの店で日本に帰ろう。
そう思い雑貨通りに向けて中央広場を出ようとしたら半酔いっぽくプラプラと歩いてくる黒髪が目に付いた。
あ~。酔っ払いだなぁ。と一瞬だけ関わらないようにしようとか思ってしまったが、こちらの思惑とは裏腹に酔っ払いがガンガン近づいて来てガッシリ肩を組まれてしまう。
まぁ、明日のアニの魔法使う時の同行もお願いしたいと思っていたから丁度いいと言えば丁度いい。が、昼から酔い過ぎだろう。
「い~~~よう、イチー! この髪のおかげでモッテモテだぜ、ウェヘハハハハ!」
「あはは……俺は黒髪でもモテてる感ないッスけどね……」
この無能系衛兵もやはりニアワールドの住人なので顔の作りは美形なのだ。しかも傍から見てとても分かり易い性格をしているし、どちらかといえば好まれやすいだろう。
同じ黒髪でも凄いモテの格差。
テンションが下がる。
「まぁ……そんなことはいいんですよ! ギャビィさん。さっき言ってた護衛の話なんですけど明日の朝から昼くらいって時間とってもらえませんか?」
「ん? おーう! マブダチの頼みを断るわけねぇじゃねぇか! 明日は貴族街区の門周辺にいるからさ。声かけてくれよ。そしたらまた抜けっから。ナハハハハハ!」
「あははは。有難うございます。じゃあ明日準備が出来たら呼びに行きますね。」
しばらくギャビィの黒髪自慢を聞いてから別れ、アイーシャの店へと向かう。
――そんなイチの様子を遠目に伺う影があった。
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「エイミー……どう思う。『黒髪の男』が……二人もおるで?」
「まさか複数人いるとは思いませんでした……いかが致しましょうご主人様。」
「黒髪同士っていいよね。しかも仲が良さそうでキュンキュンする。」
男とケンタウロスメイドは犬耳メイドの声など聞こえていないように、どうした物かと思い悩む。が、程なくして黒髪の男達は二手に別れた。
「ええい! しゃーない! ワイらも二手に別れるで! エイミー! お前はあの長っちょろい変な棒を持った方や! アリアはワイと一緒にもう片方を追うで! とりあえず住処っぽい所を見つけたら家で合流や!」
「御意!」
「ほな、頼むでエイミー。アカン思たらもどりーや。この辺でようけ見かけるらしいからチャンスはまたすぐ来るんやさかい。」
「はっ! ご主人様もお気をつけて。」
ケンタウロスメイドが長い棒を持った男の後をつけ始める。
男はもう片方の酔っている黒髪の男に目を戻し後をつける
「ね~……ご主人様ー。尾行くらい私一人で充分じゃない? なんでご主人も一緒~?」
「お前一人で行かせたら、ぜーーーったいなんかヌケるからやっ!」
「え~~ひどーい!」
二人は騒がしく酔った黒髪の男の後をつけ始めた。
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かっぽかっぽかっぽ
チラっ、
………
かっぽかっぽかっぽ
チラっ、
………
馬? だよな?
人通りが少なくなり、なぜか自分の後ろから石畳を歩く馬の蹄の音が聞こえる。
が、振り返っても見当たらない。
首を捻りながら、イチはアイーシャの店へと向かうのだった。




