145話 勇者マドカ
本日2話目
夢と欲の園に心底楽しそうな女の笑い声が響く。
「いや~っはっはっはっは。驚かせてごめんねぇ。」
「スミマセンでした。」
突撃してきたエルフの男は、今は姿を変えエルフの女になり謝罪の言葉を口にしている。
このエルフの女の事は知っている。物語の挿絵でもよく出てきた『ナリア・エル・ミュラ』
物語の主人公。カイト・マドカのハーレム要員エルフ。
もちろん絶世の美女だ。
「見ての通り今の僕は超絶美女なワケだけれど勇者でもあるんだ。」
カイト・マドカはそう言って男の姿へと変わってゆく。
年月が過ぎているはずなのに挿絵で見た黒髪の日本人とすぐにわかる姿。
だが、またすぐに姿は変化しブロンドヘアーの美女へと戻ってゆく。
その変化にVIPルームが騒がしくなってゆく。なにせ英雄である勇者カイト・マドカと、そのパーティメンバーとして有名なナリアが居て、変身まで見せている。
どんどん騒ぎが大きくなったので、夢と欲の園内にあるレストランに場所を移す事にした。
さて、話を聞く事にしたのだが、もちろん怖い顔のアデリーが『わかってるわよね?』と視線で脅迫してきたのでアデリーもムトゥも同席は決定。
アリア達の武装は解除してもらった。
なんというか勇者相手では、もうどうしようもない。
諦めた者勝ちだ。
そんな勇者。
今は女勇者であるマドカの話によると、今回終えた旅は『境界の守護者』を鎮める旅だったのだそうだ。
これまでのハーレムメンバーを各地に分散させながら、新規ハーレムメンバー中心に一緒に旅をしていたのだが、その旅の最中に『境界を操作する能力』に覚醒したのだと。
その『境界』というのは、年齢であったり、性であったり、種族であったりをいじる事が出来たようで、試しにハーレム逆転してみたところ、女の良さに目覚めたのだそうだ。
『女って……いいよ。マジで。』
と、両肘をテーブルにつけ、どこぞの初号機のお父さん張りに雰囲気を作りだして、その一言が発せられたのだから専門のジョークかとも思ったのだが、マドカはいたって真面目な顔をしている。
「なんていったらいいのかなぁ?
感情の回路が開くって感じで、なんかもう頭の中がスゲェの!
肉体的には少し弱くなるけれど、ボクには(チートがあるから)関係ないことだし、察知とか嗅覚とか、感覚的な面は間違いなく女の方が凄い。そして飯も酒もうまいっ!」
「なにより……快感が凄いの。
アレを経験すると……もう男なんかに戻れんよ。」
そう顔を赤らめて話した。
どうにも本気らしい。
今回のハーレムメンバーにロリババァが居たらしく、そいつをショタジジィに変えたら攻めに攻められて色々らめぇぇぇな感じに目覚めたらしい。
で、カジノに来た経緯は、今回の旅を終えて居城に全員集合し、一緒に行動していなかったハーレムメンバーに改めて事情を説明して、自分が女、ハーレムメンバーを男にして久しぶりに一戦交えようと思い、ナリアを男にした時に、自分の城の中に日本製の物がそこそこある事に気づいた。
タイミングよくラザルがチョコの袋とか色々持ってきたことで『日本の物が入ってきてる!?』という思いで暴走。
勇者の能力を駆使して情報を集めて俺の事を確認し、てっとりばやく会う為に荒稼ぎしたのだそうだ。
で、俺が男ということもあり、能力を駆使したテクニックでメロメロにして色々調べようと思ったのだそうだ。
「だから~どう?
僕のテクニックにかかればすぐに昇天だよ? オトコのツボも心得てるし、たくさん能力だってあるからね……なんなら今すぐ、ここで能力の一端……味わってみる? うふふふふ。」
個室とはいえ、公共のレストランに居るにも関わらず、舌をチロチロっと動かしてから机の下に潜ろうとするから性質が悪い。
もちろんナリアが首根っこを掴んで止めるワケだが、止めてなかったら潜って一体何をするというんだろうか。まったくもう。是非お願いします! と言いそうになってしまうから勘弁してほしい。
だって美女なんだもの。
エロ美女なんだもの。
そんなの最高じゃないか。
尚。アデリーは状況に戸惑いつつも俺の考えている事は分かるらしくイライラしてる。
ただ力的に勇者に敵わないのを察しているのか、珍しく爪を噛んで黙ってた。
ゴメンね。
ちょっと思っただけだから。
少し考えて妄想するくらいは許して。アデリーしゃま。
事情も分かったので、とりあえずの疑問をぶつける事にする。
「そもそもの話として、私をハーレムに取り込んでどうしようっていうんですか?」
一線を引いて丁寧な対応を心掛ける。が、マドカは両手をテーブルについて、身を乗り出してくる。
「そう! ソレなっ!
イチさんっ! キミは日本から商品を持ってこれるんでしょう! そんな能力の持ち主なんでしょうっ!?」
勇者に隠し事をしても厄介と判断した俺は、すぐに頷く。
「ええ。そうです。
『今のところ』は、私は日本とニアワールドを行き来する事ができ、ついでに物の行き来も可能です。」
俺の言葉に勇者の顔がパアァァっと明るくなる。
「……一応念の為にお伝えしますが、私を奴属させたり、能力を奪おうとする事は例のお方の制限・制約により、できない事になっていますの――」
「しないしないっ! そんな事しないって! ボクはただ日本から色々持ってきてほしいだけっ!」
フンスフンスと興奮を隠さない様子の女勇者マドカに、あれほど怯えていたのが無駄だったように思えて少し拍子抜けする。
「で、では……一体何をお望みで?」
瞬間移動のように一瞬で俺の横に立ち、俺の右手を両手で包みこんで祈るような体勢で要望を伝えてくるマドカ。
「お米! 新米っ! 後、味噌と醤油! お刺身も食べたい!」
その移動速度にチートの片鱗を見せつけられたように思えたが、どちらかというと、その速度で移動してしまう程に欲していたのだろう事が伝わってきた。
チート勇者は和食を欲してる……
同じ日本人として、その気持ちは分からないでもない。
10年も海外のような食事を食べ続けていなければ、その気持ちも積み重なって凄い物となっているだろう。なんとなく人間味にほっとしてしまい、つい笑いがこみあげてくる。
「ふふっ。えぇ、わかりました。そうですよね……日本食は恋しいですよね。
わかりました。とりあえず持ってきましょう。そうですね……最高級の寿司折り。持ってきますよ。」
「――っ!」
マドカは声も出ない程に嬉しさが爆発したらしく。
俺に抱き着いてきた。
いや~……この柔らかさとニオイはマジモンの女ですわ。
至福すぐる。
「ありがとー! 待ってるっ! ここで待ってるから! 早くっ! 早くぅっ!
そうだっ!」
マドカが俺の右手を取り、そのまま自分の胸に押し付けた。
俺の手。
女勇者のおっぱい。
鷲掴み。
「っな!――」
アデリーの声が聞こえたが、すぐに勇者が俺の手をおっぱいから離させる。
「早く持ってきてくれたら生で満足するまで揉んでいいからね。」
そう言ってウィンクした。
「い、いえ。そのサービスは、ふ、不要ですよ。
こ、ここ、これから日本に向かって出来るだけ早くお持ちしますから、しばらくお待ちください。」
どもってしまったので、軽く深呼吸をして襟を正す。
「ん、ンフン! 当施設は日本の製品、菓子なんかも幅広くご紹介しておりますので、お待ちの間にでもショッピングでもお楽しみください。ムトゥ。準備ができるまで勇者様の案内を頼んでもいい?」
「お任せください。」
ムトゥは平然としているが、アデリーはギリギリと歯軋りをしている。
いや、もう勇者の独壇場でどうしようもないじゃない。
「じゃ、じゃあ、私は行ってきますね。」
とりあえず風の魔法を使って全速力で、念のために隠しておいたアプリの入った携帯を取りに行くのだった。
……生で揉みたいから急いでるんじゃないよ。違うよ。




