30話 大きく稼ぐ為に考える。
本日3話目
頑張って眠ろうとしたけど……眠れない。眠れるはずがない。
だって……アラクネが俺にぴったりくっついてるんですもの。いやああ。これが命の危機なのねぇぇっ!
しばし生命の危機的な意味で気が高ぶって眠れない状態でモンモンと過ごす。
だが、よくよく考えれば、今の状況は既に詰んでいる事に気が付いた。
捕食者に抱きしめられてるんだもんな。死は一瞬だわ。
その事に気が付いた途端、意識が暗闇に沈みはじめ簡単に眠れた。
諦めってすげぇ――
--*--*--
瞼の裏がほのかに白色が刺し、ぼんやりと感じられる太陽の明るさ。
ある意味気絶や放心に近い状態で落ちた睡眠は思いの外、深い眠りになったようで、ゆっくりと目覚めに向けて頭が動きはじめ五感が少しずつ動き出す。そして感じる違和感。口の中をぬろりぬろりと動くような妙に気持ちいい刺激に甘い匂いが脳を刺激し、覚醒へスピードを上げてゆく。
?
……ぬろぬろ?
舌を動かしてみると何かが口内にある。
っ!?
口内!?
現状把握をしようと目を開ければアデリーの顔。
俺が起きた事を察したのか、アデリーの顔が離れていく。
「んふ。おはよ、イチ。
昨日は取り乱してゴメンね。」
「……おはよー……の、前に何してんスか。」
「え? おはようのキスだけど?」
「あ……そうっスね。」
当然のように話すアデリーを前に、俺が何を言っても無駄な問答になる気がしたので言葉を続けるのを諦めた。
「アデリーさんや。合意の無いキスも禁止です。」
「なんで?」
ダメだ。コイツ言葉が通じねぇっ!
「ふふっ、冗談よ。気を付けるわ。」
「自分がした覚えがない内に初めてのキスが済んでるとか何とも言えない気持ちになりますからね……以降よろしくお願いします。」
「はーい。
……ねぇイチ。ちなみにキスしたのは何回目だと思う?」
「………俺とアデリーがですか?」
「ねぇ。イチ。他の誰かとキスしてるの?」
やだこの子、めっちゃ目つき変わった。
首の傾き加減とか表情とか中々にホラー。アラクネ怖い。
「いや、えっと。してないです。はい。
それにアデリーとは今のが初めてでしょう?」
「ふふふ。残念でした。イチが起きたのは23回目のキスの時よ。」
とりあえず俺は、なんとなく汚された気がして両手で顔を覆う。
「ちなみに6回目から、私の胸を触ってきてたわよ? 気持ちよかったわ。」
……その感触は覚えておきたかった。顔を覆う両手に力が籠る。
アデリーは上機嫌で1階へと降りていった。
しばらくの間、ハンモックの上で何もする気が起きず茫然としていたが、こうしていても何も始まらないので一度ハンモックに寝っ転がり改めてどうするかを考える事にした。
アデリーはあからさまに好意を寄せてくれている。寝こみを襲われているのだから間違いない。
ぶっちゃけ好かれるのは有難いが、かえって面倒な事になり始めているような気もする。
……とはいえ、価値は未確定だがアラクネの糸の供給元。
活動拠点の提供者。各種支援者でもあり上半身は絶世の美人。
この人物との関係を切るかどうかと聞かれると切りにくい。
ただ怖いのは昨日今日のアデリーを見ていると、例えば『アイーシャたんペロペロ作戦』が成功してしまった時とか……一体どんなことが起こるんだろうか。
俺が殺されそうな気もするし、アイーシャたんまで殺されてしまいそうな気がする。
……いーやー! 引くわー。ドン引きだわー。
初っ端の協力者選び間違えたーー。
でも、過去はもうどうしようもない。人は未来に生きるんだ。俺もより良い未来の為に今日を生きよう。 アデリーに納得してもらいながらペロペロできるような状態に持っていけば、かろうじてワンチャンあるはず。
どちらにしろ一方的な捕食対象となっている現状は危険すぎるから、スペシャルギフトで対抗できる能力を手に入れる方が安心できる気もするし、能力を手にすればアデリーを恐れずに済むかもしれない。
という事は、やはり金。大金が欲しい。
結果、最優先は勇者との取引という事になる。
現状は
・アイーシャたんペロペロ作戦
・チョコレートください作戦
・靴下作戦
の3つが稼働しているが、しかし、これらは『日銭を稼ぐビジネス』であり『大金を稼ぐビジネス』ではない。しかもアイーシャたんペロペロ作戦に関してはマジックトーチ屋に商品を売りつけるという行為から完全に俺の趣味に変わっているしな。
あと12日後までに、白金貨を10枚集めようと思っても無理だ。
なので、当面は『勇者ぼったくり作戦』を最優先として処理を進めていく方が良いだろう。
作戦の詳細としては、
1に、勇者に異世界人(俺)の情報を知らせる。
2に、勇者からコンタクトをもらう。
3に、勇者に俺の能力は奪えないし利用できないと理解させる。
4に、勇者に高額商品を売りつける。
これを残り12日間で行う。
そもそもの話として勇者が12日の内にこの街に戻ってくるかどうかから確認が必要だ。勇者ありきの作戦だから勇者がいなければ作戦もクソもない。となれば、貴族街区や中央広場、ギルド、商業街区、雑貨通り様々な所で勇者の情報収集をする必要があるし、勇者と繋がりがある人間を探さなくてはならない。
さしずめ、現時点で最も有力なのは貴族街区の孤児からのエリート育成施設『栄育院』だろうか。
勇者達が見初めた孤児が居るのであれば勇者との連絡方法などもあるかもしれない。
と、なれば、栄育院に菓子を差し入れなんかも効果的かもしれない。
ニアワールドに無く、伝聞だけで異世界人、日本人と伝えられるような菓子なんかを大量にな。
で、その菓子は勇者の好物ですよと伝えれば、勇者に伝わる確率も高いだろう。
ただ、俺の居場所がバレるのは怖いから、連絡の中継には念の為ギルドを使った方が良いかもしれない。もしかするとギルドには勇者の連絡先とか陳情受付とかもあるかもしれないし。
できることから、コツコツと……か。地道に行きますかな。
まずは日本に戻って飯食って、ニアワールド衣装に着替える。
保管してあるチョコを全部持ってギルドと栄育院。アイーシャの時計は鞄に入りそうだったら持っていこう。
よしっ!
気合を入れて、ハンモックから起き上がる。
「イチー。朝ごはんよ。
一緒に食べましょ。」
アデリーがパンとスープ。卵と肉をもって部屋に戻ってきた。
「あ。ごめんアデリー。
俺は朝ごはんに米と納豆を食わないと気持ち悪いんだ。」
「へ~。じゃあ。ソレをここに持ってきて。」
あ。……コレ断れない感じのヤツや。
「はい。」
問答無用な雰囲気だったので指示通りにしようと思った。が、米を炊いてなかったので納豆だけ持って来るハメになった。
パンと納豆。
食い合わせが納得いかぬ。
アデリーにはまだ昨日の卵が残っているけど、戻ったついでに持ってきた卵を1パック渡しつつ、今日のおおまかな予定を話しておく。
ちなみに夜については「帰ってこれたら帰ってくる。」と言ったのだが、笑顔で
「ごめん。聞こえなかった」
「えっ? 帰ってこれたら帰って――」
「ごめん。聞こえなかった。」
「帰ってこれた――」
「ごめん。聞こえなかった。」
「か」
「ごめん。聞こえなかった。」
と、延々復唱されたので「晩御飯までに帰ってきます」という回答以外は用意されていなかったようだ。
アラクネ。
めんどくさい。
さ、勇者相手に大金稼げるだろうか。
念の為、大金稼ぎの腹案も検討しておこう。




