19話 生卵! お前はいい仕事しやがる!
「生なら生って言ってよねっ!」
「すみません。生です。」
「もう。汚れちゃったじゃないの。
それにちょっとこぼれちゃったし……もったいない。」
「あの……アデリーは生でも大丈夫なんですか?」
「そりゃあ私アラクネだし大丈夫は大丈夫だけど、あんまり経験ないから……ん~~大丈夫なのかな?」
「俺の国だと生が基本なんで、問題は無いはずなんですけど……どうでした?」
「そっか……ちょっとびっくりはしたけど……」
口まわりに垂れたデロンデロンと、手に残っているデロンデロンを飲み始めるアデリー。
「……うん。美味しいわ。」
「生も……好きですか?」
「うん。生……好きかも。」
「アデリーは生が好き。っと」
おや?
おかしいな。
生卵の話だよ?
なのに微妙に脳みそがピンクになりそうな気がする。
ちなみにシャッターは連続で切りまくっている。
ここで不意に疑問が浮かぶ。
卵を貰ってすぐ齧ったって事は、きっと受け取る時には既にゆで卵になってるって事だ。
「アデリーは卵はどうやって手に入れてるの?」
手をチロチロと舐めた後、手拭を用意し拭きながらアデリーが答える。
「私は大っぴらに外出しにくいナリだからね。
毎朝持ってきてもらってるのよ。毎回料理するのも面倒だし殻も食べたいから最初からゆでた形でお願いしてるってワケ。」
つまり配送料と調理費込みで3個銅貨約2枚か。
ステーキとかは家で焼いたんだろうし料理はするんだろうけど、ゆで卵は作ろうと思うと湯を沸かしたり時間もかかるし面倒だからな。
「そのお肉とかパンもやっぱり運んでもらってるの?」
「あぁ。これはご近所さんの代金の代わりよ。
私が糸を編んで布を提供して、で、ご近所が持ち回りで食事を私に提供ってワケ。」
「トーリさんとか?」
「そ。
他にも必要な物はお願いしたりするわけ。
ちなみに料理もご近所さん任せよ。」
「……あぁ。アデリーは料理しないのか。」
「あら、褒めてあげるわイチ。
そう。『しない』のよ。できないわけじゃないわ。持ちつ持たれつってね。」
ニコリと微笑んだ。
そして、デロンデロン騒動で慌ててテーブルに置いたもう一つの生卵を手に取り、俺に見やすいように持ち上げる。
アデリーは目を閉じ、短く何かを呟くと手にもっている卵が火に包まれる。
「おっ! ちょっ!! なにしてんのっ!?」
「あはは。そんなに慌てる事ないでしょイチ。アハハ!
ただの魔法よ。殻ごと焼いてるだけ」
おおっと。焼き卵ですか。卵焼きなら知ってるけど、これまた斬新な料理で。
「ね。料理できるでしょ?」
「あ……ええ。
……でもそれ……美味しいんですか?」
微妙に焦げた卵の殻。
アデリーは、焦げ焼き卵と俺を交互に見ている。
「はい……イチにあげる。」
「……あざっす。」
卵の殻を剥くと食えそうな感じだった。
卵の殻をテーブルの上に置くと、アデリーがちょいと横取りして食べる。
そして口に入れた瞬間しかめっ面をして新しく生卵を食べ始めた。
料理……できないんじゃね? とは思うだけにしておいた。
--*--*--
「はい。イチ。あ~ん。」
「あ~ん」
切り分けられた肉が俺の口に運ばれてくる。
きっとコレ……オークだろ?
何となく肉の固さで想像できる気がする。
別に『あ~ん』」はイチャイチャしているわけじゃない。
ステーキを食べるフォークとナイフが一対しかなかった故に『あ~ん』が強制されているのだ。
アラクネに抗える気もしないので、されるがまま食べているのだ。
肉を飲みこみ、濃くなった口の中を中和する為に、かったいパンを歯で千切り、もっしゃもっしゃと顎をよく使って食べる。
アデリーには米を食べてもらっている。
合うかどうかの確認の意味もある。
「この米って言うのもニオイが少しあるけど、甘くておいしいわね。お肉にも合うわ。」
「生卵と調味料をかけると米はもっと美味しいですよ。」
「へ~。」
すぐに生卵を取り出し、少しかじってその中身をご飯にかけるアデリー。
残った殻はボリボリ食べてる。
斬新な卵の割り方だな。
「調味料ってあります?」
「塩くらいならあるわね。」
「じゃあ、塩をかけるかステーキのソースをかけるかして混ぜて食べると美味しいですよきっと。」
ご飯と生卵を混ぜてそのまま食べてみるアデリー。
「私このままでも結構おいしいと思うわよ。」
「うん。じゃあそれでオッケーって事で。」
お互いに知らない食材を前に、そこそこ楽しく食事の時間は進んでゆく。
俺は顎が大活躍するメインを食べ終え一息つく。
アデリーは既に生卵を7つも食べていた。
生卵の食べ方にも慣れたようで、食べ方は、少し齧って、飲んで、残りをボリボリ。
……ワイルド。
アデリーも満足はしているようで、いい笑顔をしている。
白目が無い目や複眼にもなんだかんだ慣れてきた。
「ねぇ、アデリー。
その酒『ウイスキー』ていうんですけど、それも口に合うか知りたいし少し飲んでみない? ただ、すごく強い酒だから注意してね。」
持ってきたグラスを二つ並べる。
酒は一緒に飲む方が気楽だろうと思って……まぁ、自分が飲みたいってのもあって持ってきたんだけども。
酒瓶は既にアデリーの手元にある。
「あらぁ? 素敵なグラスまで用意して、アラクネを酔わせてどうするつもりなのかしら?」
「いや、どうもしませんけど?
それ捻ると蓋が開きますからね。」
あからさまにつまらなそうな顔に変わるアデリー。
「はぁ~……イチ、つまんなーい。」
蓋を開け、ウイスキーを注ぐアデリー。
グラスは小さめの物を用意したが、あからさまに注ぎ過ぎな感があり慌てて「少量で少量で」と止める。
「かんぱーい!」
「はい、どうも乾杯。」
舐める程度に味わいながら、アデリーの様子を見守ると結構勢いよく口に入れた。
そして口に含んだまま目を見開いて慌てている。
「だからキツイ酒だって言ったでしょ?」
「ん~~~! んーーー!!」
涙目になりながら口の中のウイスキーと戦っているアデリー。
「はいー。ゴックンしましょうね~。
どうしてもダメだったら『ぺっ』しなさいな。」
と、子供に言うように伝えたら、なかなか癪に障ったのか不機嫌そうになりながら全部飲みこんだ。
「うっはぁーーっ! なによこの酒!
キツイどころか、とんでもないじゃない!
こんなのドワーフくらいしか飲めないわよっ!」
「あー、合いませんでしたか。申し訳ない。
というかアデリーは一気に飲み過ぎなんですよ。少しずつ舐めるようにチビチビ飲めば、おいしいですから。
ドワーフってやっぱり酒好きなんですね。」
「ドワーフはきっと好きよ……コレ。
私は……う~……おいしいのかなぁ? まだわかんない。」
チロチロとグラスに残ったウイスキーを舐めるアデリー。
とりあえず盗撮。
舌がエロイ。うん。
……ドワーフが好きそうならウイスキーを餌にアイーシャたんペロペロ計画たてるかな?
「ねぇ。イチ。さっきから気になってるんだけど、その四角いのは何なの?」
「あぁ、コレは……なんといいますか、俺が記憶しておきたい事を忘れにくくする道具です。はい。」
カメラの詳細を説明する気はないのだ。知られてしまえば盗撮できなくなる。
「へぇ……。
記憶しておきたい……か。」
ウイスキーをチロチロ舐めるのをやめて、アデリーはじっと俺を見つめた。
なんとなく視線が怖い気がするので誤魔化すために鞄から安いチョコを出しテーブルに置く。
アデリーには高い物を渡してあるが、チョコはウイスキーのつまみに合うので自分用にするつもりで一掴み出したのだ。
1個包みから取り出し食べ口に広がるチョコを楽しみ、ウイスキーを一口飲む。
ウイスキーの強い香りに押されながらもカカオが混じり、甘みと辛さが心地いい。
「ねぇ。イチ。
私もソレ。食べてもいい?」
「えぇ。これでよければ構いません。」
もう一つ食べようとチョコに手を伸ばすと、その手の上にアデリーが手を添えてきた。
アデリーを見ると、頬杖をつきながら俺を見ている。
……おや? これは……もしや?




