5話 異世界を肌で感じるのは、異世界人との触れ合いが一番。
「じゃあなー! 達者でなーイチー!」
ラッサンが馬車の上から大きく手を振って移動を始めている。
ちなみに『イチ』と言うのは名前を聞かれた時に咄嗟に答えてしまった偽名。数字の1だ。
ラッサンはデカイ正門ではなく移動だけで20分もかかったけれど別の小さな門に向かい、そこにいた衛兵と何やら話をしてくれた。
ラッサン曰く、正面の門は街の顔でもあり規則を守る事が徹底されているからこそ融通がきかない。別の門であれば衛兵の裁量である程度大目に見てもらえる事が多いのだと。
言葉の通り衛兵も優しく。
「大変な目に遭ったな。もう俺たちがしっかり守るから大丈夫だ! ゆっくり休んでくれ。」
と、まるで街に入る税金など無いかのように完璧にスルーして中へと入れてくれた。
大壁の門を抜けて、まず目に飛び込んできたのは農地や原っぱ。奥に目をやると上り坂が作られている。
壁の中は入った瞬間に家だらけ! というものではなく農地なんかも全て囲っているのだ。
確かに食い物を作る場所は拠点の機能として超重要だし、いざという時には戦う場としても使う事が出来る。
農地からの坂道を上がった丘の方には、また小さな壁のような物が建てられていて、そこの門を通っていくラッサンが目に入った。
「どうだい? 立派な街だろう旅人さんよ。」
農地を眺めて固まっていた俺に衛兵が声をかけてくる。
「……凄いですね。心から驚いてます。」
「はははっ……そうだろうな。
俺はこの街……いや、小さな町の頃からここにいるんだが、この10年で驚くほど変わっちまったからな。」
10年……主人公の物語は約2年間だった。
つまり物語が終わって8年経過した世界という事か……
ジャイアントが出るようになったのも、やっぱり色々とさらにストーリーが進んだせいで強化されているという事なのかもしれない。
……ん?
この場合弱いモンスターとかはどうなっているんだ?
主人公が初討伐したゴブリンとかの最弱系モンスターは。
いや、それよりも街に入ったけど無一文だ。
何をしたらいいんだ? というか、俺はこの異世界で何をするんだ?
腕を組み右手を顎に当てて30秒の熟考をする。
「観光だな。」
という事は金が要る。
大事な事だ。金が無いと何もできない。
この異世界では金貨となどの硬貨による貨幣制度が採用されていて、貨幣の価値は10枚毎にランクがアップする。
最低の鉄銭から始まり、銅貨、銀貨、金貨、そして白金貨が最高の価値だったはず。
もちろん物々交換も成り立つ。
という事は個人間であれば物と金を交換する、つまり売買もお互いが納得していれば問題ない。
「衛兵さん。質問なんですが、この街で物を買ったり売ったりしているような場所ってどの辺か教えてもらってもいいですか?」
「あぁいいとも。だいたい中央広場と商店街区だな。あと雑貨通り。
とりあえず今さっきラッサンの通った所からちゃんとした道があるから、そこをまっすぐ進めば中央広場に着くぞ。分かりやすいよう噴水があるからそれを目印にするといい。そこに行くまでにも衛兵も多くいるから、また誰かに聞くと良い。」
「ふむん。有難うございます。じゃあ行ってみます。」
「まぁなんだ。
兄さんは目立つだろうし逆に声をかけられる事も多いだろうが……皆悪気はないだろうから大目に見てやってほしい。」
「えっ? 俺、目立ちます?」
何を今更と言うような顔で、少し呆れたような顔をした衛兵が答える。
「そりゃあそうだろう。勇者様と同じ黒色の髪に黒色の目。見たことも無いような装い。
興味を持つなって方が難しいだろう。」
自分の姿を見る。
歩きやすいようにジャージとスニーカー。折りたたみのノコギリはポケットからはみ出ている。
衛兵さんはハーフプレートアーマーと言ったらいいのだろうか。必要最低限を金属で守るようにして、可能な限り軽量化し、目に付くところは革素材が多い。
ラッサンは布を使った服と革素材の服で素朴な印象だった。
「ふむん。確かに。」
まずは服を手に入れる事から始めた方が良さそうだ。
衛兵に礼を言い中央広場へと向かう。
農地を越えて区切りになっている壁を過ぎると、石畳が広がる。
これぞ中世異世界という街なみ。
人も多く、金髪を主体としつつも中にはピンク色や緑色の髪、青味がかった髪をしている人もちらほらと目に入る。
「……確か、金髪以外の髪は異種族が多いんだよな。」
中央広場へと向かいながら、通りゆく人を見ていく。
10分程歩き、広場に着くと噴水を中心にそれを囲むように円の形で何重もの屋台が並んでいた。
「おおお……いせかぃ……」
ここに来てようやく感動が押し寄せてくるのを感じずにはいられない。右を見ても左を見ても異世界だ。
「おっ?」
全方向から物凄く視線を感じる。
これはいけませんね。
物凄い圧迫感があります。
すぐに回れ右をして農地を目指す事にして移動を開始する。
少し移動してから後ろを振り返ると。
「あぁ……やっぱり」
つけてくる集団がいた。
しかもグイグイと距離を詰めてきている。
「ねーねーにーちゃん! どっからきたの?」
「なにその服見たことないよ!」
「わ~~! 勇者様と同じだー!」
子供の集団だ。
基本的に善人が多く性格も大らかな人が多いからこそ子供もまぁ~伸び伸びと育っている。
誘拐なんかもそうそう起きないだけに興味を持ったら一直線だ。
纏わりつかれ始めたので俺は農地へ向かうのを諦め、再度踵を返して中央広場に戻る事にした。
とにかく親が見つければ、きっと解放されるに違いない。
* * *
俺。
善人という存在を舐めてた。
あの後、子供の集団の母親。奥様方集団がすぐに見つかったんだけど、俺が珍しいのか色々と根掘り葉掘り聞かれ、とりあえず服欲しい事とか文無しな事を話したら、るんるん気分で手を引かれ店まで案内されて、あれよあれよと言う間にジャージと現地服一式が交換。しかもちょっと上等な部類の服が一揃えされた。
ちなみに奥様方の服は布メインが多いが、脇や胸元からチラチラチラチラとよく見えたインナーには、絹っぽい素材が多用されている感じだった。
これはニアワールドの物語の主人公のNAISEIで大活躍したアラクネの糸で作った布素材で間違いないだろう。強靭で汚れに強く、そして肌ざわりも良くて見た目も美しい。
つまり下着にもってこいだ。
このまま行くと奥様方の内のどなたかの家で厄介になるような話になりそうだったので、お礼を言って何とか別れた。
なんせ……このニアワールドはとにかく美形が多い。
もう一度言う。
美形が多い。
つまり、奥様方であってもドエライ美人ばかりなワケで、そんな人達にチヤホヤされて、しかも優しくあれこれ面倒見てもらってみろ。
あっという間に恋に落ちる自信があるわ。
善人故にきっと悪いことをしようと思えば簡単に引っかかるだろうしさ!
でも、いきなり悪人にはなりたくないので自衛の為にも別れる必要があったんだ。
手を振る奥様集団に手を振り返し、姿が見えなくなってすぐに路地裏に逃げ込んでアプリを起動する。
思った以上に刺激が強いし、それに現金を手に入れる算段を考える為にも一度落ち着く必要があるし、それに時間も夕方でお腹も減った。
とりあえず今日はもう探索を切り上げて、家に帰ってゆっくり考える事にしよう。
落ち着け俺。




