2話 異世界いきますか?
「おおおう おおおう おおおおおう」
「ん?」
ふにょんとも、ぽにょんとも、ぷにんともしない。
柔らかそうな『ん』の付く擬音が一切しないような感触が頬に押し付けられている。
例えるなら……そう。
ギリギリ?
かったい骨がグリグリ当てられてる感じがする。
しかも頭は、がっちり両手でホールドされて押し付けられているから、ここから逃げようもない。
「おおおう おおおう おおおおおう」
大げさな泣き声が真上から聞こえるから、おおよそこの骨の持ち主の爺に抱きしめられているんだろう。
爺は何が悲しくて泣き声を上げているのだろうか。
「……そ~ろそろ離してもらえると嬉しいんですけど~?」
「おおおう おお………お、おお。すまんかった。」
ようやく解放されギリギリ押し当てられていた俺の頬に擦り傷ができてないか撫でて確認しながら、元凶を見る。
「んん~~? ……神様?」
今さっきまで読んでいたネット小説は絵師の人が書いている作品という事もあり、挿絵が超豊富だったのだ。そしてその挿絵の中で描かれていた神様そっくりな人物が目の前にいる。
「おお! そうじゃともワシが神じゃ!
まさか先に言われると思わんかったわい。」
う~ん。うん?
……まぁ、よくわからん。
とりあえず情報収集だな。
「え~っと、その神様がケチな自分になんの御用で?」
「いやなに、『モニターの中に入れたらいいのに』と毎日5回以上1年もぼやいていた其方があまりに……あまりにも不憫に思えたのでのう。
ちょっと願いを叶えてあげたくなったのじゃよ。」
「…………で?」
「で? ……で? とは?
なんぞ気に入らんかったかの?
念願のモニターの中じゃ! 其方の願っていた世界じゃぞっ?」
周りを見回す。
白い靄と爺さん(神)だけだ。
目を閉じ首を振りながら答える。
「あぁ、そうですか。過分なお気遣い有難うございました。そうですね念願叶いました。じゃあ帰っていいですか?」
ただ棒読みのように伝える。
「な、なんぞ悪いことでもしたかのう?」
「いえいえいえいえとんでもない。おおよそ貴方から見れば羽虫のような存在の私に多大なお慈悲を有難うございます。あぁ、有難い。なのでもう帰してもらえますか?」
またも一息で返答する。
「ちょ、ちょっと待ってくれい。
嬉しくないのか? 念願じゃったのじゃろう?」
しばし考える。
読んでいた物語上、気さくで優しい神様ではあったけれど、あまり神様という存在を怒らせるような事をしても得にはならないだろう。非常に面倒だが、コミュニケーションをちゃんと取るような感じできちんと返事して、早く帰してもらってさっさと寝よう。
「わーいうれしいッス! すごいや神様。まじ感動です。
いやぁビックリ。どんな仕掛けなんです? あ、神パワーですね!
さっすがー。……で、どうやったら帰れます?」
あからさまに落胆して肩を落とす神様。
「良かれと思って……招いたんじゃがのう」
自分なりに頑張って褒め称えたつもりなのに少し悪いことをしているような気がする。なので神様に自分の言葉の真意を伝える事にした。
「確かにモニターの中に入りたかったですよ。
でも正しくは、ネットで見る物語みたいな幸せそうな所に行って幸せになりたい。っていうのが本心であって、ただ入ってワケの分からない空間に居たいってわけじゃないだけです。」
「なんじゃ~! それならそうと言ってくれればいいのにのう。意地悪なヤツじゃのう!」
神様は元気を取り戻したように見える。
「それはそれは言葉足らずで大変失礼しました。
で、帰してはくれるんですか?」
「あぁ、いいとも。
すぐに元の世界へ帰そうとも。」
帰れるようでホっと胸をなでおろす。
「ニアワールドにも行けるんじゃが、その気はなさそうじゃしの。じゃあ帰r――」
「おおっと。行けるなら行きたいですよニアワールド!」
神様の言葉を遮る。
ニアワールド。
さっきまで読んでいた物語の世界の名称だ。
よくありがちな中世のようなファンタジー世界。エルフやドワーフ、ケンタウロスやアラクネ、もちろんオークもいるし、オークが居れば姫も女騎士だっているし、それに剣も魔法も冒険だってある。
しかも人間は大体が善人、悪人がいても分かりやすいし美人イケメン率も異常に高い。
「おおっ! いいともいいとも! 送ってあげようとも、ニアワールドへ」
「あ。でも一つ聞きたいんですが、俺って勇者みたいな特典というかチートとかってもらえるんでしょうか? あと、日本に帰ってこれますか?」
「2つじゃのう。まぁ気にせんけどもな。
『特典』についてはダメじゃの。アレはワシのせいで不幸な目にあった者への救済じゃから。帰れるかどうか……ん~~……本当に向こうに行ってしまうと帰れんのぅ。」
帰れない幸せ……というか人や物事が単純な異世界ニアワールド。
落ち着いて現実世界と比較する事にした。
腕を組み、右手を顎に当てて30秒だけ熟考する。
そんな時間でちゃんと考えられるのかって?
俺の頭だと何か考えても結局一番初めに思いついた事が正しく思えるから、それがベストなんだ。下手に考えると最初に思いついた案のデメリットばかり出始めて動けなくなるんだよ。
だから長く考えても仕方ないんだ。
「ん。じゃあ帰ります。有難うございました。」
「えっ?
……なんで? 念願の街じゃろ?」
「いや、だって行ったところで寝床も無いし家も無い。食い物も無いし何より金が無い。
現実世界なら冷蔵庫の中に昨日の残りも入ってるし、コンビニだってスーパーだってありますし金だって困らないくらいはちゃんとある。一切の不足なくてさらに安全なんで、どっちに住む? って言われたら、そら決まってるでしょ?」
「う……、まぁ確かに……そう言われると……そうじゃのう。
でも、ニアワールドはワシの自慢の世界じゃぞ?
一時期は辛くとも、そう不幸な目には遭わんし何とかなると思うのじゃが。」
「一時期辛い期間があるだけで不可ですよ。
いつでも元の世界の自分の部屋に帰れるっていうくらいなら、ちょっと見てみたいとは思いますけれども」
「むむむ……」
渋い顔をしている神様。
俺はただただ突っ立って見ているだけ。
「ん~…………じゃあ折衷案ちゅーことで其方がどちらかに住むか決めるまでは、どちらへも行き来自由。ニアワールドで住処を見つけたら、その時にどっちに住むか決めるって言うのはどうじゃ?」
「流石神様! 俺の一番嬉しい答えを用意してくれるなんて。
……あ! そうか! 神様だからこういう流れになる事は分かった上で会話を楽しんでたのか!
そうか、そうだよな……人と話す機会もそうそうないんだろうし会話をしたかったのか! なんだ!それならそうと言ってくださいよ!」
「……ま、まぁそうじゃの。」
「…………ですよねー。」
『あ。違うな。』と思いつつ、余計な事は言わないに越したことはないので黙っておく。
「それじゃあ、とりあえずニアワールドへ送ることにするぞい。」
「よろしくお願いします。」
軽く瞬きをした瞬間、俺は山の麓のような坂道に居た。




