45話 緊急議題 ニオイ対策
本日3話目
『ニオイは覚えたから』
ニオイは覚えたから……
覚えたから……
覚えたから……
アデリーの店を出た直後、最後に放たれた言葉が頭の中を響き続けた。
それと同時に、アデリーの首を90度横に曲げた顔が思い出され身震いする。
ふと店の方を振り返るがアデリーの姿は見えない。
ダメだ! すぐに対応策を考えないと死ねるっ!
震えを止める為、自分の身を守るように小さく腕を組み右手を顎にあてて考える。
左手のウイスキーが邪魔だが、それどころじゃない。ウイスキーを脇に抱えて考える。
……ギルドの女の人と誤魔化したけれど、アデリーは間違いなくアイーシャが抱き着いて俺についたニオイの事を言ってると思う。
となるとアデリーはアイーシャのニオイを覚えたという事だ。
そして今から俺はアイーシャとご飯なワケだ。
夕飯時に帰るって言ってしまったし……帰った時には間違いなくニオイを嗅がれるはず。
もし、アデリーがニオイを嗅いで
『同じ女の……ニオイがする』
なんて言われてみろ……
酒を売りに行くって言ったのに、なぜギルドの受付の女と会ったのか言い訳するしかないか?
いや……あのアデリーのことだ多分しつこく聞いてくるだろうから嘘ついても嘘である事が露見する可能性が高い。
あぁ、クッソ! 思いつかん!
……大人しくポリポリされますか?
それとも……アイーシャをポリポリですか?
いやいやいやいやいやいや! どっちもゴメンだっ!!
……そうだ。
俺。もうアデリーの所に行くのやめようかな……そうしたら…………ダメだ。
なんかアデリーの所に行かなくなったら、それこそ町中しらみ潰しに探して結局みつかってエライ事になりそうな気がする。
いっそのこと金貨を稼いだからソレを護衛代にしてこの街を出るか? いや……そうなると勇者に売りつけられないし……くっそ! どうしたらいいっ! 考えろ! 考えるんだっ!
『アデリーの所に帰らない』を選択する場合は『異世界であるニアワールドに来るのを止める』か『アデリーにポリポリされない力を身に着ける』のどちらかの対策が必要になる。
今は……どっちも選べない。
となれば残されるのは、アイーシャペロペロを……諦めるしか……ない…のか……
下がったテンションが、さらに下がる。
「イ~チ。どこ行くつもりなの?」
後ろからアイーシャの声がした。はっとして振り返ると、考えすぎてどうやら店を通り過ぎていたようだ。
「あ……あぁ、すみません。ちょっと考え事をしていて……」
「なにかあったの? 暗い顔に見えるけれど……」
アイーシャが首を捻って俺の様子をみている。
同じ首を捻るにしてもアデリーとぜんっぜん違う印象だ。その可愛らしさに思わず顔が綻ぶ。
「えぇ……ちょっとばかり悩ましい事態になってましてね……どうしたものか考えていたのですけど、まぁ~いい案が思い浮かばなかったんですよ。」
「そんな時は美味しい物よ!」
自分の前で両手を握って『頑張れっ』といわんばかりのポーズをとるアイーシャ。
あぁ……可愛い。
あれ? オカシイな。なんだか涙が出そうだ。
可愛いって泣けるもんだったけ? そんなもんだったっけ? おかしいな?
アイーシャの目が俺が脇に抱えているウイスキーに寄っているのに気が付く。
「あぁ、これはアイーシャの飲んだ奴より幾分質が落ちますけど同じウイスキーですよ。」
しげしげと見るアイーシャ。
中身が気になるのもあるのだろうがなにより材質の方が気になるらしい。
「ガラス? みたいに見えるけれど……ちょっと触ってみてもいい?」
触られるとニオイがつくか? ……と思ったがウイスキーは飯屋に置いてくるつもりだから……別にちょっとくらいはいいだろう。
「少しくらいなら構いませんよ。この間ブライアンさんと行ったご飯屋さんへの贈り物……に、見せかけや商品なので、売るための宣伝をするから大きな傷がつかなければ、どう触っても問題ないです。」
ウイスキーを右手に持ち、アイーシャの目の前に差し出す。
アイーシャは、じっと容器を見た後ツンツンと人差し指でつつき、その感触に小さく口をあけて「お~~」と言い何に納得したのかわからないが『うんうん』と頷いている。
「イチって本当に私の知らない物を沢山持ってるのね。」
『キラキラ』って言葉が似合いそうな笑顔。
おおう。100点満点の笑顔ですよ。
あれ? オカシイな。笑顔ってこんなにも落ち着くものだったっけ?
「ブライアンと行ったお店なら私も知ってるから……じゃあ、今日のお昼はそこにする?」
おっと……そういえば他にも店はたくさんあるんだったな。
だが女神のいる店の方がチョコとか渡してある分話もし易い。
「アイーシャが良ければ、その店の方が有難いですね。」
「うん! じゃ、行きましょう!」
と、アイーシャが元気よく俺の左手を腕を組むように俺の腕に手をまわした。
『ニオイが付くっ!』
そう感じた俺は、咄嗟の判断で手を引く。
つまり……アイーシャが組もうとした手が触れるのを明確に拒否した恰好になってしまった。
「ご……ごめんなさい。いきなり慣れ慣れしかったよね。」
落ち込むアイーシャ。
幸先悪いどころじゃない。
今の俺のやった事は『俺に気安く触んじゃねェよ』と、取られてもおかしくない勢いだった。
違う! 違うんだっ!
アイーシャのニオイが付くかもしれないことだけが問題なんだっ! 俺だって腕組まれたら幸せなんだ!
「ち、違うんです。ええと、あの……俺この服しかないから、そのずっと着てるし、もしかしてニオイとかキツイんじゃないかと思ったら、つい。あの腕を組まれるの嬉しいんです! でも、そのなんていうか――」
俺の必死な弁解の様子にアイーシャが胸をなで下ろし小さく笑顔が戻る。
「そっか~。よかった~。もしかしたら……嫌われてるのかと思っちゃったよ。」
「とんでもない! それは無いですっ! アイーシャ可愛いし! そもそも嫌いならご飯なんて一緒に行きませんっ!」
「かっ」
またボンっと言った感じで赤くなるアイーシャ。
「なので、すみません。俺の都合で何ですけど……俺が恥ずかしいので……」
はっ、と普通に戻るアイーシャ。顔を俺の服に近づけて鼻を動かした。
「ん~~? ……そんなに気になるようなニオイはしないよ?」
まぁ、そりゃそうだ。
衣装は洗ってないが下着は上下毎日替えてるからな。
苦笑いを返しているとアイーシャが首を傾けながら口を開いた。
「でもイチがそんなに気になるって言うんならクリーンの魔法をかけてくれる人探してからご飯にする?」
……………
その手があったか!
ならば、逆に食後アイーシャと別れてからの方がいい!
「そうですね。あの……アイーシャは俺のニオイ、本当に気になりません?」
顔を俺の体に近づけて目を閉じスンスンと鼻を動かすアイーシャ。
おいおい。
チューしたくなるような顔してるじゃないか。まったくけしからん。チューしてもいいですか?
「全然大丈夫だよ! むしろちょっと良いニオイがする気が……」
少し照れたのか、顔を俯けながらボソボソと言う。
おぉっと? なんだオイ。
なんならたっぷりと嗅がせてあげようか? ん?んっ?
「そう言ってもらえるなら、遠慮しない事にします。」
左手をわざとらしく差し出すと、アイーシャが笑顔で腕を組んできた。
クリーンの魔法。頼りにしてるぜ!




