144話 ツイてる女?
VIPルームへと足を動かしながら考える。
アデリーがスタンバイできてから出向く方がいいだろうか。
いや、アデリーは二度寝してたし、裸だったから多少なりと時間がかかるかもしれないし、いつ来るか読めない。
VIPルームにはそこそこ多くの人がいるから、アラクネに驚く人間もいるかもしれないし、なによりもそのせいでアデリーが嫌な思いをするかもしれない。
いつも平気そうな顔をしてるけど、内面はかなり繊細だからなアデリーは。
それにもしアデリーを引き連れて交渉したら俺がアラクネを横に置いて脅迫しているように取られる可能性もあるから悪手の可能性もあるかもしれない。
となればVIPルームに入ったら、まずはムトゥにアデリーにはモニタールームでマジックミラー越しに見てもらうように念話を飛ばそう。
それにVIPルームで人目があるという事は、あの女が何か無茶をしはじめるのを抑止する効果もあるかもしれない。
そう。逆に危険な目に合う可能性は少ないはずだ。
むしろ、それだけの目が合っても凶行に走れるような力があるのであれば、こんな面倒な会い方を演出するはずがない。
今のあの女の行動は一種の『パフォーマンス』だろう。
俺達が、どんな行動を取ろうとも何を考えようと、あの女にとってはなんの障害も無いことなのだという警告。
好意的に解釈すれば、
『敵対すると損するよ?』
という忠告とも取れるし、逆に
『私の言う事聞かないと、大変なことになるよ?』
という脅迫にも取れる。
どちらにしろ、下手に移動に時間をかけて心象を悪くするよりは出来るだけ早く要望に応えた方がいい。
俺の頭に浮かぶのは、現状どう足掻いても詰んでいるとしか思えないような事ばかりだった。
そうこうしているとVIPルームの従業員向けの扉の前に到着する。
扉に控えている黒服に頷いて合図を送ると扉が開かれ、足を踏みいれる。
俺が入場すると同時に女までの道の人だかりが割れ、ブロンドヘアーの女としっかりと目が合う。
現れた俺を見て、女は嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべていて、俺はその様子に敵対する意思は感じなくとも薄気味悪さを感じるには十分だった。
いつもなら俺の姿を見ると声をかけてくるVIPルームの常連客達も、今は空気を読んで声をかけずに事の成り行きを見守っている。
ムトゥにアデリーに関しての念話を送ると、ムトゥはすぐさま黒服に念話を送ってくれた。
女から敵勢反応は感じられない。
小さく息を吸って、吐き。そして歩き出す。
2m程距離を開けて止まり声をかける。
「どうも。初めまして。
この夢と欲望の園の主。イチと申します。
いやぁ、驚く程にお強いですね。」
「ふふふ、ゴメンね。騒がせてしまって。
大丈夫だよ。そんなに怖い顔して緊張しなくても。
僕は別にお金を毟り取ろうとかそんなこと思ってないから。」
「それだけの大金を手にされている状態で、そう仰られても私には笑えないジョークとしか思えませんよ。」
「はっ! それもそうだね。あははは。」
女は屈託のない笑顔で笑う。
俺はどうにも不安からトゲのある言葉を発してしまったようでムトゥが会話に入ってきた。
「さて、ご要望の一つである当施設の主との面会が叶ったワケですが貴女は一体何をご所望なのでしょうか。そろそろご教示願えませんでしょうか?」
「ああ、うん! そうだったね。
イチさんが僕の望みを叶えてくれるんだったら、このチップは全部その報酬として払ってもいい。
そう言っていたんだっけ?」
「そうですね。当施設の主は商会の主でもありますから様々な商品を手にしております。
とはいえ、すべてにお応えできるわけではございません事は予めご了承願います。」
「分かってるって、僕はそんな無茶な事は望まない。
イチさんなら絶対に叶えられる事しか言わないよ。」
女がまた笑顔を作る。
なんだこの女……なぜこんなにも、自信満々に俺が出来る事が分かるんだ?
女は手持ちのチップを指さし、数え始める。
「ドグだったっけ? このこのドリームグリードガーデンでのお金の単位?」
女の言葉にムトゥが肯定の意味で頷く。
「ざっと見てだけど、4百万ドグ分くらいのチップはありそうだよね? 白金貨何枚になるのかなぁ? ふふふ。」
鉄銭が1ドグ、白金貨が10000ドグだ。
白金貨400枚分。 白金貨は日本円換算で100万円程の価値。
つまり、この女は4億円の価値を手にしているのだ。
大金を盾にどんな無理難題を振られるのか不安が胸を過る。
その時、俺の肩にピッと糸が貼り付いたような感覚があった。
アデリーが分かりやすく『盗聴糸でちゃんと聞いているわよ』と合図を送ってくれたのだろう。
本当にいいタイミングで俺を支えてくれる女神だ。
いや。蜘蛛だけど。
アデリーが聞いてくれているという安心感は俺の心を支えるには十分だ。
女に向けて口を開く。
「私に何をお望みでしょうか?」
「僕の嫁に来ない?」
女は立ち上がり、腰に手を当て胸をはって告げた。
俺の時が止まる。
周りの人だかりはザワザワと色めき立つ。
時が完全に止まり、固まる俺の肩をムトゥがポンポンと叩き正気に戻る。
正気に戻ったが思考が全然追いつかない。
嫁?
つまり、なにか?
この美人とイチャコラできるの?
しかも4億円もらって?
え? なに?
なんの罠?
動揺のまま頭を掻きながら女を見ていると、女は自分を見せびらかすように、クルリと一度まわって、前かがみで胸を寄せるようなポーズをとってバチーンとウィンクをしてきた。
「どうかな?
僕。こう見えても結構容姿には自信があるしイチさんにとっても悪い話じゃないと思うんだ。
もちろん嫁に来るんなら、この体をたっぷり味わってくれていいんだよ?」
舌をチロリと出して、自分の人差し指を舐めるような仕草をする女。
うん。
エロい。
美人でエロい。
なんのご褒美ですか?
あ、わかった。
コレ神様が俺が色々頑張ってるからっていうご褒美なんや。
神様の贈り物や。ボーナスステージなんや。
そうや。そうに違いないんや。
二つ返事で『喜んで』と回答しそうになって、ハっと気が付く。
アデリーが…………今の話を聞いている。
……最悪だ。
アデリーが怒り狂って乱入してくる気がして慌てて俺が入ってきたドアに振りかえり見る。
すると、ドバーンと、ドアが吹き飛ばされん勢いで開いた。
ただし開いたドアは俺の入ってきた従業員用のドアではなく、反対側のお客様用のドア。
そこには、一人のエルフの男がイライラした表情で仁王立ちし、そして叫んだ。
「マドカーーっ!! あんたいきなり何してくれてんのよー!」




