20話 あ、アラクネ晩御飯!
「ねぇイチ? 私はそんなに鈍感でもないわ。」
「……え~っと。 と……言いますと?」
俺の手の上に置かれたアデリーの手は、優しく俺の手を握る形へ撫でるながら変わっていく。
「会って間もないのに熱心に来て……それに色々と珍しいプレゼントをくれる。
……なにより私にイチの大事な秘密を教えてくれた。」
撫でられていた手が、いつのまにか指を絡ませる形へと変わっている。
「ねぇ。イチ。
……貴方は一体私に何を望んでいるの?」
アデリーは空いている右手で頬杖をついているが、その手の小指は唇に触れ悩ましげな雰囲気を醸し出している。
コレは……アレだよね。
『口説きなさいよ』的な感じだよね。
…………
……
美人でセクシー。
そんな人が口説け的な空気作ってくれるなんて、きっと生涯無いことだろう。
……まぁ蜘蛛だし。
人じゃないからノーカンなんだろうけど。
ハードルたけぇよ……クモ。
いや、美人だよ?
う~ん…………
右手が掴まっているので、左手を顎に当てて短く考える。
よし! なんかわからんが、とりあえず口説かないで仲間にする方向で。
「そうですね。
確かに裏があって当然なくらいかも知れませんね……正直その通りですから。」
「私に一体何を期待してるのかしら?」
恋人繋ぎの絡まった指で手の甲を撫でてくるアデリー。
触れ方が妙にエロイです。
誘惑に負けるな。食われるぞ! リアルに!
「実は協力者が欲しいんです。」
「協力者?」
首を捻るアデリー。
「えぇ。俺はお金を稼ぎたいと思ってますが、いかんせんこの街の事を知らない。情報が足りないから動こうにも、どう動いたらいいのかも見えない。
なのでそういった事を教えてくれる人がいたら良いなぁと思っていたんです。」
「へぇ。……で、その相手に私を選んだって事なのね?」
指で指をずっと愛撫されてる。
妙に気持ちいい。
この蜘蛛。テクニシャンだぁ。コワイよう。
「人間でなく、なぜアラクネの私なのかしら?」
もっともな疑問。それはその通りだ。
ぶっちゃけ成り行き……だけど『成り行き』とは面と向かって言いにくいな。
イイワケを考えていると、アデリーが囁く。
「ねぇ。イチ。 貴方の目に私はどう映っているのかしら?」
「そりゃあとても綺麗な人に見えます。」
これはもう即答できる。
実際即答した。
手が離れ、小さく笑いながらアデリーがテーブルから後ろに下がり、少し横を向き蜘蛛の足を上げる。
「人の姿の部分はそう見えるでしょうね。
……でもコッチはどう?」
「……正直なところ、怖いですけど……それもひっくるめてアデリーなんだと思えば、そこそこ和らぎます。」
少しの間だけ俺を見つめてから、小さく笑うアデリー。
テーブルに戻り、またも俺の手に手を添える。
「イチ。貴方……変わってるわね。」
少し嬉しそうに笑うアデリーの様子を見て、なぜアデリーを選んだのかという理由が思いつく。
「あぁ。そうだ。アデリーを選んだ理由なんですけど、アデリーが『先輩』ってのも大きいですね。」
「先輩?」
「はい。こっちの街で商売をやっている先輩。
それも人じゃないのに、人柄で人に対して商売をしている凄い先輩。
だから色々教えて欲しいと思ったのかも。」
楽しそうに笑い出すアデリー。
「ふふふ。それなら仕方ないわね。
先輩として色々と可愛い後輩に教えてあげなくちゃね。」
「ええ。 もし良かったら宜しくお願いします。」
「いいわよ。
あなたの協力者になってあげるわ。ふふふ。
まずは……えっとアレね。なんだっけ? 私が配るヤツ。」
「……ソックスですか?」
「そうね。セックスね。」
ギュッとテーブルに押さえつけられる手。
「あのー……アデリー先輩? もしかして酔ってらっしゃいますか?」
「ぜーんぜん酔ってないわよ~。」
そう答える奴は大体すでに重症だ。
まともなら『ちょっと酔ったわ』位の返しのもんだ。
「さぁイチ君。優しく指導してあげるわよぉ!」
即、左手で携帯を取り出しアプリを起動する。
「有難うございます! でももう夜も遅いので、今日はこんなもんでお暇しますね。ご指導はまたの機会という事で! それではっ!」
強引に脱出しようとすると、意外と素直に手を離してくれた。
「あぁん♪ いじわるねぇ。」
追いかけようとはしてないので、とりあえずアデリーに向き直って礼をする。
「じゃあおやすみなさい。センパイ。
散らかしたままですみません。」
「は~い。いいのよ。おやすみ。」
ひらひらと楽しそうに手を振っている。
とりあえず悩ましげなその姿を盗撮してから自宅に戻った。
自宅へ戻り大きく安堵の息をつく。
あやうくアラクネに食われるところだった。
……違う意味で。
というかどうやってヤるんだ? アラクネって。
でもアッサリ帰してくれたし、存外からかわれただけなのか? いや、うーん……
そんなことを悶々と考えながら、とりあえずカメラのデータをPCに移しアデリーの写真を眺める。
うん。
上半身はエロい。
非常にエロスである。
悩ましい。
いや待てよ……上半身だけでも色々できるじゃないかっ!!
あぁっ! 今更ながらなんかもったいない事した気分になってきたぁ!
またも悶々としながら夜は更けていくのだった。
--*--*--
目を覚まし、昨日は結局何もする気になれず米を炊くタイマーのセットすらしていなかったので、ぼけっとしながら米をとぎ高速炊きをセットし今日は何をするか考える為、腕を組み右手を顎に当てる。
異世界ではモノさえあれば売る事は可能だ。
アデリーに卵ワンパック200円を銅貨2枚で売っても大喜びされるだろう。
現実で仕入れた物は倍以上の価値になるくらいは最低限と思っていい。非常に売り易い。
となれば問題となりそうなのは、やはり現実の『仕入れ』その元手となる現金の確保が課題になるだろう。
写真販売サイトについては、まだ登録していないが、もし現金収入になったとして個人で行った場合のネックは収入に対しての税金。これがかなり面倒な事になりそうに思える。
となると利用したいのは取締役の役職を持っている法人を使うのが良いだろう。
写真含め、利益になりそうな商材は会社へ流す。
会社は俺の渡した商材から利益を得て、その歩合に応じて俺に現金のバックマージンをする。
取締役だから役員報酬をいじるのは難しいから、経費での利用になるだろうが、収入が上がった分経費が増えてもおかしくはない。
会社にすれば、降って沸いた利益になるだろうから万々歳だ。
定期的に利益が上がるようであれば役員報酬の額面のアップを考えれば問題ないだろう。
卵やチョコなんかの売る為の食材についても、写真を取る為のモデルさん達への差し入れとか、消耗品や交際費の役割で落とそうと思えば経費として不自然な点は無いしきちんと処理できるはず。
可能な限り俺の腹を痛めず会社の経費として仕入れの元手を回収。
俺は異世界で異世界の利益を得て豪遊。
会社は異世界のモノで利益を得る。
これが理想的な循環だな。
よし! ここまで決まれば、まるっとオバちゃんに相談だ。
メシの後、選り分けた写真をUSBメモリにまとめて会社に行くことにした。
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「ふぅん……なんだかよくわからないけど加藤ちゃんと相談しな。加藤ちゃーん!」
加藤ちゃんと呼ばれた今年27才になる女性事務員がやってくる。
雑居ビルのワンフロア―を区切り、商材置き場と事務所にしている狭い会社。役員室も何もなく風通しが良すぎる社風なので、呼ばれた加藤さんは立って数歩歩いてくるだけ。
俺が剛腕のオバちゃんに話していた事も聞き耳を立てずとも聞こえる距離だから、きっと理解しているだろう。
「ゴメンね。社長の話を聞いてあげてもらえるかな。
何となくは理解したんだけど、こういう話は加藤ちゃんの方が詳しいと思ってね。」
責任を背負いたくない気持ちから『取締役』と言っていたが俺の役職は『代表取締役社長』。
もちろん名前だけの『社長』なのだ。
親父が死んでから会社の代表職はオバちゃんに任せようと思ったけど『私は社長なんてやらない』と一蹴され、オバちゃん以外は事務員さんしかいないし俺しかやる人がいなかっただけなんだけれどね。
責任が絡むから、俺だってやりたくはないけれど、プラプラして金を貰っているのだから、これくらいの重圧は仕方ない。
「すみません加藤さん、お時間を取らせてしまって。
パソコン使いたいので加藤さんのデスクに行きます。」
オバちゃんに軽く一礼して加藤さんの席へ向かう。
名ばかりの社長だけれど会社に来る時は差し入れを持ってくるようにしているから関係は良好だ。
ちなみに加藤さんは経理も兼ねているので差し入れの品にかかったお金は、会社の福利厚生費で落としているのがバレているから、ぶっちゃけ少しやりにくい。
「で、私は何をしたらいいんでしょうか? 社長。」
「えっとまずは、写真販売サイトとかで私が撮影してきた写真を登録して販売して欲しいんです。
販売する写真はコレに入ってます。」
USBメモリを渡し、加藤さんがPCに差し込み中身を確認し始める。
次々と写真を切り替えながらどんどん目を通していくので声をかける。
「人も写ってますけどCGなので肖像権とかは問題ないです。」
加藤さんは俺の言葉を聞いてすぐにファイルのプロパティを呼び出し確認する。
その後、俺をチラ見してから『なぜそんなソフト入れてあるの?』と思わずにはいられない『画像の詳細情報確認アプリ』に画像ファイルをぶち込んで、更なる詳細を確認し始めた。
「あぁ……」
優秀な人だとは思っていたが、そういうのは後でこっそりやって欲しかった。
きっと肖像権なんかの問題が起きた時の為の転ばぬ先の杖なのだろう。
撮影日時、撮影機器のメーカー名、撮影機器の名、画像解像度、シャッター速度、絞りなど、次々と詳細が表示される。
ソレを表示したまま
「凄いCGですね。」
と加藤さんはニッコリ笑った。




