18話 突撃! 隣のアラクネ晩御飯
蜘蛛って肉食だよね。
1階は店舗と物置とトイレとか水回りがあり、2階が居住区らしくアラクネのアデリーが階段を上っていくのを後ろから見ている。
女の人が階段を上がっていればお尻を見るのが楽しみになるけれど、今、目を上に向けても完全に人サイズの蜘蛛しか見えねェよ。
……コエー。
うろ覚えと一方的なイメージだけど、確かぐるぐる巻きにして齧ったり、溶かして吸ったりするヤツとか居たよね蜘蛛。
「はーい。私のお部屋へようこそー。」
「お邪魔します……」
戸を開いて入ると、部屋の中で薄く笑っているアデリー。
なに? コエー。
「ふふ……別に取って食いやしないよ。
私はちゃーんと人間寄りのアラクネだからね。」
心配していたズバリを言われて微妙に安心……ん?
安心できないよね?
人間寄りって事は『人間寄りじゃない』アラクネもいるんだよね?
「えっと、すみません。
俺はアラクネさんの事は全然知らないんですけど、人間寄りと人間寄りじゃない方がいらっしゃるんですか?」
アデリーは自分の髪を触りくるくると指に巻き付けながら変な顔をしている。
「イチは本当に何も知らないの?
……まぁ、その方がいいか。
簡単に言えば人間の敵みたいなアラクネもいるって事よ。私は街に住んでる事からも分かるように、人間の友達。」
ニコリとほほ笑む。
うーん。白目が無いのもなかなか慣れないし、複眼もまだ慣れないな。
だがとにかく美人&セクシー。
これは重要な事だ。
「分かりました。
じゃ、もし人間寄りじゃないアラクネさんに会ったら逃げる必要があるんですね。
アデリーさんと接する感覚で近づいちゃいけない。と」
「そうね。食べられちゃうからね。ポリポリと」
「おぅ……」
今アラクネが目の前にいるんですが?
アデリーは人を食べないと言われても、人に慣れた熊が目の前に居るような気持ちになりますよ?
一度アプリを起動できるか確認しておこう。
とりあえず部屋を見回す。
テーブルには、卵が1個と山盛りのパン、そしてステーキが置かれている。
一人で食べる量としては多そうに見える。主に肉が。
あと棚とか箪笥っぽい物や水桶なんかはあるけれど、ベッドは見当たらない。
代わりに蜘蛛の糸で作ったっぽいハンモックが壁にくっついている。
「うぉう。」
一通り見回していると、またアデリーの顔が近くにあった。
だからパーソナルスペース教えようか?
「あんまり、乙女の部屋をじろじろ見ないで欲しいんだけど?」
わざとらしく照れたように両手を顔に当てながらくねりくねりとシナを作るアデリー。
捕食されそうになったら、それはもう一瞬の出来事だろうな。
アデリーのパーソナルスペース侵犯の際の『物音の無さ』と『顔を近づけるスピード』で俺が逃げる事は不可能と、ある意味腹がくくれてしまう。
なんとなく『諦め』に似た感覚になり逆に落ち着いてきた。
そう。
『もうどうにでもなーれ』というヤツだ。
「えーっと、そうだ。
食事の量が人間的に一人分と見たら多そうなんですが、いつもこれくらい食べるんですか?」
「そうね。食べないと糸を作れないしね。
でも今日くらいイチにご飯分けてあげてもぜーんぜん問題ないわ。
あ、でも卵はゴメンね。分けてあげられないの。」
「……糸を作る時に卵を食べているとなんか違うんですか?」
「あら、よくわかったわね。
そう。たまご食べないと強さが何となく弱い気がするのよ。」
「へ~。
……俺この街の物価とか分からないんですけど、卵って高いんですか?」
少し悔しそうにも見えるヤレヤレといわんばかり顔で両掌を上に向け首を振るアデリー。
「そりゃあたっっかいわよ!
もっと安かったら10個で20個でも食べたいんだけどね。」
「ちなみに1個おいくらで?」
「鉄銭5枚よ。
毎食食べないと落ち着かないから、毎日だいたい銅貨1~2枚は卵に使ってることになるわよ私。」
腕を組み、右手を顎に当てて考える。
……
卵も売れそうだな。
とりあえず一回家帰ってあっちの卵が異世界人の舌にあうか冷蔵庫の卵持ってくるかな?
それだとアプリ起動もできるし逃げる事の確認もできそうだ。
ただ、そんな高いもん一気に持ってきたりしたら怪しいよな。
というかチョコなりウイスキーなり靴下なりを持ってきてたら、いずれにしろ怪しまれる。
善人が多い世界とは言え、変に利用される事態は避けたいし、ある程度の理解者は欲しい。
アデリーは悪い蜘蛛に見えないし、俺側に引き込んで置いてもいいのかもしれない。
「どうしたのよイチ。急に黙り込んで。むぐむぐ。」
卵を殻ごと食べてるアデリー。
豪快だな。
「え~っとアデリーさん。」
「さん付けは要らないってば」
「わかった。アデリー。」
「なぁに? むぐむぐ。」
卵を口に入れ終わり、もぐもぐしながら俺を見ている。
「実は俺、勇者と同じ国の出身なんだ。」
「あら……それは大ニュースね。
勇者様は誰も辿りつけないような遠方から来たって言われてるし。
へぇ? ……イチも物凄く強いって事かしら?」
「いや、俺戦えない。
ギルドカード作って鼻で笑われたレベル。」
「あら? ……ふぅん。
でも今あえてその話を出すって事は、何もできないって事じゃないんでしょう」
あら、やっぱりこの蜘蛛すごく察しがいい。
美人で察しが良くてセクシー。
蜘蛛じゃなければ是非ペロペロしたいです。
「そうですね。
で、ちょっとその能力で今から卵持ってきますんで、ちょっと待っててください。」
興味深そうに俺の動向を黙って見守るアデリー。
誰かに見られながらは初だ。
アプリを起動すると『枠』が出現し、俺の部屋が向こうに見える。
アデリーは顎に手を当てながら見守っている。
とりあえず枠をくぐる。
自分の部屋に戻り、一階の台所に向かって冷蔵庫から卵を持ちだす。
毎朝目玉焼きを作ってるから何個残ってるかなんて覚えている。
毎回2パック買ってるから残り13個だ。
たまごを1パック持ち、あと、ウイスキーを飲む用のグラスと夜ご飯用の米を炊飯ジャーから丼に移して、まとめてお盆に乗せて2階へと運ぶ。モニターの置いてあるテーブルにお盆を置き、アプリを起動する。
アデリーの部屋が見えた瞬間
「いたっ!」
と、アデリーの声が聞こえた気がした。
顔を突っ込んで見回すとアデリーが頭を押さえながら蹲っている。
「あれ? 大丈夫ですか? どうしましたアデリー?」
「どうしたもこうしたもないわよぉ。
イチが消えて不思議だったから消えた場所を探ってたら急になんか出てきてぶつかったのよぉ。」
頭を自分で撫でながら、微妙に涙目のような顔をしている。
あら? アラクネも泣くんだ。へ~。
「それはすみませんでした。
コレお詫びです。」
腕を突っ込んだまま日本からアデリーに卵、グラス二つ、ご飯を盛った丼を次々と渡し、最後に俺もニアワールドへと移動する。
グラスと丼はテーブルに置かれているけれど、卵のパックだけアデリーが両手に持ったまま観察し、そして卵と俺を交互に見る。
『たまご取り出して良いの?』と言わんばかりの態度。言葉を発しなくても気持ちがわかる。
「全部差し上げますよ。
食事を分けて頂くお礼です。」
これまたパァっと明るくなるアデリー。
ニアワールドのヤツラは食い物に弱いのか?
パキパキとパックを割ってテーブルに置き、テンション高くくねくね動くアデリー。
「たーまごーたーまごー」
と歌まで歌いながら、両手に一個ずつ卵を持つアデリー。
あっ。『ゆで卵じゃないよ。』と言うのを忘れていた。
「んんんっ!」
おおう。
……エロイやんか。
生卵を殻のままかじって、生卵のデロンデロンがアデリーの口まわりを汚しアデリーは頑張ってこぼさないようにしながらも、飲みこもうか悩んでいるようで、少し慌てた雰囲気になりながらも俺をジト目で見てる
ドロンドロンのテロンテロンだなんて、いやらしい。
俺は高速でカメラを取り出していた。
とりあえず盗撮だ。




