152話 ニアワールドの勇者編 エピローグ
本日2話目
『マドカ恐るべし』
この一言に尽きる。
勇者マドカという存在は、数々の冒険、様々な苦難を乗り越えし絶対強者の勇者であることは広く知られている。
そしてその偉業に加え、奢りなく人当りの良い性格は人々の『尊敬』を集め、何事も平然と成し遂げてしまう力には『畏怖』を覚えざるを得ない。
そして、俺は今……ヒシヒシと『恐怖』を感じている。
チートを貰ったっていっても、いくらなんでもチートすぎるだろうコイツ。
「ふぇぇ……なんで、ワシ『人間になるぅ』とか言ってしもうたんじゃろうかぁ!」
「ほらほら。カミーノ泣かないの。またチュッチュッしてあげるから……ね?」
「っ!? チュッチュはらめぇぇぇっ!」
万能の神様……どこ行った。
「万能の神様……どこ行った。」
思わず思ったままが口に出る。
「ここに居るじゃない。イチさん。」
『チュッチュッ』の単語ひとつで、半目でピクンピクンと痙攣するが如く反応し涎を垂らしている美少年を指すマドカ。
「……なんかもう……神様じゃないよね? 普通? の美少年だよね?」
「てへっ。ついノリで。
『こ、こんなの味わったら……もう人間になっちゃうぅ! なりたくなっちゃうぅ』
って言うから、
『なっちゃえなっちゃえ』
って、言ってたら本当に人間になっちゃったみたい。」
「ふぇっ、うっ…グス。
……ワシに二言はないんじゃ……人間になってしもうたら、もうただの人間じゃあ……神にはもどれん……ふぇ、ふぇええん!」
「ほらほら、カミーノ。大丈夫だよ~ボクが絶対守ってあげちゃうから。ほらほらほら~。」
「あふぅん!」
「……え~と……マドカさん。
とりあえず……その耳をチロチロするのと、下腹部を動き回る怪しい手の動きを止めてあげてもらっていいですか? 神様と……いや……元神様とお話がしたいのですが。」
「え~~……カミーノはボクのモノだよー。」
「俺、ショタ趣味は無いッス。」
「ならヨシ。」
「……ってーか、カミーノって、名前?」
「そ。さっきつけた名前。神様だし。」
安直すぎんだろ……とは思うだけにしておく。
マドカのお姫様だっこから解放され、目元を何度も拭いながら立っているカミーノに声をかける。
「え~~……っと…とりあえず。神様?
…………ご愁傷様です。」
「ご愁傷様ってゆーなっ!」
「いや、他に声のかけようがなかったっていうか……ねぇ。
……って! そんな事よりも、神様じゃなくなったって事は、俺の貰った能力はどうなるんですっ!?」
「そんな事ってゆーな!
……お前さんの能力はスタンドアローンみたいなもんじゃ…ワシがどうなろうと変わらんわっ!」
カミーノの言葉にホっと胸をなでおろす。
「それに、ワシはもうお前の能力のいじりようもない。
どっちに住むか決めたら消そうと思ったのに、もう消えんわいっ! 良かったのう! 望み通りの状態じゃろうてっ!」
「え!? ……マジでっ!?」
「そうじゃっ! どうやってもワシにはお前の能力を変えようがないからのうっ!
……ただの人間になってしもうたのじゃから……こんな……こんな姿になってもうては……ふぇっ……ふぇっ……」
「ほらほらカミーノ~♪」
「ふぇああぁぁん!」
泣きそうになった途端に耳をチロチロ、どこがとは言わんがをサワサワされて、またも嬌声をあげる元神様。
なんという事でしょう。
あんなに怖がっていた神様が、一人の核弾頭色魔の悪ノリによって排除されてしまうとは……しかも、その色魔に弄ばれて……今も手がさらに怪しい動きをし始めている。
「色魔や……とんでもない色の悪魔がおる。」
思わず心からの本音が漏れた。
そんな俺を妖しい目のまま見てくるマドカ。
「ふふ……イチさんもいつでも昇天させてあげちゃうよ? なんなら今からどう?」
ひたすら無言で首を横に振る事しかできなかった。
勇者コワイ。
マドカコワイ。
ユルシテクダサイ。
--*--*--
その後、元神様カミーノとじっくり話をして慰めながら、当初のカミーノの目的である『マドカの冒険したい願望を止める』事に俺が尽力して神様の望みを叶える事にした。
なので、俺はマドカが冒険よりも『ショタとイチャイチャしたい』という気持ちに目が向くようカミーノには頑張ってほしいと声援と敬礼を送り惜しみない協力を約束。
カミーノは驚愕した顔をしたが、渋々といった感じでその提案を受け入れた。
……だって……なんだかんだ言いつつもカミーノは、ちょっと嬉しそうに見えなくもない気がするが、そこはご愛嬌。
もちろんニアワールドにマドカが居ない方が、ニアワールドという世界にとっては安全なので、折を見て『日本で暮らしたい』と駄々をこねるようにカミーノに要請しておくのは忘れない。
--*--*--
それからはめっきり平穏な時が流れ、俺も人型になったエイミーになんとか手を出そうとしては、アデリーにその手を捻られる日々を過ごしていた。
マドカは時折『夢と欲望の園』にカミーノと共にやってきて、欲しい日本製品のリクエストをしたりと交流を重ねている。
今のところ日本旅行よりも、カミーノとイチャイチャする事の方がウェイトが大きいらしく、日本の製品をねだりこそすれ日本の境界をいじる様な素振りは無かった。
下手にこちらからお願いして断られても何なので、タイミングを見計らうようにし、マドカがカミーノを連れてくる時にはカミーノに問い掛けては様子を伺うが、時が経つ毎にカミーノ自身がマドカにもう心酔しているような感じになっているような気がしないでもない。
なので優しく問い掛けて思い出させると、カミーノは時折首を振っては自分の両頬を叩き、思い出したように日本移住をマドカに押している。
果敢に勇者に立ち向かうその姿には心の中で敬礼を送らざるをえない。
そしてとうとう、ある日マドカが凄い勢いで俺の所にやってきて、
「お姉ちゃん頑張っちゃうんだから!」
と、日本行きの境界いじりを申し出てきた。
抱えられ、少しゲッソリとしたカミーノに勇者が張り切っている理由を聞くと、マドカにとって魅力的なお願いの仕方で日本に行ってみたいとお願いしたのだそうだ。
「……そっか。」
と、俺はカミーノに微笑む事しかできなかった。
カミーノも薄く微笑み返してくれた。
……なんだか小さな友情が生まれた気がする。
俺が、アプリを起動すると、マドカは境界となっている見えない壁をいじり始め、そして、あっという間に見えない壁を割って見せ
「お姉ちゃん頑張ったよーー!」
と吠えた。
俺達の願いは、勇者にとってものの10秒の仕事だった。
俺とカミーノはちょっとだけ泣いた。
……こうして俺のアプリは、マドカによる改良を経て、俺以外の人間も行き来が出来るようになった。
もちろん、あっという間にマドカがカミーノを連れて日本に乗り込んだので慌てて後に続き。
マドカに新世界の風本部を紹介して、日本での活動の際は新世界の風本部を拠点として使用してもらうことにした。
マドカはそれを右から左という風に聞いた後、カミーノを抱えてどこかへと消えて行った。
過ぎ去った後にカミーノの涙がキラキラと空中に舞った気がした。
が、俺にできることは…………
何一つない。
唯一出来る事は……ただ健闘を祈る事だけだ。
涙が霧散した空に敬礼を送る。
……サリーさんや結香子も突然の事態に驚いていたが、ニアワールドに行き来できるようになった事で、日本で危険な事が起きた場合の安全確保と、とんでも超人色魔のマドカがいれば間違いなく安全な事を伝えると一応の納得をしてくれた。
それからしばらくの間、マドカは日本に滞在したのだが、飽きてきたのかニアワールドに戻ろうとしたので、もうカミーノのおねだりが効かなくなったと判断し焦った俺はもうどうしようもなくなり
『マドカがニアワールドにいると、敵が強くなってヤバくなるかもしれないから。日本で暮らして。』
と、神様に聞いた事を、そのまま伝えてお願いした。
すると、マドカは以外にも
「そういう事なら仕方ないね。」
とあっさり了承し、日本を中心にして暮らす事が決定。
色々とカミーノと画策したりしたけれど『無駄に考えずに素直に交渉すればいいんだな』と、思い知らされた。
『案ずるより産むが易し』
昔の人はよく言ったものだ。本当に。
もっとはよ言え。
その後、マドカのハーレムメンバーも新世界の風本部に移住する事になったが、美女ばかりだったはずなのに全員男になっていて俺はがっくりと肩を落とさざるを得なかった。
こうして神様に対する懸念や、勇者に対する懸念。それにニアワールドの心配事も解決し、俺の困る事はほぼ無くなるのだった。
--*--*--
日本で、新世界の風の事務員達を紹介したりと、マドカや、マドカのハーレムメンバーと交流して一つ気になった事は、ハーレムメンバー達は、みな一様にマドカに骨抜きにされているようで、どこで暮らすという事よりも、マドカの近くに居るという事の方が重要になっているように見える事。
そして、確執もなく皆が仲良く共同体として存在していたのだ。
つまり、マドカのハーレムメンバーにアラクネの女王も居るのに、その他のハーレム要員を持つ事を許しているという事。
アラクネ女王は、ひどいヤンデレで描かれていたのに、なぜ?
ヤンデレ蜘蛛なのに他のハーレムメンバーが居てもマドカが許されているのはなぜなんだっ!?
アデリーは浮気に関しては猫の額ほどの心の狭さを見せつけるんだぞっ! ずるい!
どうしても気になり、思い切ってマドカに問い掛けてみると、
「ん~~?
単純にボクの方が強いからかな?」
と簡単な答え。
ちょっと心が折れかけたけれど……俺は、この日から、こっそりスキルカードを割りまくる事を心に誓った。
次話より最終編




