4話 異世界行くのやめよう。危ない。
歯磨きもしたし。着替えたし。布団も敷いた。
布団に入ったし、よし寝るか。
…… ……
……
寝れるワケない。
時間もまだまだ昼を過ぎたばかりで夕方にも程遠い。
ちょっと現実逃避をしてみたが、とりあえず思い出しながら考えてみよう。
街に着く以前に、異世界初のモンスターが『ジャイアント』
某アニメや漫画のような全裸ではないが腰にボロ布だけ巻いたでっけぇ禿げたオッサンの巨人。
きっと3階建てのビル並み。8メートルくらいはあったオッサンだ。
……俺が勝てるワケないよね。
ゴルフのドライバーで。
あれかな?
神様は俺を殺したかったのかな? きっとそうだな。
じゃないとあんなモンスター初見で出さないよね。ちょっと怒ってたみたいだからその影響なの?
俺を異世界に連れて行ったのも、もしかするとそういった殺害絡みなんだきっと。ってことはもう2度と電話しない方がいいよね。
というか、そもそも物語の終盤でも、あのあたりのモンスターは狼男がせいぜいだったハズなのに……『ジャイアント』
巨人のモンスターなんて、物語には欠片も出てきてなかった。
という事は書かれている物語が終わって、さらにかなり『書かれていないストーリー』が進んだという事なんだろうか。
ふむ。
ともあれ死にたくはないから異世界は封印かな?
ちょっともったいないような気がするけども……
上半身を起こし、腕を組み右手を顎に当てる。
……
「聞くだけ聞こう。神様に」
携帯を取り神様に発信する。
2回のコールでつながった。
「もしもーし。どうじゃ? そろそろ街について喜んでおる頃じゃろ?
なぁに感動したからといって別に御礼などせんでも良いのじゃぞ? 気を使わんでもいいんじゃよ。
フェッフェッフェッフェ」
どうやらニアワールドの街は神様の自慢らしい。
お世辞で喜ばせておきたいような気もするが、とりあえず水を差しておこう。
「いやぁすみません。今は街じゃなくて自宅からかけてます。
というか、まだ街とかには入れてません」
「おっ? ……なんじゃ……そうなんか。」
明らかに語調が落ち込んでいる。
腹を決めて伝える。
「いやぁ、なんせモンスターに『巨人』が出てきたので、緊急避難で家に帰ったんですよ。
流石にあんなのと戦いに巻き込まれたら、俺死んじゃいますから。」
「おぉ…そうじゃったの!
あのあたりも強いモンスターが出るようになっておったのぉ。あ~。しもうた。スマンことをした」
ふむん。殺そうとしているのではないのかもしれない。
まぁ、殺そうとしてるヤツが『お前を殺しますよー』なんて気配を見せるわけはなく『味方ですよー』という演出をする方が一般的だろうから安心できないけれども。
「いえいえ、どうやらモンスターはどれも強力なヤツになっているみたいですし流石に死にたくないので異世界探検はこれで終了にしようと思います。有難うございました。」
「ちょ! ワシの自慢の世界を見ずに……うぅ。なんでもない。」
「いやいや、俺だって見たいですけど死にたくないの方がデカイだけですよ。」
向こうの反応が無くなる。無言だ。
どう反応したらいいのか少し悩んでいると声がした。
「うむ。じゃあとりあえず今のポイントからはじめの街までは一時的にモンスター避けをかけておいてやろう。」
「え? いいんですか。 流石神様!」
まぁ……罠だろう。
出た瞬間巨人に潰される可能性もある。
「よし。もうかけておいたぞ。」
「あ~……神様。
重ね重ね申し訳ないんですがアプリ起動したら暗闇じゃなくて向こうの様子が分かるようにって難しいですか?
さすがにあの巨人見たら、怖くて真っ暗な所には入れないので、このままだと向こうに行けそうもないんです。ボク、チビっちゃう。」
「む~~……我儘なヤツじゃのう。
でもまぁその程度なら問題ないかの。」
「有難うございます!」
「むぅ……なんか素直に礼を言われても受け取りにくい感じがするのがなんとも言えんのう……」
神様はぼやきながら通話を切ったようだ。ツー、ツー、ツー、と音がする。
そのままアプリを起動してみる。
するとモニターに向こうに景色が見えた。
「おおお……禿げたデカイオッサンの後ろ姿……」
とりあえずの脅威が去っていくのを眺めていると、どんどんと坂道を登って離れていくのが確認できた。
神様のかけたモンスター避けはどうやら機能しているとみて問題ないようだ。であれば今の内なら普通に歩いて村に行くことはできそう。
少し悩んだけれど、もう一度着替え、スニーカーを履きゴルフクラブを持ってニアワールドへ向かう事を決め、500mlペットボトルのお茶を持ってモニターをくぐる。
--*--*---
問題無く坂道を下り終わり、てくてくと平らな道を歩き続けているとジャイアントに追われながらも忠告を叫んで通り過ぎた馬車が道の横で止まっていた。馬車の横では地面に腰を下ろして一休みしているオッサンが目に入る。
馬車には幌がかかっていて、中はよくわからない。
オッサンは俺を見て、驚いていたように固まった。
そのまま通り過ぎようと思ったが、ここまで反応されて無視出来るほど無神経でもない。
近くにまで歩みを進めとりあえず挨拶をしようとした時、オッサンがプルプルしながら立ち上がり俺にガッ! っと抱き着いてきた。
うん。
俺にそんな趣味はない。
神様といい、このオッサンといい。抱き着くのが挨拶なのだろうか?
いや、物語でそんな記述は見なかった。
「ちょっっと! やめてください!」
と言ったつもりがオッサンの大声で「ちょ」以降がかき消される。
「よかったーー!! よかったよーー!!
おりゃあてっきり、あんたを犠牲にして助かっちまったんだと思ってたよ!
よかったよーー!! 助けられなくてすまなかったよーー!!」
ああ。そういう事か。
そういえば、この世界は善人が多いんだった。
逃げるのに必死過ぎて助けられなかった事を悔やんでいたんだな。
うん。勝手に俺に負い目を負っていようだ。全然悪いことでもないのにね。
まぁ? ……丁度いいので利用させてもらおう。
「いやぁ、あんなモンスターが出るとは思いませんでしたよ命からがら無我夢中で逃げて……なんとか助かりました。」
「そうかぁ、そうかぁ。良かったよぉ、うんうん。」
もみあげと繋がった口まわりにもしっかりある白いひげ、髪も白いが、体つきはどうにも強そうなオッサンが涙目で喜んでいる。
「とはいえ持ち物を色々と落としてしまいまして。
旅に必要な物やお金なんかもぜーんぶ落としてしまいました。
これでは街や村に入れないかもしれませんから、どうにも困ってしまいます。」
「おお、そんなら心配すんな。
俺が衛兵さんにきっちり説明してやっから!
街は勇者様のいる街で、えれぇ賑わってる街だしモンスターに襲われた事を伝えりゃあ寝泊りもどうにかなるさ。」
俺の肩をバンバン叩きながら大きく笑うオッサン。
『勇者がいて賑わっている街』
この物語では、主人公が最初にたどり着いたのは『寂しい町』だった。
だが、所謂NAISEI的な能力をフル稼働して、ジャガイモ大活躍で食糧不足を解消、ツンデレアラクネ女王を知らず知らずのうちに籠絡して協力関係をこぎつけ、蜘蛛の糸素材の新種の布で莫大な利益を上げ、町を次々に強化し王都に並ぶ街に進化させた後の街なのだろう。
しかも今は物語が終わって以降さらに進んだ時間軸と考えると、その街がさらに進化している可能性がある。
つまり税金も当初の寂しい町より高額になっている可能性もあるという事だろうし、街自体に入れない可能性もあったので問題無く入る為にオッサンを利用する事にしたのだ。
人のいいオッサンの馬車に乗せてもらい、この世界の情報を確認しながら街へと移動する。
ちなみにこのオッサン。名前はラッサンというらしい。
物語で出てきてないキャラなのでモブだな。
『ラッサンさん』とさん付けされるのは、むず痒いらしく呼び捨てで良いらしい。
そして馬車の荷物は空だった。なにやら用事を済ませた後らしい。
ラッサンの馬車に揺られていると、街が見えてきた。
「おおう……」
5mくらいはありそうな壁に囲まれ、それでもそれ以上の高さの建物が数戸見える。
なにより、壁がとにかく広範囲を覆っている。
街と言うよりは壁に囲まれた都市と言った方が良さそうだ。
特別意識をしていなかったが、ワクワクし始めたのを感じずにはいられない。
異世界初の街。楽しみだ。




