130話 救出の為に襲撃
失敗した。
チンピラの首を冷やす事に失敗した。
俺に気遅れがあったのが行動に反映されてしまった。
首に手を伸ばし触れると同時に『急冷』を行ったが、チンピラは突然の首筋の感触と冷気に驚いたように体を縮め、そのせいで首が手から離れてすぐに振り返ったチンピラと目が合った。
気づかれてしまった俺は、焦りを感じると同時に体内の血が急速に巡るのを感じ、瞬間的にまだ遠くないチンピラの首に両手を伸ばし絞めるようにして魔法で冷やす。
もしかしたら首を絞める力もかなり入っていたかもしれない。
「…っが…あ……っ」
右手はガントレットをしていてるが左手は素手。
運悪く左手がチンピラの体の前の方に回っていて、チンピラの爪が俺の左手に食い込む。が、痛みは感じない。
どれくらいの時間そうしていたのか分からないが、俺を見るチンピラの目がふっと焦点が合わなくなり意思が消え、それと同時に俺の左手を掴んでいた手が落ちて体全体が脱力したので手を離すと、チンピラはその場に倒れた。
自分の身体の激しい動悸を感じながら、倒れたチンピラを見ていると動く様子は無い。
そして俺を見ているメガネの男の事を思いだして目を向けるとメガネの男が呆然と見ていて目が合った。
メガネの男は状況の把握に手間取っていたようだが思い出したようにハッとし、何か行動をしようとしているように見え、俺は咄嗟に炎の魔法を使い、火の玉をメガネの男に放つ。
ボウリングの玉くらいの火の玉が勢いよくメガネの男に直撃し、メガネの男は直撃した火の玉ごと6台のディスプレイの方に吹き飛ばされていく。ディスプレイはメガネの男と火の玉がぶつかり大きな音を立てて破壊された。
火の玉はしばらくメガネの男にグイグイ押しあたった後に、小さく破裂して消えた。
俺は自分の放った魔法が人を傷つけたという事実が、自分の精神を襲い始め、手の震えが止まらずガントレットがカチャカチャと音を立てている。
メガネの男は大丈夫だろうか?
生きているだろうか?
チンピラも生きているだろうか?
そうだ。回復だ。俺は回復が出来る。
慌ててメガネの男に近づくと息をしていた。
どうやら気を失っているだけのようだけれど、火の玉が当たった所からは人が焦げる臭いとヒドイ傷痕が目に入った。
『これは下手すると死んでしまう』と感じ、両手を当てて回復魔法をかけ始める。
苦悶に歪んだメガネの男の顔は和らいでいくように見え、少しだけ安心感を覚えた。
その時、左手に傷みが走る。
チンピラに掴まれていた左手から血が流れていた。
とりあえず自分の手にも回復魔法を当て傷を治すと、外が騒がしくなっている事に気が付く。
そうだった。
ここはヤクザの屋敷の中だった。
侵入したのだから当然の事なのだが、現状置かれている自分の立場を思い出し、PCに火の玉をぶつけて破壊し部屋から離れ、慌てて隠密を全力でかける。
俺は廊下の隅で大人しく隠密を全力にしながら部屋の様子を伺っていると騒ぎを聞きつけてやってきた外に居た男達や、屋敷の中に居ただろう男達なんかも集まってきて怒号や怒声が響き渡り始めた。
聞き慣れない怒声のせいか、まだ小さな震えが治まらず右手のガントレットがカチャカチャと音を立て続けているので左手でガントレットを抑えて音を消す。
『俺は悪くない。』
『俺は悪くない。』
無意識に頭の中で自分の声が反芻している。
『俺は悪くない……』
自分の精神状態が異常をきたしていると感じ、大きく息を吸い込み、ゆっくり吐く。
それでも動悸が治まる気配が無かったので、もう一度目を閉じて深呼吸をする。
落ち着こうとする気持ちが生まれたせいか、まだ動悸と血の巡りが激しいのを感じながらも考える余裕が少し出てきた。
怒声が響く中、一度腕を組み右手を顎に当てて現状を考える。
まずい。
かなりまずい。
本当はこっそり侵入して、魔道具を頼りに結香子を見つけて隠密全開でさっさと出て行くつもりだった。なのに自分から手を出してしまった。
PCにだけデータがあればいいが、もしかするとデータリンクされていてどこかに保存されている可能性もあるし、屋内にカメラが設置されている可能性だってある。
まずい。
冷静になってよく考えて行動しなきゃ本当にまずい。
今、騒ぎが起こってしまったという事は、結香子に何かしらの害が及ぶ可能性すらあるかもしれない。
誘拐や拉致なら、きっと鍵付きの部屋に幽閉とかされているだろうから、見つけても助け出せない可能性もある。
じゃあどうする?
PCの有った部屋に再び目を向けると何人かが怒声を上げ、その中の一人が指示を飛ばしていた。
ソレを見た俺はある考えが浮かび、そしてその考えを肯定する。
すると震えが収まってくるのを感じた。
俺が手を出し、2人の人間を傷つけてしまった事は事実。
事実に変わりない。
だったら……もう、10人や20人でも一緒だよな。
それに、そもそも結香子に手を出すヤツラに同情する余地なんかない。
どうせヤクザだろう?
社会のゴミだ。
死んで喜ばれるようなクズだ。
かまうんもんか。
そして今、指示を出せる人間が目の前にいる。
これはチャンスだ。
俺は震えの止まった右手のガントレットのカートリッジを確認し、部屋から動き始めたヤクザ達に銃口を向け、左手をスイッチに添える。
そして、押した。
--*--*--
僕は、システムエンジニアをしている。
ブラック企業と揶揄されて当然の会社勤めをしていた時、その会社の社長が宜しくない相手の依頼を受けてしまい、僕は業務命令を受け、その宜しくない相手の家の監視システムの構築に関わる事になった。
システム構築中は怖い思いをしながら担当の人と話をしたりする事になったけれど、一定の距離を置きながら話をしてみると意外と普通に話をする事はできた。
気が付けば仕事で入り浸る内に、顔を見れば挨拶程度は普通にできるようになっていた。
そしてシステムを組み終わり、ようやくまっとうな仕事に戻れると羽根を伸ばしかけた時、なぜか僕はそのまま出向するように話が付けられていた。
流石にこれまで歩いてきたまっとうな道を踏み外すつもりもないので、社長相手に、辞表を叩きつけてやめようとしたら、なぜか話し合いの席に宜しくない相手が既にいた。ニッコリ笑顔で。
こうして僕は、なし崩し的にヤクザお抱えSEになるハメになった。
ただ、実際に付き合いが始まってみるとブラック企業のクソ社長に使われるよりも沢山のお金をくれるし、それに僕の下にも秘書的な人というか舎弟? を付けてくれたりして、きちんと休みも取っていい。それに、なんといっても女の子を色々と紹介してくれたりして最近ではこれはこれで良い仕事だよね。なんて思えなくもない。
ただ時々、部長と呼ばれている人から突然連絡が入って何日かモニタールームに缶詰にされる事もあるけど、これを乗り切ると、ご褒美がもらえたりするから、ちょっと変わったボーナスの為の仕事だと思う事にしている。
そして、今回も何が行われているのかは知りたくないけど、部長から呼び出しをくらってモニタールームに缶詰になり監視をしながら『ご褒美はなにかな~? 女の子だと嬉しいな』と思っていたのだけど、やっぱりヤクザはヤクザだった。
近寄るべきじゃなかった。
なんだか挙動不審な男の映像を確認し記録を残していると、突然玄関のカメラが不調を起こして映像を映さなくなった。
足代わりに動いてくれているチンピラさんに確認をお願いして、見に行ってもらうと、チンピラさんは戻ってきて驚愕の言葉を発する。
「玄関の監視カメラ、ハジかれてましたっ!」
ハジく? まさかだけど……任侠映画とかでよく見るような……『銃』で撃たれたってこと? 嘘でしょ?
少し現実逃避しながら、ふと直前の挙動不審者を思い出す。
「多分……コイツがやったんじゃないかな?」
モニターにそいつを写し出したのは間違いだった。
僕はヤクザを舐めてた。
さっさと指示されていた通りの動きをしたらよかったかもしれないが行動を間違ってしまった。
後ろから呻き声が聞こえたと思って後ろを見た瞬間。
モニターに映っていた男がチンピラさんの首を絞めて、そして殺した。
あっけにとられて様子を見ていると、男は獣みたいに激しい息使いをしながら僕を睨む。
僕は助かりたい一心で、すぐに押すはずだった緊急警戒警報のボタンを押そうとした所で、衝撃と爆音と熱さを感じた。
熱さと痛みに『あ、死んだ。僕』とうっすら思った瞬間、意識が途切れた。
…………
……
……次に意識が戻った時、そこそこの体の痛みを感じると共に、何か悲痛な男の叫び声が聞こえたので、間違いなくまずい状況であると思い、体の痛みに耐えながらうっすら目を開けて情報を手に入れようとする。
細い視界で確認できたことは、チンピラさん以外のチンピラさんが倒れている事と、僕に命令をかけてくる部長が壁に寄り掛かるようにして座っている。
ただ座っているだけなら良かったけれど、チンピラさんの首を絞めた男、きっと僕をこんな風にした男が、部長に叫び声をあげさせている所だったので、僕は大人しく死んだふりを継続することにして目を閉じた。
ただ耳は塞げないので、どうやってもやり取りが耳に入ってくる。
「あああああああぁぁーーーーーっ!!」
「俺の問いに答えないと、どうなるか分かっただろう? 誘拐した女の部屋の鍵を出せ。早く。」
「……お、俺は……し、知らない! あああぁぁーーーーーっ!!」
「次は中指だ。」
「ほ、本当なんだっ! 若頭がっ! 管理してるっ!」
「くそっ……ハズレか。」
「……ぐ……ぇ……あ」
あ、部長……もしかして…死んだ?
恐怖からうっすら目を開けると、グッタリしている部長と、部屋から出て行く男の後ろ姿が見えた。
とりあえず生きていられるかもしれない事に安心すると同時に、僕はもう絶対ヤクザに関わらない事を心に誓った。
--*--*--
廊下の隅から、魔法銃のカートリッジを黄色の雷に替えて、当たると電気が走る系の弾をヤクザにぶつけまくった。
大体の集まっていたヤツラは気絶したように見える。
気絶で済んでいればいいけど……ね。
一応これでもニアワールドの対モンスター用も考えた装備だし、実際に人に撃ったのは初めてだからどれくらいの威力なのか想像もつかないが、炎のカートリッジで致命傷になるよりはマシなはず。
俺の襲撃で異常を察知し、モニタールームの中に避難してた指示を出していた偉そうな人と他の人間達を確認し、他の人間達には雷弾を撃ちこみ崩れるのを確認。
そしてカートリッジを炎に戻して、指示を出していた人間が抵抗できないように、足と腕を撃った
炎のカートリッジはまさしく銃と同じような感じの威力になっているので、血も流れ叫び声をあげていている。
可哀想だとは思ったけれど、結香子の方が可愛そうなので情報を収集の為に仕方ない。
きっと部屋に軟禁され、それを開けるには鍵が必要になるはずだから鍵を持っていないか尋ねる。
でも『知らない』と言うので、素直になってもらう為に仕方なく人差し指に触れて熱すると、素直になってくれた。
ただ、どうやら若頭とか言うヤツが持っているらしいので無駄足を踏んでしまっただけだった。
指示を出していた人間の首を絞めて冷却して気を失わせてから、血が流れている部分には回復魔法をかけ部屋を後にする。
まだ魔法量自体には問題は無さそうだから、もうここまで来たら隠密でこっそり全員に雷弾撃ちこんでしまうつもりでいこう。
で、若頭は今の人と同様の対応で鍵を奪う。
カートリッジを黄色に戻し、解いていた隠密をかけなおして若頭を探す。
あぁ、それにしても誰かを傷つけるっていうのは気分が悪いっ!最悪だ。




