37話 異世界人に日本の料理を食わせてみよう
本日3話目
パスタの中でも馴染みの深いロングパスタ『スパゲッティ』を茹でていると電話が鳴った。
加藤さんからの着信。
「はい。」
「社長。工業試験場の方から、先の試料について『良い切り方が無いか』と問合せがありましたが、どうしましょうか?」
「はい?」
「……社長の持ち込んだ『糸』が、切れる事は切れるけど、とても切り難いんだそうです。
ハサミなり工具なりが痛む可能性がありそうだから、試験片を取る為のいい糸の切り方が無いか知りたいそうです。」
えっ? そんな固いの? 相当過ぎない?
って事は、アラクネの糸ってニアワールドで防具に使っててもおかしくないよね?
なんで使われてないんだ? いや、使ってるのか?
肌着として売ったりしてるくらいだし、使うよね?
……まぁ、アデリーに確認しよう。
「明日までに確認しておきますので担当者の連絡先を教えてください。」
加藤さんに連絡先を確認し電話を切る。
アデリーの糸。
なんか……めっちゃ使えそうだな。釣り糸とか防刃布とか。
「おっとっと。」
茹でていたパスタを軽く混ぜ、一本取り出し食べる。
まだ固い。
何度か繰り返し、アルデンテよりも少し固いくらいで湯からあげ、オリーブオイルを全体になじませておく。茹で汁は少しだけとっておく。
フライパンにもオリーブオイルを引き、ガーリックパウダーと刻んだベーコンを入れ炒める。
わざと鍋を振らずに放置し、ベーコンに焦げ目をつけてから鍋を振って裏返し、そこに茹であがったスパゲッティを落とし塩コショウを薄めにふってから茹で汁を混ぜつつ鍋を振る。
ジュウジュウと音を立てているフライパンを横目に、冷蔵庫からケチャップを取り出し、ぶべべべべ。と波を描くように全体にかけてからまた鍋を振り、ケチャップが全体に馴染んだら火から下ろし、大皿にまずは麺だけをのせ、最後にベーコンを上に散らして、彩りに乾燥バジルを少しふりかければ俺特製ナポリタンの完成だ。
隠し味はパスタを茹でる時に塩じゃなくてコンソメパウダーを入れる事。
ナポリタンの出来を眺めながら我ながらいい仕事したと頷く。
冷めない内にお盆にナポリタンと粉チーズ、タバスコをセット。
取り皿とフォーク2つと安ワインを乗せて2階に運ぶ。
タバスコが常備がない人はきっと納豆を食べない人だ。納豆を毎食食べる人間には必須アイテムになってもおかしくない。うん。タバスコ納豆、めちゃうま。
アプリを起動し、モニターに頭を突っ込む。
見回すと、夜ご飯らしきパンと肉がテーブルに置かれているがアデリーが居ない。
「アデリー! 今ちょっと手ぇ空いてるー?」
「ん? なに?」
呼ぶとすぐにアデリーが顔を見せた。
「コレ受け取って。」
お盆のままモニターを通そうとすると大変そうなので、一つずつ手渡しで渡しつつ最後に自分も通る。
「わっ! なにコレ。いいニオイね!」
「俺が作った『ナポリタン』って料理。美味しいと思うよ。」
アデリーが俺の言葉を聞いて最後に渡した安ワインを落としそうになっていた。
「い……イチが……手料理。………私の為に……手料理。」
「あ、いえ。パスタがこの世界に合うのか実験したかっただけです。」
「……イチの手料理…………ウフフフ。あぁ……私ってなんて幸せなの。」
聞いてないですね。
このアラクネ。この野郎。
もしかして聞きたい言葉以外は聞こえないようにできている耳の持ち主なんだろうか?
「イチ! イチっ! 私早く食べたいわ!
……あぁ、でもその前に!」
アデリーがワインをテーブルに置いて手を広げた。
「え? なに?」
どう考えても『ハグするから早く来い』のポーズだ。
「うふふ……イチってなんだかんだ言いつつ気にしてるみたいだから。
お礼にいっぱい味わわせてあげようと思って。 私の胸……好きでしょ?」
後ろ足を器用に使って高さを調整しているアデリー。今、俺を抱きしめると、ちょうど俺の顔がアデリーの胸にうずまるような高さだ。
「えっと、遠慮します」
「だーめ。」
「うぉ」
ものっそい速さでハグされ頬にフニョンフニョンを感じる。
……嫌いじゃない。
これは嫌いじゃないぞっ!
いや、むしろ大変結構だ! こんちくしょーめ!
理性をフル稼働する。
「ほらアデリー……ごはん冷めるから。」
「そうね! 折角作ってくれたんだもんね! あぁ、イチ! 愛してるわぁ。」
おっと。
もう愛まで来ましたか。何段飛ばしですか?
これは一層返事の返しようがありませんね。
上機嫌でテーブルの上の準備を進めるアデリー。
「あら? コレはワイン?」
「あ、うん。そうだよ。コッチにもワイン屋があったけど、見てても買い方とかよくわからなかったらから、コッチの店で買うのとの違いを聞きたいと思って。」
「あら。じゃあ、この間イチがプレゼントしてくれたグラスを用意しないとね。」
プレゼントしてませんよー。
ただ置いてっただけですよー。
一々突っ込みどころばかりのアラクネだな本当に。
……対面してると怖いから内心でしか突っ込めないけどさ。
ちなみにイスは一脚。
アデリーはイスを使わない。
来客用のイスに腰掛けフォークを手に取ると、アデリーが俺の持ってきたもう一つのフォークを微笑みながら取って壁に投げた。
フォークの行先を見ると綺麗に壁に刺さっている。
へー、フォークでダーツってできるんだな。すげぇ。
……
いや、違うわ。
なにしてんだコイツ。
「ちょっと何してんのアデリー。」
「ゴメーン手が滑っちゃったの。許して。」
と、可愛い子ぶって上目づかいで首を捻っている。
「フォークが一本しかないから仕方ないよね。
はい。イチー、ア~ンして。」
ナポリタンを俺の口に運ぼうとしている。
「とりあえずフォーク回して巻け。」
首を捻るので、フォークを取り返し実践してナポリタンを巻きつけてみせると、あーんと口を開けているアデリー。
白目剥きながら泣く泣くアデリーの口にナポリタンを運ぶ。
「んんんんっ!!! イチっ!貴方料理の天才よ。物凄く美味しいわ。」
「楽しんでもらえてなによりだよ……」
ダメダ。
きっとこの蜘蛛、俺がなんか食わせたら絶対同じ反応するだろ。おにぎりでもゆで卵でもなんでも。
アデリーで様子を見ようと思った俺が間違ってた。
まぁ……でもパスタはニアワールドでも受け入れられそうではあるだろう。
明日また作ってから女神の酒場に持込みして乾麺売れるか聞こうっと。
「そうそう。アデリー。
糸の事を教えてくれる?」
「あら。私の事を知りたいのね嬉しいわ。なんでも聞いて。うふふ。」
アデリーの話は必要以外の情報が多かったので糸に関する事だけを要約すると、糸は火であぶれば切れるそうだ。
そもそもの話として、アデリーはアラクネの中でも上位種らしく他のアラクネよりも質の良い糸が出せるとの事。
さらに俺に渡したカッチカチ糸は『特別気合入れて出した』らしく、普通より強くて当然なんだと。
ただ気合を入れるとお腹が減るからほどほどの固さ以外は、あまりやりたくないらしい。
「今なら愛情も入るから、もっと強いの出るわよ?」
だって。
……ニコニコされて俺涙目。
「そんなに喜ばなくてもいいのに。」
と慰められて実際ちょっと泣いた。
ワインについては、量り売りで瓶売りは無いとの事。
金持ちは大樽をまるっと買って、その都度ガラスのデキャンタで楽しむそうだ。一般家庭は小さ目の木樽なんかに必要量を入れてもらって買うのだと。
アデリーはウイスキーよりワインが好きらしく、色々知っていた。ちなみに日本のワインの味は「ん~。薄くて弱い気がする」ってさ。オブラートに包んでいるけれど、ぶっちゃけ不評。
となれば方向を変えて、瓶やデキャンタをワイン屋に売るのはアリだな。
あ。歯ブラシ持ってくるのを忘れたと思い出しながら、アデリーご満悦の食事の時間は過ぎていく。




