137話 とりあえず一安心……できない!
ぼんやりと意識が覚醒していく感覚を覚える。
だが、それと同時に軽めの人の重みと、焦っている女の気配も感じた。
そしてなぜかとても気持ちよい。
「――あぁっ! んーっ 起きちゃう! イチ様が起きちゃうぅ!
だめっ! もうちょっと、あとちょっとだから! 眠って――」
『眠って』という言葉が頭の中に大きく響いた瞬間。
なぜかまた意識は自分の手を離れ、深い眠りへと落ちていった。
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とある一室で、筋骨隆々な男がPCに向けて溜息を放っている。
そのPCには細身の男が映っていた。
『映像が無ければ、とてもじゃないが信じられない内容だな』
細身の男は、さも面倒くさそうに左手を頭にやり、筋骨隆々の男は肩を竦め、鼻から再度大きな息を吐き呆れてみせる。
「俺だってそう思うぜ。実際にその場にいても映画でも撮ってんじゃないかと思ったよ。
教祖様はNINJA。その親しい幹部は年齢不詳の魔女。魔女かと思いきや、戦えばありゃもう戦車だ。
コイツらと一戦交えるってーんなら、頭数と装備の充実が必要になる。ジャベリン程度は欲しいね。
いっそのこと空対地ミサイルでも降らせるか? ハッ。」
『なかなか笑えない冗談だ。』
「こっちも笑えねぇさ……だが、そのレベルで考えた方がいい。
今後やっこさん達は今回の件でセキュリティを強化するだろうし、そのセキュリティもどんなものか想像に難い。
現部隊だけじゃ手に余るのは簡単に想像できる。」
細身の男は息をつく。
『まぁ……アプローチの方法はいくつもある。
この魔女の姉さんの映像があれば、まずは友好的に接しようとするのは上も納得してくれるだろ。
だが俺達の仕事はいつでも『最善を期待して、最悪に備えろ』さ。』
「こんな東洋の神秘を相手にお偉方は何を欲してんのかねぇ……」
『さぁな。まぁそれは俺達が気にする事じゃない。
……変な気は起こすなよ? いいな? 大尉。』
「心得ております。少佐」
大尉と呼ばれた途端に空気が変わり、ピリっとした受け答えをする逞しい体躯の男。
『で、今はどうなっている?』
「……人型戦車はマフィア拠点を壊滅させに行ってますよ。
獲物も無し。『拳』だけでね。信じられねぇよ。
ライブ映像見ます?」
『もう十分だ……』
「ですよねー。」
『方針が決まり次第連絡をする。
それまでは監視の継続を。』
「了解。」
通信が切れ男は机に脚をかけふんぞり返る。
「いい女なのに……あんた怖いねぇ。」
男は別のモニターに映しだされているボロボロになっていくビルと、時折楽しそうな笑顔で鉄拳を振るうサリーさんに声をかけるのだった。
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「――うございます。
イチ様。 起きてください。」
身体を揺らされる感覚を感じ目が覚める。
視界には結香子の姿が飛び込んできた。
物凄くいい笑顔をしている。
「……おはよう……戻ってきてたんだな…俺。」
「はい。サリーさんが連れてこられた時は眠っておられました。
とても心配しました。私。」
そっと手に触れてくる結香子。
これまでの記憶が蘇ってくる。
「っ! 宝生はどうなった!? 本部は無事なのか?」
思わず結香子の肩を掴むと結香子はポッと頬を染め、視線を斜め下にずらしながら答える。
「は、はい。
サリーさんが解決に動いてくれているので問題ありません。」
「サリーさんが…そうか……って、あれ? 今、何がどうなってるんだ?」
結香子の肩から手を離し頭を掻く。
結香子は少し残念そうな顔をしながら軽く咳払いをし説明を始めた。
「サリーさんの伝言をお伝えします。
『イチ。アタシは今、神の如き力を手にしている。だから安心しな。
運よく生き残った……いや、運悪くだね。ふふっ。
ソイツを締め上げて、とりあえずこいつらの本部を潰してくる。』
だそうです。」
思わず結香子をゆっくりと二度見する。
「……えぇ~……」
すんごいため息が出た。
自分が結構、命を賭けるレベルの勢いで頑張ってた件を『ちょっと散歩行ってくる』みたいな感じで対処しているような気がして結構落ち込んだ。
実際に自分が『人殺し』になってしまっているのだから、なんか色々と考えてしまう。
「イチ様。サリーさんからもう一つ伝言がありまして……
『警察が動かないのは逆にチャンスだから、ゴミ片付け宜しく』
との事です。」
「『ゴミ』って……」
ハっとして、結香子を見る。
「まさか!?」
「はい……死体です。」
うわぁーーー!
サリーさん! なにやってんのーっ!?
「昨日サリーさんが片付けた襲撃者の事だと思われます。」
思い切り両手で顔を隠す。
いや……だって、母親代わりみたいに思ってた人が、人をゴミ扱いするショックって、かなりでかいよ? 実際すんごいショックだもの。
普段、人の道を大事にしている人なのに、他人を『ゴミ』て……えぇぇ~~……
この後、結香子に慰められ、なんとかしようと検討を始める。
事務員達は『神たる教祖様に逆らったのだから当然の報い』と言っている。
どうやら自分達を攻撃してきたことやなんかで若干現実逃避した感じで納得しているようだった。
なので俺も現実逃避して、ニアワールドの街の外に捨ててみる事にした。
たしかモンスターの死体はバクテリアっぽい生き物で魔素に変わって綺麗さっぱり無くなるはず。
だからきっと死体も魔素化するんじゃないかな。
うん。オレもう知らん。
よしっ。
とりあえずアデリーに相談だ。
ニアワールドに行くと、アデリーが心配が晴れたような顔で迎えてくれ……
――なぜ、アデリーさんは、私の肩をガッチリ掴むのです?
アデリーさん?
「女のニオイがする……イチ?
ナニをしてたの? ねぇイチそのベッタリついた女のニオイはなんなの? 私が心配して胸が張り裂けそうな時に何をしてたの!? ねぇ?」
ちょっと待て!
それは本当に知らんぞっ!
アデリーの首コキコキに自分の命の危機を覚える。
まったく変わらない恐怖に、以前の感覚と同じものを感じる事ができ『人殺し』となってしまったけれど、俺の環境が変わっていないような気がしてどこかホっとした感情も覚えるのだった。
「教えてイチ。ナニをしたのか。ナニをしていたのか 早く。すぐに。今すぐに。」
ただ……感傷に浸っている場合じゃないっ!
首が完璧に90度傾いてやがる!
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この後、とりあえず日本での出来事を説明し自身に本当に覚えがないことを必死に伝えると、なんとか表面上はアデリーを落ち着かせる事に成功する。
アデリーとは一緒に過ごした時間も長いから俺が嘘を言っているかどうかも、なんとなくわかるのだそうだ。なにそれこえぇ。まじ勘弁してください。
とりあえず、その隙に意識を逸らす為に死体の件を相談してみる。
「悪人でしょ?
森にでも捨てておけば?」
あら、気易い返事。
そのおかげでちょっと心も軽くなる。
なので、さっさと捨てる事にした。
運搬作業に、とんでもなく気を重くしながら日本に戻る事を告げると、アデリーから即時サリーさんと面会の希望が入る。
物凄い目力、気迫、あぁ流石です。アデリーさん。
俺は『分かりました』以外の返答はできなかった。




