23話 孤児院に葡萄をプレゼント。
女の子に先導してもらっているけれど、やっぱり土地鑑がまったく持って皆無な為か、すでに自分が今どこにいるのか分からない。
アデリーの家とアイーシャの働いている店舗は徒歩3分もかからないし、そのアデリーの家を出て10分くらいしか歩いていないにも関わらずだ。
「さながら迷宮だよな。」
俺が呟いたことで振り返って不思議そうな顔でこっちを見る女の子。
とりあえず笑顔を作ると、にっこりと笑顔を返してきた。
かわいいのう。
あと5年もすれば、さぞ良いペロペロ対象に成長することだろう。うんうん。
なんて事を考えていると並び立つ建物の中で、長くて大きな建物の前に女の子が立ち、俺に手を振ってから入っていった。
隣の男の子を見ると、俺を見て頷く。
どうやらこの建物が孤児院のようだ。
住宅密集地に紛れこむように建っていて、周りを見ても同じような佇まい。だけれど4倍くらいの大きさがありそうな建物。
男の子も入っていったので後をついていこうとすると、先に入った女の子が30代に見える女の人の手を引いてきていて、女の人は見慣れない俺の姿を見て少し戸惑った様子をみせた。
俺も山羊っぽい女の人は初めてなので、かなり戸惑っている。
獣人も種類が多いのねぇ。
とりあえず盗撮だ。
「あぁ。えっと。突然すみません。
私はイチと申します。
ひょんなことから中央広場で葡萄を買い過ぎまして、彼らに運ぶのを手伝ってもらったお礼に不要な分を分けてあげようと思ったのですが、そう言ってみてもまったく受け取ってもらえなかったので……ここに来れば受け取ってもらえそうな感じがしたので案内をお願いしました。」
「え? あの。葡萄を……ですか?」
何言ってるの? 的な感じがする。
確かに銅貨1枚。1房1000円くらいの高めの果物だものな。
「えぇ。1つでも十分だったのですが、情けない話ですがいい格好しようと調子に乗ってしまいまして、つい買いすぎたのです。私の分はもう腐らせてしまうかもしれないギリギリの量を取ってありまして、このままだと残りは捨てるか腐らせるかになってしまうので、お邪魔かもしれませんが受け取ってもらえると有り難いです。」
「は、はぁ。あの。
……そういう事でしたら有り難く施しを頂きます。
バブ、サフナ。食堂へ持っていってくれるかしら?」
男の子は走り出し、女の子はとても良い笑顔で俺に葡萄を渡してほしいとねだるように手を向けて広げているので、あまりの可愛さに盗撮しつつ女の子に葡萄を渡し、山羊っぽい女の人へと向きなおる。
「突然お邪魔しました。
……ただ一つ困った事に、このままだと迷ってしまって帰れなさそうなんです。
雑貨通りへはどう行ったらいいか教えてもらえないでしょうか。」
頭を掻きながら少し気恥ずかしく問いかけると山羊の女の人はクスリと笑う。
「良かったら私がご案内しますよ。
ここからは下水道も近いですし、そっちに迷ってしまってもなんですからね。」
「すみません。お手数をおかけします。」
山羊のお姉さんが隣に並び、少し先導してもらいながら歩く。
「私はこの街に来て日が浅いんですけれど、昨日の夕暮れに迷ったところを男の子3人組に助けて頂きました。その時に菓子をあげてしまったんですけれど、良かったんでしょうか?」
「3人組? ……あぁ。あの子達は。ふふ。
なかなか言う事を聞いてくれない子達で。ええ。大丈夫です。
あ……菓子。 ……あの黒くて甘い物ですか?」
「あ、ご存じでしたか。」
「えぇ。誇らしげに私に一つくれましたので。
あんなに高そうなお菓子を有難うございました。」
深々と礼をされる。
「いえいえ本当に困っていたところを助けてもらったお礼だったので……問題ないのであれば何よりです。」
「あの後、あのお菓子のおかげで戦争が起きましたわ。ふふふ。」
「えっ? あ。それはすみません。」
「いえいえ。とても楽しかったです。」
てくてく歩く。
「そういえば昨日助けてもらったのも、下水道の方に向かおうとしたら止められたのですが……下水道の方には何かあるのですか?」
「あ、はい。まだご存じないのですね。
下水道では作業要員として人型のモンスターが使役されています。」
「モンスターですか!? この街中で?」
「はい。制約がかけられているらしく無害ではあるのですが、何しろゾンビやグールといったモンスターですので普通の方は見るに堪えないでしょう。特に子供には恐ろしく見える場所です。
まぁ……それ以前にニオイがもうヒドイものでして……」
うわぁ。
下水の中で働くゾンビ想像しちゃった。
なんというかオークの肉に下水で働くゾンビと、初期の頃のモンスターは『うまく使われている』世界になっているんだな。
下水道に向かうのを止めてくれて有難うトンチンカン。
「この道をまっすぐ進むと雑貨通りへ出ます。」
「あぁ。有難うございました。ほんとに助かりました。」
「いえいえ、こちらこそ贅沢な果物を沢山いただき有難うございます。」
「よかったら、コレは案内頂いた御礼です。」
鞄からむんずとチョコレートを半分取り出し山羊のお姉さんに渡す。
「え? あの……こんなに沢山いいんですか?」
「えぇ。まだ帰れば売るほどありますんで。
昨日戦争に負けた子達にでも分けてあげてください。
あぁ、その菓子は『チョコレート』っていう菓子なんです。」
「有難うございます! みんな喜びます!」
山羊のお姉さんは何度も振り返って礼をしながら帰っていった。
もちろんその姿も盗撮する。
下水のゾンビも撮影したら夏向けの心霊写真とかの需要がありそうだな。
……いや、思っただけ。
臭そうだし、怖そうだし、ゴメンです。
さて、まだ15時半。
『アイーシャたんペロペロ作戦』にするか『チョコレートください作戦』するか。
…………
悩むまでもない。これはもう『アイーシャたん』一択に決まってるな。
アイーシャたんの居る店に向かう事にした。




