21話 立場と力関係は必ずしも比例しない。
知識のある人はやり難い。
だが味方に付ければ心強い。
加藤さんと俺を比較すると、社会的な立場で考えれば俺の方が確実に強い。
なんせ一社員と社長だ。
名ばかりとは言えど、親父の言いつけで元々持たされていた分の株式と、親父から相続した株式で会社自体は俺の物と言ってもまったく過言ではない。
中小の小規模の会社だし、いわゆるワンマン経営の会社……実質はオバちゃんの剛腕で成り立ってる会社だけれども、会社方針の決定権は法的には俺が持っている。
が……社内においての力関係では加藤さんの方が発言力がある。
だって実際のところ俺、働いてないし。
所詮……書類上の権力だし。
会社なんていうのは『船』みたいな物だ。
船の中で操作し動かす人がいなければ沈むだけ。
オバちゃんは船長。加藤さんは言うなれば航海士。
で、俺は乗客として乗ってる船のオーナー。
既に航海に出ている船だとすれば、誰の発言力が大きいかくらい何も言わなくてもわかるだろう。
「ごめんなさい嘘つきました。CGは嘘です。
信じてもらえないかもしれませんが俺の家の近くにそんな撮影スポットが最近出来ました。
で、そのスポットの方々の写真で、その人達は文句言ってきません。絶対に。」
「そんな事はどうでもいいんですけど……すごい綺麗な人や、イケメンが多いですよね。」
写真を次々変えながら流し見して屋台のにーちゃんの映った写真で止める加藤さん。
「このイケメンを紹介してください……」
「ムリです。」
「じゃあ、やりません。」
……
「お願いします。」
頭を下げる。
「冗談です……半分。
で、この方たちからクレームは無いんですね? というよりも、あったら社長が責任取るという事で良いんですね?」
「はい。問題ありません。
販売するサイトや値段の付け方はお任せします。安くてもいいので売れそうな値段をつけてください。
登録は会社名義でもいいですし、表に出すのは自分の名前にして頂いても構いません。一切をお任せします。」
「分かりました。
このイケメンの写真がもっとあるなら頑張ります。」
「善処します。」
返答を聞き、じっと見てくる加藤さん。
「……絶対撮ってきます。」
「頑張りますっ!」
「後、加藤さん。
この方達なんですけど、もっといいカメラで撮った方がいいかな? とか思うんですけど、カメラって経費で落とせます?
あと、この人達に差し入れするといい感じに撮らせてくれそうな気もするんで、そういったお菓子代とか。」
「イケメンの写真次第でしょうか。」
「おおぅ。
……ちなみにですが……どんな感じの写真が良いんでしょうか?」
「笑顔をこっちに向けてくれてたりとか……いや、逆に冷たい感じとかもあると……いいですねぇ。」
妙にニヤニヤしながら答えている。
しばらく経費関連は写真と共に交渉する必要がありそうだ。
まぁ、今のデジカメでもしばらくはイケるだろう。
目に付くイケメンを取りまくればいいんだろう?
チッ……やる気でねぇなぁ、まったくよう。
卵とかチョコもしばらくの間は貯金を崩す方向でいこう。
ただ、レシートだけは確保決定だ。
「あ。そうそう工業試験場から1週間くらいで糸の強度の検査結果取りに来い的な連絡あると思うんで、もし、会社に連絡あったらメールください。自分で取りに行きますんで。」
「はい。分かりました。」
とりあえず用件は済んだしな。
……大人しくイケメンの写真でも撮りにいこうかな
愛想ふりまいて笑顔にさせたりしなきゃいけないのか……溜息しかでねぇ。
屋台のにーちゃんなら、いっぱい買えば笑顔くらいしそうだし……とりあえずめちゃくちゃ買ってみるか。
折角稼いだ金を男に貢ぐのか……気分乗らねぇなぁ。はぁ。
「それでは、私! イケメェンの写真を撮影に行ってまいります!」
「超頑張ってください。」
後ろ髪まったく引かれず会社を出る。
帰り道、見かけた服屋に寄って安い靴下の男物、女物を選別して購入し、ついでに酒屋にも寄ってチョコとウイスキーを追加購入し、さらにショットグラスを100均で購入。
酔ったアイーシャたんハァハァとか考えてないんだからね。
その他にもアデリー用に卵を4パックなど、諸々買い物をしていると、あっという間に昼になっていた。
お腹が少しすいてきたので悩む。
現実で食い物食うより、ニアワールドで食おう。
その方が節約になる。
家に着き卵3パックを冷蔵庫に入れ、1パックを手持ちして安物チョコが鞄に入っているのを確認。
ニアワールド衣装に着替えて、アプリを起動する。
「あ。」
出てきた映像を見て一瞬止まる。そういえばアデリーの部屋だったんだった。
顔を突っ込み見回すが部屋にはいないようだ。
「お昼時なのに外出?」
とりあえず、ぬるっとアデリーの部屋に入り卵をテーブルの上に置いておく。
そのまま階段を下りると、店の方から話し声が聞こえてきたので顔を出してみる。
どうやら知らない奥様と談笑中だったようで、すぐに俺に気が付くアデリー。
「イチったら随分お寝坊さんね。」
「あ、うん。ごめんなさい。
おはようございます。」
「おはよ……って昼だけどね。」
いや、俺だってもうかなり前に起きて行動してんぞ?
反射的に謝っただけだぞ?
「えっ!? うそ、アデリー。ちょっと! そういう事なの?」
「うふふ。どういう事かしらね?」
なにやらキャッキャウフフな会話が始まりそうな気がするので、とりあえず用件だけ伝えておこう。
「あ~。ちょっとだけお邪魔しますね。すみません。
アデリー。卵はまたテーブルに置いておいたよ。
あと、コレ。例のソックス。
これに関してはもうぜーんぶアデリーの好きにしてもらっていいから、お願いできるかな。」
「あぁん。イチ! 卵ありがとう! すごく嬉しいわ。
ソックスもわかったわ。」
「じゃ、すみません。
お邪魔しました。」
「あ、ねぇイチ。
今日の戻りは?」
……えっ?
俺……戻ってこなきゃダメな感じ?
……まぁ……確かにあんまり出入りするのは見られない所の方がいいだろうし……うん。まっ、いっか。
「夕方過ぎには戻ると思います。」
「そ。わかったわ。」
ヒラヒラと手を振るアデリーと『イイネタキター!』的な顔をしている見知らぬ奥様を背に中央広場へ向かう。
なんせアイーシャたんペロペロ作戦の前に、加藤さんの『やる気の元』を仕入れなきゃだからな。
いや……それよりもメシが先だ!




