136話 手遅れ【挿絵あり】
風の魔法を使い、まるで空を駆けるが如く移動をする。
慣性と重力に従い、時々地面や屋根に着地しては空高くジャンプし人らしからぬ移動速度で駆け抜ける。
高所恐怖症だのそんなことは、もうどうでもよくなっていた。
頭にあるのは、ただ『みんなを守る』
それだけだった。
一度ジャンプをする毎に風魔法の推進力を得て高く舞い上がり距離を稼ぐ。
着地までに上昇する風をつくりだしホバリングで飛距離を稼ぎつつ、着地での足への衝撃の負担を極限まで和らげる。
ジャンプの度に自分の精神力に安からぬ疲れが溜まるのを感じるが、道路を無視し一直線に移動でき、早さが求められる今、止めるわけにはいかない。
新世界の風本部が見えてきた頃、道路に着地をした際に通行人と目が合ったが気にせずジャンプをする。
目が合ったという事は指輪の透明化が消えているという事だろう。
多分必死に移動しすぎたせいで、以前より増えているとはいえ自分の魔力の残存量が心許なくなってきたのかもしれない。
でも到着さえできれば、
間に合いさえすれば、
アデリーの持たせてくれた魔法の巻物を使って魔法をぶっ放しまくればいい。
事務員達も守りを固めているはずだし、まだチャンスはあるはずだ。
本部に着くまで持てばいい。
早く。
とにかくいまは早く。
疲れから目の端がわずかに霞むような気配を覚えつつも踏ん張り、再度ジャンプした。
--*--*--
新世界の風本部が目前に迫る。
だが本部からは異常な気配がしていた。
空駆ける勢いそのままに駐車場にスライディングしながら着地し本部に目をやると、見慣れた姿は変わり果てた物と化していた――
玄関にはトラックが突っ込んで破壊されており、その周りには倒れている人達の姿。
至るところに爆発があったのかが穴が空いていたりガラスが滅茶苦茶吹っ飛んでいたり、一方的な蹂躙が行われたであろう事が容易に推測できた。
そしてなにより異様なのは、その惨劇の中心で高らかに笑い声をあげている女が居たからだ。
笑っている女と目が合い、俺は気を失った。
--*--*--
イチが本部を出た後の仮眠室。
静寂の中、突然衝撃音が響き仮眠室で眠っていた女は甘美な眠りが遠のくのを感じた。
「――てください! 起きてください!」
慌ててやってきたであろう結香子に揺さぶられ覚醒が促される。
それに対して小さくため息を吐きつつ目を覚ます。
「なんだい――折角いい夢を見てたってのに……無粋だねぇ」
サリーさんである。
「トラックが突っ込んできました!
どう見ても堅気じゃない人間が沢山やってきて本部の前が大変な事になっています!
今は、みんなで奥で守りを固めています。警察にも連絡をしましたが反応が薄いです。もしかすると宝生の手が回っているのかもしれません。」
結香子の言葉に耳を傾けながら、手を握ったり開いたり、首を右左とストレッチをするように伸ばしたりしている。
その雰囲気に一切の緊張や動揺の気配は無かった。
「イチはどうしたんだい?」
「ヤクザの本部へ向かいました……おそらくですが、その動きが監視されていたのではないかと思います。」
結香子は少し焦っているが、それでも冷静を保とうとしている。
サリーはそんな結香子の肩に軽くポンポンと手を置き、その緊張をほぐす。
「あの子が頑張っているなら大丈夫だろう。
ここはアタシに任せな。」
「その……大丈夫でしょうか?」
「……ふ…ふふ……フハハ!
アタシを誰だと思ってるんだい。」
サリーはその場で立ちあがり、右手に握り拳を作る。
すると
ジジっ! パチィっ!
と、サリーさんの拳の周りを一筋の電流が走り抜けた。
「アタシはサリー……無敵のサリーだよ!
アーハッハッハッハッハ!」
そう。
毎度おなじみ。
超スキルカードハイである。
人知を超えた能力を持つのは教祖だけだと思っている宝生。
イチよりもスキルカードを大量に取得し、現代日本において『破壊神』とも呼べる存在へと変化したサリーさんの存在など知る由は無かった。
そしてイチもまた、サリーさんが『準備をする』と言っていたのは、有事に備えて対策を練る事だと思っていて、まさか自身を破壊神化させるなどとは考えてもいなかったのだ。
「さて……まだ全部のカードを割っちゃいないんだけどね……まぁ、チンピラ相手には、もう充分すぎるだろう。
結香子。アンタにこのカードを渡す。ソレを割ってみな握るようにすればいい。
それで睡眠の魔法を使えるようになる……ソレ一枚くらいなら気を失う事もないだろう。」
「えっ?」
カードを投げ渡され戸惑う結香子。
その様子を見てニヤリと口角を上げるサリーさん。
「……イチがアンタは信頼できるって言ってたからね。」
「イチ様がっ!」
結香子の周りにまるでパァァと花が咲き乱れたような笑顔に変わる。
……ちなみに咲いた花は『アデニウム』である。
それはとても綺麗な花で『砂漠のバラ』とも呼ばれ、日本では意外と身近にあったりする花。
だが……アフリカの原住民が槍に塗ったりして使う毒を持つ花だ。
「アタシもアンタは時々暴走はするが、性根は間違ってないと思っているからね。
いざという時はその力で、みんなを守りな。」
サリーが言葉を発しているにも関わらず、その言葉の途中でパリィンとカードが割れる音がする。
『イチからもらった』という事で、サリーの言葉どころではないらしい。
いまだパァァと花を咲かせたまま、胸元で割れたカードが馴染みはじめる。
「あああああ……私の中にイチ様が、イチ様が入ってくる感じがするぅっ!」
恍惚とした表情で涎を垂らす結香子を見て、サリーさんはとりあえず白目を剥く。
「……結香子……恐ろしい子。」
そんな二人を尻目に騒がしい音が聞こえ始める。
サリーさんは、その喧噪に黒目を取り戻す
「ヤレヤレ……じゃあ行くかね。
イチが腹くくって頑張ってるんなら、アタシだって応援してやろうじゃないか。」
サリーさんの微笑は、まるで悪魔が笑うかのような凶悪な笑みにも見えた。
--*--*--
海外に拠点があり宝生の指示で騒動を起こしているマフィア達は、日本人の抵抗の薄さにあきれ笑いを起こしていた。
もし自分達の国で同じことをすれば、すぐに刃物や銃を使った抵抗が始まり激しい戦闘になる。
だがどうだ。
ここではやりたい放題だ。
宝生からの指示は『宗教団体本部にいる人間の誘拐』。
数人だけ確保しておけば自国に持ち帰ろうが殺そうが好きにしていいという。
宝生という人間は自国に対して有利になるよう政治的に取り計らい金を運んでくる有益な存在だ。
だから、こういう依頼があればこなしておくよう自国上層部から指示が来ている。
自分達としても日本人は『抵抗しない羊』だと理解しているからストレス解消に丁度いい。
ゲームでいうボーナスゲーム。
そんな羊狩りのつもりで来ていた。
数は20人。
全員が銃を所持しており、刃物を好む者は肩に担いだり腰に差したりして持ち込んでいる。
どうやら肉を切りたくてウズウズとし我慢が効かなくなったのか3人の男が突入を始めた。
後に残った者は血気盛んな3人で十分だろうと判断し、後片付けの心配を始める。
無駄に汚れるようになると面倒だが、突入したヤツラがそこまでバカではないと信じたい。
そのうち、服をひん剥いた女を中心に引きずり出してくるだろう。
誘拐してからの楽しみに舌舐めずりをしていると、突如、突入した男が派手に転がりながら駐車場へと戻ってきた。
一瞬呆けて男が転がり終わるのを眺めていると、男は壊れた人形のようにその場に動かなくなる。
信じられないような光景に唖然としつつ男が飛ばされてきた方向に目を戻すと、すぐにもう一人の男も飛んできて転がり、そして動かなくなった。
流石に残っていた17人は拳銃を構え、入口に銃口を向ける。
すると突入した男の顔を片手でアイアンクローしながら持ち上げ、不敵な笑みを浮かべながら歩いてくる女が目に入る。
アイアンクローをされている男は既に意識がないのか、その手足はだらんと垂れ下がっていた。
女は、美しい容姿に関わらず、まるで軽くボールでも投げるかのように男を投げると、これまでの男達のような勢いで吹っ飛んできた。
「こわぁい刀もって、いきなり刺しにくるんだからねぇ。
正当防衛だよ。正当防衛。なんせ自分の命は大事だからねぇ。」
女はクククと笑う。
男達は即座に危険と判断し、皆が一斉に引き金を引く。
バン ババン
ババパン
火薬の火が駐車場を照らす。
だが女は避けるでもなく、そのまま立ち尽くしていた。
全弾女に命中したのであれば目も当てられない姿になっているはず。
だが……女はその場に仁王立ちしたまま笑いはじめた。
よくよく見れば、女の前で全ての銃弾が『止まって』いるのだ。
「く、くく、くくく……やっぱりアタシの防御結界は優秀だねぇ。
こんな程度じゃアタシには届かないよ……クックククク。アーハッハッハ!」
また男達は再度引き金を引く。
だが、もう女の姿はそこには無かった。
男の後ろから声がする。
「また正当防衛だねぇ……安心して殴れるっ!」
バリバリと、サリーさんの両手から雷が走り何人かがその雷に吹き飛ばされ、雷と同時にサリーさんも移動し鉄拳を奮っていく。
サリーさんの拳は当たっていない人間までも巻き込み、どんどん吹っ飛ばしてゆき正当防衛という名の蹂躙が始まるのだった。
イチが到着した時に目にした高らかに笑っていた女は、サリーさんその人であった。
「アーーハッハッハッハ!
アタシは無敵っ! 無敵ぃぃっ!」
サリーさんの声と惨状を見て、安心して気を抜けたのだった。
イラスト
もじゃ毛 様
http://www.pixiv.net/member.php?id=3344017




