143話 ツイてる女
本日3話目
完結まで後20話を切りました。
終わりが近づくと、早かったなぁ……と思う不思議。
勇者の事をそこまで深く考えなくても良いかと思い直し安心したせいもあり、その晩はアデリーとイチャコラして眠りについた。
翌朝『コンコンコンコーン』と、そこそこに激しくアデリーの部屋をノックする音が響き目が覚める。
「はーぃ? いーわよ……開けてもぉ……」
「ちょっ」
アデリーは寝ぼけながら身を起こし、シーツを上半身にあてはじめているが……シーツが引っ張られたせいで、このままだと俺の色々が丸見えになってしまう。
慌ててシーツの端を掴み、なんとか隠すがアデリーのもっていくシーツの勢いが強く隠しきれない。
「はぁうっ!」
ドアの方から女の子の声がして目をやると、そこには勇者の街で葡萄を運ぶのを手伝ってくれた女の子。バブと仲のよいサフナが居た。
そしてどうしたらいいのかわからないような感じでワタワタと戸惑っている。
それもそのはず。
ドアを開けて素っ裸の男が居ればそれも当然だ。ああああ。
「ちょ、サフナ! 見ちゃらめぇぇっ!」
俺の黄色い悲鳴に両手で顔を覆うサフナ。
ただ目が開いているから、手の隙間から丸見え。
「……ん~~……別にいいじゃないの…減るもんじゃなし……ふぁぁっ」
「教育上の問題ですっ! あと、精神的な何かが減る!」
アデリーの欠伸をしながら発せられた言葉に反論を返す。
「はいはい~。で、どうしたのサフナちゃん?」
「あぅっ、あ、は、はい。 え、えと。あの。
むっ、ムトゥ様が、イチ様をよ、呼んでます!
カ、カジノでトラブルだそうです。」
「あら、ムトゥが呼び出すだなんて何事かしら?
ありがとね。サフナちゃん」
「いえ、い、いえ。」
ギクシャクとした感じで後ろ足で後退し退室するサフナ。
ドアを閉める間際まで視線は俺とアデリーを見ていた気がしないでもない。
アデリーはまだ寝ぼけている感じがしないでもないが、俺の目はサフナによって、はっきりと冴えてしまった。
「とりあえず……俺が行ってくるよ。
アデリーはもうちょっと寝てたら? 眠そうだし。」
「ん~~……だいじょうぶよ~…起きてる起きてる……」
平気そうに見えても、複眼の瞼が完全に閉じてる。
間違いなく放っておけば二度寝する。
そう思った俺は、それ以上声をかけるのはやめて絡みついてくるアデリーの手をするすると抜け、隠密を使いながらさっさと移動する事にした。
--*--*--
カジノのVIPルームをマジックミラー越しに眺めているムトゥに声をかける。
「なんかトラブルだって?」
「えぇ……朝早くからすみません。」
ムトゥが俺を呼び出す事はそうそうない。
大抵の事はムトゥの裁量でベストの判断が下されていて、それらの判断は多分……いや、間違いなく俺が判断するよりも、ずっと良い結果に導かれている。
そんなムトゥが俺を呼び出すのは、大抵の場合がアデリーに怒られている俺の逃げ道を用意してくれたりといった気遣いでの呼び出しだったり、俺が知っておいた方が良い要人の紹介であったりばかりで、ムトゥが判断のしようの無いことが出てきた事は無かった。
だが、今回はどうにも雰囲気がそうじゃない。
「アレをご覧ください。」
「なんじゃありゃあああああっ!!」
俺はムトゥの指した先を見て、思わず吹きだした。
盛大に鼻から色々飛び出すレベルで。
俺の視線の先にはブラックジャックテーブル。
そこで、綺麗な女が最高ランクのチップを山のように積み、それを全部ベットしていたのだ。
朝早い時間にも関わらず、周囲で遊んでいるVIPプレイヤー達は手を止めて、その勝負に魅入っている。
その盛り上がりの熱はとんでもない。
対応しているディーラーは既に失神寸前のような顔色になり、助けを求めるように支配人を見ている。
「見ていてください。」
ムトゥが支配人に念話を送ったのか、支配人がディーラーにコクリと一度頷きを送ると、ディーラーはその指示に対して泣きそうになりながらカードを切る。
そして配り終えると同時に崩れ落ちた。
綺麗な女の手元にあるのは、スペードのエースとハートのクィーン。
『ブラックジャック』だ。
ウチのカジノでは、エースのカードとキング、クィーン、ジャック、10のいずれかのカードが揃ったら、その時点で勝利。
2.5倍のチップが返される。
「……あの調子で、たった7回の勝負だけで、かなりの額を巻き上げられています。
何かの能力を使っただとか、イカサマをしているだとかはありません。
あったとしても私では理解が及ばないレベルです。
今分かっているのは……普通ではない事だけ……
そろそろ私が止めに入り先方の要望を聞こうと思うのですが、おおよそ交渉においても即断即決が求められると思います。
ですが、今現在『向こうが欲する物が何かわからない』こともあり、要望に応えられる品物をイチ様が準備可能かの確認がすぐにできるようお越しいただきました。」
ティッシュで鼻をかみながら女を見る。
20代の始めか中盤くらいだろう、ブロンドヘアーに美形が多いニアワールドにおいても間違いなく上位の整った顔立ち、自信に漲っているような微笑を浮かべている。
ディーラではなくこちらを見ているから、よくわかる。
「では行ってまいります。」
「あぁ……うん。頼む。」
ムトゥが部屋を出て、女の下に向かい始める。
だが女はこっちを見つづけていた。
というよりも、マジックミラー越しの俺を見ているように思えてならない。
心臓を握られているかのような薄気味悪さを感じつつムトゥを見守る。
やがてムトゥが女に声をかけ礼をする。
女はムトゥとにこやかに話しをしているが、ムトゥの顔にはどこか余裕が無いように見える。
4分程のやり取りの後、ムトゥがチラリと俺の方を向き念話を飛ばしてきた。
『イチ様との会談を希望されています。いかが致しましょう。』
俺の位置がマジックミラー越しで定まっていないせいかムトゥの念話がボヤケたように聞こえる。
女に目を戻すと、やはり俺を見ていた。
女の要望に応えなければカジノの悪評がたちかねない。
心底嫌だが、ある意味会う以外の選択肢は無く、詰んでいるように思えてならない。
ムトゥに念話を飛ばす。
『分かった。応えよう。念の為アデリーを呼んでくれ。あと万が一に備えて少数精鋭……ベラとアリア、アトに武装しての待機をかけてくほしい。今からそこに向かう。』
『分かりました……残念ながら別格のような気配を感じますので、お気をつけください。
及ばずながら私もイチ様の隣に控えましょう。』
『助かるよ。じゃ、今から行く。』
女の視線に浮かんでくる汗をぬぐい、VIPルームへと足を向けるのだった。




