134話 禁忌破り
本日2話目
夜の暗闇と透明化の指輪。
隠密のスキルとそれはひどく相性がいい。
ヤクザの本部は警戒態勢が引かれているようで周辺をチンピラが巡回している。
だが俺が間近に接近しても誰も気づく気配すら無い。
この事実に自分がバンパイアにでもなったような優越感がこみあげてくる。
先の支部襲撃の経験で、首筋を冷やそうとしても瞬間的に低温にまで下げなければ相手が反応してしまい、気絶させることはできない事は理解していた。
そもそもの話として『冷やしたのは気絶させる』のは、無暗に命を奪わない為だ。
だが相手はといえば、こっちが気を使おうが使うまいが関係なく暴力に訴えてくる。
ならば更なる暴力をもって排除しても問題ないじゃないか。
どうせゴミのような存在なのだから、むしろ排除は社会にとっては喜ばしい事。
それが俺が辿り着いた考え。
ゴミはゴミらしく。
殺しても問題ないなら、冷やさずに『熱して』みればいい。
暴力団の本部の周りは普通の一般人もいる可能性が高く、面倒を避け風の魔法で身を軽くし塀に仕掛けがない事を確認して飛び移る。
塀の上から眺めていると本部内も定期的に巡回しているようだ。だが透明化の指輪も身に着けている俺は、まず見つかる事は無かった。
実際に近くを通った、いかにもチンピラといった雰囲気の男はまるで俺に気が付く様子は無く、このチンピラを実験台にする事を決めた。
実験内容は熱する実験。
これが成功すれば、もう……俺は『人殺し』になってしまう。
『一般』『平穏』という括りからは忌み嫌われる存在へと自ら足を進めるワケだ。
だが、そうする事で自分に近しい人達を守れるのであれば……それでもいい。
一瞬だけの葛藤。すぐにそっと背後から近づく。
そのまま後頭部を鷲掴みにして熱した――
0.5秒も経たない内に抵抗する素振りも無く男から力が抜け、ふらつき、倒れ、そして動かなくなった。
倒れゆく男を終止見ていたが罪悪感はまるでわかない。
というのも外傷がないせいか倒れて眠ったように見えたからだ。
ただ、俺の頭の中では『死んだ』という事は理解している。
俺は今、湯を沸かすのと同様の魔法を使い、間違いなくチンピラの頭の中の温度を上げた。
脳への熱ダメージは深刻だ。間違いなく致命傷になる。
余りにもあっけなく自分がこれまで避けてきた『殺人』を行い、犯罪者の仲間入りした。
そう実感すると、分かっていた事とはいえ鼓動が速くなりはじめる。
フッ フッ フッ――
鼓動に合わせて呼吸も徐々に浅く、早くなり、やがて息苦しさと吐き気を覚えた。
思わず膝をつき、なんとか呼吸を整えようと頭の中で現状の整理を進める。
「おいっ!」
後ろから声がした。
敵勢の気配も無く声をかけられ驚き振り返ると、そこには別のチンピラの姿。
小さく起きていた混乱は強制的に収められ、どうやって現状を脱するかを考え始める。
そしてチンピラの目線を見て気が付く。
『このチンピラは俺が見えていない』
自分が透明化の指輪をつけていた事すら忘れてしまっていた事に内心苦笑しながら。
声をかけてきたチンピラは死んだチンピラに対して声をかけているのだと、ようやく気が付いたのだ。
「なに寝てんだよ……」
声をかけても起きない男に苛立ちながら近づいていく。
そして倒れた男を軽く蹴る。
当然のことながら反応は無く、様子がおかしいことに気が付き、倒れた男を仰向けにして頬を叩く。がやはり反応は無い。
不安げに左胸に耳を当てたり、脈を計るチンピラ。
「し……死んでるっ!?」
チンピラの心音が聞こえず、息もしていない事に驚いた瞬間。その男の頭をそのまま鷲掴みにして熱した。
--*--*--
短時間に二人もの人間を殺した俺は、ある意味で吹っ切れてしまった。
二人目の後は動悸が起こる事も無かった。
むしろ驚くほどに冷静に考えられるようになっているようにも感じる。
実際に殺人という行為をやれることが分かり計画を思い返す。
今、結香子には若頭の洗脳を依頼してある。
これは暴力団を俺達の駒にする為、そして寝返らせた暴力団の暴力を利用して宝生富一の動きを確実に止める。
この目的を達成するには、洗脳する若頭よりも権力を持つゴミを排除する必要がある。
序列でトップが決まるのであれば、頭を挿げ替えてやればいい。
要は若頭より年がいってて偉そうにしているヤツを皆殺しにすればいいんだ。
自分の頭の中に『人を一人殺せば人殺しであるが、数千人殺せば英雄である』という言葉が渦巻き、その考えに支配されていくように思えた。
「さっさと終わらせよう。どうせ偉そうなヤツは奥まったところにいるんだろう。」
透明化の指輪の効果はそんなには長くもたない。
速攻で終わらせた方が安全だ。
移動を開始すると同時に目に付いたチンピラの頭を熱してゆく。
5人ほどを殺した頃に、ようやく異常を知らせるような警報も鳴り明らかに警戒が強まったような状況になっていた。
だが警戒をはじめても結局のところツーマンセルで動く程度、俺は両手で熱する事ができるのだから何の問題も無い。
むしろ手間が省けてちょうどいい。
その調子で、すぐに4組8人を手にかけた。
その後はもう数えるのを止め、目に付く物をとにかく処理していく。
--*--*--
やがて一つの部屋にたどり着く。
その部屋から怒声が響き渡り、勢いよくドアが開くと同時に慌ててヤクザ達が出て行った。
その様子から部屋の中には『指示を出せるヤツ』がいる事が伺い知れる。
警戒しながらドアを開けると豪華な机の奥に座った男が銃口をコチラに向けていた。
一瞬焦った。
だが、まったく発砲してくる様子が無かったことから、まだ俺の姿は見えていないと判断し指輪と隠密を信じて一気に部屋に侵入する。
ドアが閉まりしばらく様子を見ていると、初老と思わしき男が銃を構えていた力を抜き、小さく息を吐き机に置いた。
その額には冷や汗なのか脂汗なのか、小さな汗が浮いている。
ここまで見てきた中で、服装や態度、どれをとっても偉そうな男。
そしてこの焦りようから命を狙われる覚えがあるのだろう。
きっと相応の序列の人間。
俺の抹殺対象とみて間違いない。
『ようやく見つけた』と思うと、わずかに口角が吊り上がるのを感じ、それと同時に『抹殺対象はこの施設に何人いるか吐かせよう』と情報収集も思いつく。
初老の男が汗をぬぐう為か銃を置いており、銃がフリーになっているので、その銃を奪い銃口を向けて声をかける。
「どうもこんばんは。」
初老の男は、突如空中に浮かんだ銃と響く声に固まった。




