56話 納品。か~ら~の?
本日2話目
オーファンの男の子を連れアデリーの家へと急ぐ。
少しだけ足早に歩いているので時々振り返りオーファンの様子を見ると小走りな感じでついてきている。 オーファンは俺が気にしているのを理解しているようで『全然余裕だよ』と感じさせる笑顔を向けてきた。
この男の子の名前をヤギのお姉さんが言っていたけど……忘れちゃったんだよな。なんか珍しい感じの名前だったようには思うんだけど。
思い出そうと頭を捻るけれど思い出せず、唸りながら歩いていると思いのほか早く雑貨通りに差し掛かった。ついでなのでブライアンの店の様子を伺うが戸が閉まっていて中の様子がわからない。なので気にしない事にして通り過ぎアデリーの店に到着する。
アデリーの店の前で立ち止まって振り返りオーファンの様子を伺うと、なぜか微妙に緊張しているように感じられた。
その様子に少し首を捻りながら店に入りアデリーの姿が見えないので2階に向けて声をかける。
「ごめーん。忘れ物したから戻ってきた!」
「あらー。おかえりー。忘れ物が部屋においてあったヤツなら下まで持っていこうか?」
「悪い。助かるー。」
アデリーが500枚毎に紙の包装にまとめられてる束を2つ脇に抱え、赤ペンの10本入った箱、油性ペン5本を持って1階に降りてくる。
上半身は綺麗な女性、下半身が蜘蛛のその姿を見てオーファンの男の子は、ほんの少しだけ俺の後ろに隠れるように動いた。
「あら。オーファンね?
ごめんね……怖がらせちゃったかしら?」
アデリーは男の子に優しく微笑みかける。だがオーファンへは近づこうとしない。
男の子は元の位置に戻って『滅相もない』とばかりに慌てて顔と手を横にブンブンと首を振った。
力いっぱい首を振っていて、なんとも可愛いらしい。
「ははっ。大丈夫だよ。
このお姉さんは別にこわ……く――」
『怖くないよ』と続けようとして……言葉が続かなかった。
……だって俺……怖い思いしてるんだもん。
「ねぇ。イチ? なぁんでそこで黙るのかなぁ?」
アデリーの首が笑顔のままコキコキと横に倒れていく。
俺もアデリーの様子から背筋にうすら寒い物を感じた。が……オーファンの男の子はアデリーの様子に手を口に当て怯え始めた。口に当たっている手が尋常じゃない震え方をしている。
そのオーファンの様子にアデリーがハっとした表情になり、また優しい顔に戻り、そして諦めたように小さく息を吐いた。
「じゃ、イチ……荷物はここに置いておくから…ね。」
持ってきてくれた荷物を置きアデリーは2階へと上がっていく。
「あ、うん。ありがとうね。」
2階からの返答はなかった。
オーファンの様子を見ると、まだ少し手の震えが見えたが落ち着きは取り戻しているようだったので、俺が紙束を持ちオーファンには赤ペンの箱と油性ペンを持ってもらいギルドへと向かう。
ギルドへ向かう道中特段のおかしなことは無かった。
……と、いいたかったが、無能系衛兵が休みだったらしく中央広場に差し掛かった時に出会ってしまう。
急いでいる時になんともタイミングの悪い男だ。
「ようイチ! 奇遇だなぁ」
「あぁギャビィさん。これは奇遇ですね。頭はその後いかがです?」
ギャビィの頭がイカレぎみだとか中身を心配したんじゃない。
ギャビィは昨日の夕方近くに俺の持ってきた髪染めを使って地毛を黒髪に染めた。
パッと見はクリーンの魔法で完璧に染髪剤が落ちているように見えるが、もしかすると落としきれていない可能性もあると思い、ギャビィには『そのまま2日放置しないと定着しない』と嘘をつき、落としきれていない染髪剤の影響でギャビィの頭に痒みなりの異常が出ないかを確認しているのだ。
無ければ他の人に施す時にお金を取ってもいいだろう。
「ぜーんぜん問題ねぇよ。それよりさぁ聞いてくれよ!
もう行きかうヤツラが俺の髪を見る事見る事。ウッハハハ!
昨日だって副隊長の俺の髪を見た時のツラったらよ! 本当最っ高にいい気分だぜ!」
「あはは。喜んでもらえたんなら良かったです。」
「おうよ! 有難うな! てーか、俺あん時、全然金を払ってねぇけどいいのか?」
「あぁ、その事だったらいいんですよ。俺の実験台になってもらったんですから」
「でもよぉ。俺ばっかりいい思いしてよ、なんか悪ぃ気がしちまうよ。」
「気にしないでくださいよ。」
ギャビィは少し申し訳なさそうな顔をしたままだ。
「あ。そうだ。じゃあ俺近い内に魔法を使った実験をするつもりなんですけど、その時にちょっと手伝ってもらえません? もしかすると壁の外に出る事になるかもしれないんですけど俺は全然戦えないから外が怖いんで護衛役が欲しいんですよ。」
「ははは! なんだなんだ? 情けねぇなぁイチ! でもそういう事なら任せてくれよ! 護衛なんて衛兵にもってこいだぜ! 俺は働いてる時はだいたい貴族街区か訓練所。休みはどっかの酒場にいるから出る時は声かけてくれよ!」
「仕事中でもいいんですか?」
「昨日を見たろ?」
豪快に笑うギャビィと別れギルドへ向かう。
『チョコください』エンカウントもあったが「ごめーん。今無いんだ。」と伝えると不満たらたら文句を言われた。
でも前に『もうチョコやらん』と思った子供だったから別に問題ない。ははっ、ざまぁ。
ギルドに到着し検品をしている部屋に向かうと、男女の職員と、アンジェナとク…ロム? だっけ? エルフの男が、チョコをつまみ皆でお茶してた。
「あ、すみません。遅かったですか?」
「いえいえ、ちょうど終わったばかりですよ。」
嘘だね。
お前らの前に並んでいる空のチョコの包み紙を見れば一目瞭然だ。
……っていうか待たせてゴメン。
「しかし、まさか本当に翌日に全て納品に来られるとは思っていませんでしたよ。参りました。」
エルフの男とアンジェナがうんうんと頷いている。
「しかし、この二人に聞いた話ではイチさんはなにやら『忘れ物』をされたとの事でしたが……ペンに過不足はありませんでしたよ?」
「ええ。納品する商品じゃない物を忘れたんですよ。」
ついてきたオーファンの男の子に向き直る。
「運んでくれてありがとう。助かったよ。
それ、机に置いてくれるかな? それで君に頼んだ仕事は完了だ!」
右手親指を立てて『GOOD!』のジェスチャーをすると、オーファンはコクリと頷き運んでいた物を机に置いてから笑顔を見せてジェスチャーを返し帰っていった。
ちなみに報酬の鉄銭3枚は前払いしてある。
俺も抱えていた紙の束をペンの横に置く。
俺の様子を見ていたエルフの男とアンジェナが顔を見合わせて軽く頷き、アンジェナが男女の職員に退室を促す。
「イチさん。今お持ち頂いたソレは一体?」
俺は自分でできる全力の笑顔を作る。
「今回沢山のボールペンをお買い上げ頂きましたので、私の取扱い品から、無料サービスさせて頂くオマケの品でございます。」




