146話 考える人
隠しておいた携帯電話を手に取り急いでアプリを起動し、新世界の風本部へと向かう。
本部は防衛強化したこともあり、ゲートを繋げる先は新世界の風本部の大モニターでしか繋げていない。
大きな枠を通りぬけて日本に帰り、回らない寿司屋の折を急ぎで20人前程都合してもらう為に事務所へと向かう。
しばらく歩くと、いつものように結香子がやってくる。
サリーさんは、グレンの所か会社のどちらかに居る事が多くなっているから、サリーさんの感知能力で俺の気配を察知して結香子に教えたわけではなく、結香子自身が俺を察知できるようになったか、もしくは、大モニタールームに赤外線センサーかなにかが取り付けられていて、その通知が行くようになっているのだろう。
新世界の風はといえば、グレンと兵藤と取引を開始して以降は平和その物。
平和過ぎて怖くなるレベル。
もしかすると兵藤が何かしら暗躍しているのかもしれないが自分達に都合がいい暗躍である限り問題は無い。
サリーさんはグレンと親交を深め協力する素振りを見せながら色々と探っているようだが、調査に対するガードは固く進捗は見られない。
ただ、現在の状況において危険が近くにあるという意識は俺達にある為、新世界の風事務員達はあれ以降、誰かしらハイテンションになっている姿がよく見られるようになっている。
これはもちろんスキルカードハイなワケだが、誰にどのカードを使うのかは、サリーさんの指導と結香子の裁量に任せている。
一応『守り』に重きを置くという方向性は出されているが、サリーさんと結香子はどちらも『攻撃は最大の防御』と考えているような節がある為、いちいち不安ではある。
ただ事務員達がハイテンションのせいで巻き起こした常識外れの行動が、ますますもって信者獲得の役に立っているのが不思議なところ。
……最悪の場合は勇者マドカをコッチの世界に連れてくる事さえ出来れば、国家相手とはいえ脅威はなくなるかもしれない。
どちらにしろ、勇者を味方に引き込む事が重要だ。
……俺の勇者ハーレム参加以外で。
だって……アデリーに悪いじゃん。
俺、アデリー好きだし。
いや……内心はそりゃあ
『女勇者って……ありかな? ありだよな?』
とは思っているけど、それは……ねぇ。
アラクネの恋人のハーレムの一員と、核弾頭変態エロ勇者のハーレムの一員。
心情的にはアラクネアデリーが大きい占めるけれど、利害で考えればマドカの方がメリットが大きい。
そんな事を考えているとため息も漏れる。
「どうなさいました? イチ様。お悩み事ですか?」
「あぁ。うん。ちょっとね……そうそう。高級な寿司折りを20人前程お願いしたいんだけど、大丈夫かな? 味噌汁とかお吸い物もあると尚いいんだけど……」
「かしこまりました。手配します。
お寿司のランク……超高級と高級があればどちらの方が良いでしょうか?」
「半々……いや、もしかすると、安いスーパーの寿司なんかもあったら逆に喜ぶのかな……」
「では、超高級10、高級10、チェーン店持ち帰り10といった感じにしますか?」
「うん。それでお願い。」
お願いすると、結香子はすぐに事務所に向かって移動していく。
とりあえずやる事を終えたので腕を組んで右手を顎に当てて熟孝する。
『勇者のハーレムに入る』
これは勇者自身から誘われているのだから、俺の返事次第で入る事が出来る。
勇者のハーレムといえば、ニアワールドトップクラスの美女しかいない……もしかすると、今は美男に変わっているのかもしれないが……間違いなくメリットは大きい。
そのメリットを上げるとしたら、まずニアワールド内において絶対の安全が手に入ると思っていい。
今の状態でも俺より強い人間が周りに多いけれど、勇者ハーレムにはニアワールド最高クラスの戦力が集結しているのだから。
最強且つ最高のハーレム。
それが勇者マドカの持つハーレム。
そして今はマドカ自身が最高のエロ美女になっていて、俺に『手を出してもいい』という特典までついている。
元は男だろうが俺が実際に見たのは女勇者マドカの印象が大きいから、まったく問題ない。
ふと右手を見る。
うん……あの感触は素晴らしい。
わきわきと動いてしまう右手を顎に戻す。
では、もし勇者マドカのハーレムに入るとなった場合、デメリットは何だろうか。
『主導権が完全に勇者マドカに握られる』という事だろう。
多分だが、マドカのあの自信を見る限り俺は女勇者マドカによって落とされる。
『マ、マロカがいないと、体が疼いて耐えられにゃいのぉぉ』状態にされてしまうのが容易に目に浮かぶ。
そうなると、これまで築きあげた『夢と欲望の園』と『新世界の風』は二の次の愛の奴隷状態になる。
それはいけない。
どちらも大事な俺の城だ。
『夢と欲望の園』は、もし俺がいなくなったとして、日本の品が入らなくなっても、アデリーやムトゥがカジノを工夫する事でオーファンや従業員達が幸せに過ごせるくらいは稼ぐだろう。
ただ、間違いなくアデリーは悲しむ。
『新世界の風』は、もし俺が居なくなったら、宗教法人としての活動は超人従業員達の存在で、なにも問題は無いだろうが、グレンと兵藤達の脅威に晒される。
それにサリーさんや結香子も悲しむだろう。
やはり、いくら勇者が魅力的であっても俺はこの二つを同時に切ることになるかもしれない決断はできない。
マドカの望みが日本の品である限り、完全に奸計が切れる事にはならないだろうが、それでもこれまで通りにはいかないだろう。
それに神様との約束で、その内どちらの世界に住むのかを決めなきゃいけない時が来るかもしれないし、本当はどちらとも縁を切りやすい状態にしておいた方がいいんだろうけどな……
もし勇者のハーレムに入ったとしても、勇者が俺に望むのは俺の『ニアワールドと日本を行き来する』能力だけだ。
神様の取決めの通り、能力が使えなくなったらマドカハーレムから『はい。さようなら』の可能性だってある。無能なハーレム要員は要らないだろうからな。
そうなると、やはり勇者のアプローチを躱しつつ、できるだけ自分達に都合がいい状態で協力してもらえるように便宜を図ってもらえるよう画策する方がいい。
アデリーのハーレムの一員として、これまで通りに行動し、勇者マドカとは協力関係を結ぶ。
……それで勇者が納得してくれれば……だけどな。
俺はいつの間にか、座り込み、顎に当てていたはずの右手は気が付けば額を押さえていた。
久しぶりに頭の痛い問題だ。
「……イチ様? ご気分でも悪いのですか?」
「あぁ……ちょっと悩み事でね。」
「私で良ければお伺いしますが……」
「ありがと。でも――」
断ろうかと思ったが、ふと他の人の意見を聞いてみるのも悪くないなと思い直す。
俺以外の視線も大事だ。
「じゃ、ちょっと相談に乗って欲しいんだけど」
「はいっ!」
結香子が飛び切りの笑顔を見せる。
「結香子は二つの選択肢があった場合、片方が気持ち的に選びたい方。もう片方がメリット的に良い方の場合はどうする?」
「……そうですね。
買い物をする時、例えば鞄や靴なんかで悩んだ場合でしたら気持ちを優先しますが……イチ様がお悩みになることですから、その程度の問題とは考えられませんし……どの程度の重要さの問題と考えたらいいでしょう?」
「ん~~……今後の生き方を左右するような選択?」
「今後の生き方ですか……」
結香子が俯き、左手で唇を撫でながら悩み始める。
多分漠然としすぎていてイメージがしにくいのだろう。
結香子がイメージしやすいように例えを考えてみる。
「そうだなぁ……例えばの話だけど『仕事を続ける』か『辞めて嫁入りする』か……みたいな選択かなぁ?」
結香子の顔がバっと向き直り、ズズズイと近寄ってくる。
「嫁入りして仕事も続けて、四六時中お傍に居ます!」
鼻息荒く答える結香子。
「……た、例えばの話だよ?」
「お許し頂けるのであれば、今すぐ提出してきますよ?
拇印で大丈夫ですから右手親指を貸して頂ければ問題ありません。
今私の机に必要事項は全部記入済みの届がありますから、さぁ行きましょう。」
「ちょ、ま、待とう! それなんの届け!?」
「婚姻届ですが?」
…………にげろ。
頭の中に言葉が響いた瞬間俺は、隠密と風魔法を使って逃げ出していた。
ただ、逃げながらも
『どちらか一方』ではなく、結香子の言う『どちらも手に入れる』という選択肢があるという事が頭に残るのだった。
『アデリーのハーレムの一員』ではなく『マドカのハーレムの一員』でもなく。
『俺のハーレム』に二人がいる。
……想像してみて、そのハードルの高さに苦笑いしか出ない。だが、そういう方法もあるのだと思った。
屋根の上に寝転がり日向ぼっこをしながら、考えていると携帯が鳴った。
着信 神様 ――




