125話 カジノ騒乱編 エピローグ
「イチがアンジェナにプロポーズしたよ」
アリアが笑いながら放ったその言葉。
その言葉ひとつで、これから始まろうとしていた楽しい夕飯の時間は終わりを告げた。
無言のアデリーから放たれる絶対零度の冷気。
俺はその気配にアデリーの方を向く事すらできない。
笑いながら言葉を放ったアリアも、さすがに『あ、あれっ?』と、半笑いの顔を引きつらせる。
エイミーはゴードンの所で今後の発注方法のすり合わせなどをしていたので不在だったのは幸運だったのだろう。
だが居合わせたアイーシャは俺と同じように彫刻のように固まっている。
俺も悪寒を感じ氷のように固まっているのに、なぜだか冷や汗が滝のように流れるのを感じずにはいられない。
瞬間――
俺とアイーシャが固まっている姿に一瞥もくれず、アデリーが超スピードでアリアの口に指を突っ込んだ。
アイーシャの小さな悲鳴と共に、場はパニックが訪れた。
「なんていったの? 今なんていったの? ねぇ、私の聞き違いよね? でももう一回言って? イチが何? 何をしたって? ねぇ。 ほら、言いなさい。早く。早く! 早く言えーっ!」
アリアの口に指を突っ込みながらアデリーが言っている間に、俺は自分の命の危機を感じとりアプリを起動し日本に逃げだすことに成功する。
アリアがアデリーの注意を引いていたからこそ、なんとか逃げる事が出来た。
ニアワールドで危険を感じた際の最終手段としてのアプリ脱出だが……初めて使った。
これまでニアワールドと日本を繋げるゲートを俺しか超えれない事は、面倒だとばかり思っていたけれど、その事がこんなにも有り難いと感じたのは初めてだ。
日本側で絶対安全を確保した状態でアデリーと話す。
ただ……無表情なアデリーが見えない壁にびったり張り付き、見えない壁をカリカリと爪で引っ掻くから、いつか見えない壁が割れるんじゃないかと思い冷や汗が出っぱなしだ。
違うんです! 誤解なんです先生!
アデリー先生っ!
--*--*--
なんとか4時間の間ずっと弁解の言葉を発しつづけ、ようやく事の顛末を聞きいれてもらう事ができ、アデリーの怒りは鎮まった。
よかった……本当によかった。誰もポリポリされなかった。
ちなみに最初の3時間55分は俺がアデリーの店から逃げた事への怒りがメインだった。
いやだって、死んじゃう。
きっとそこに居たら死んじゃってたもの。俺。
アリア?
なんか涎たらしてピクピクしてるけど、知らねーよ。もう。
尚アイーシャは、しずか~にずっと部屋の隅で体育座りしてた。
アデリーの誤解が解けたのは良かったけれど、運が悪いというか間の悪い事に、アリアだけじゃなく、異常を察して様子を見に来たアルマン商会のネコミミメイドのレノラに俺の能力を見られてしまったように思う。
思う……というのは、レノラが入ってきた瞬間は、まだアデリーがお怒り真っ最中の状態でご対面したから、あっという間にグルグル巻きの拘束で吊るされて睡眠毒を食らってたので、きっと記憶が混濁してよくわかってない状態になるんじゃないかと思うからだ。
だけれども、その時は大型テレビ越しに言い訳している時だったので、大型テレビサイズの枠の向こうにいる俺と、俺の家の居間の景色を見たはずだ。
レノラが蛇メイドのエレンと合流すれば、この一件を話すだろうし、アルマン商会に俺の能力がバレる可能性はある。
できれば秘密は大っぴらにしたくない。
誤解が解けて俺を許してくれたアデリーに恐る恐るその事を話すと。
アデリーも流石に誤解で怒髪天を衝いてバツが悪かったのか、とりあえずレノラを第2のエイミー化しようって事になった。
俺歓喜。
命の危機よ有難う。
ネコミミニャンニャン!
尚……なぜか俺はアンジェナの件のお仕置きって事で、エイミー化はアデリーとアイーシャで遅くなった夜ご飯を食べてから行われる事になった。
つまり、俺。お預けを食らい、スレンダーネコミミさんと蜘蛛とドワーフの絡みを見せつけられる事になったわけだ。
くそう……
生命の危機を感じたから、異常にムラムラしてるのに……くそうくそうっ!
アリア?
もうずっと痺れてればいいよ。くそう。
俺、拗ねて日本で不貞寝。
翌朝起きて覗いてみたらアリアが復活して混じってた。
くっそ羨ましい。
てーか一晩中とかどんだけ?
ネコミミニャンニャンはそんなに、くっころだったの!?
こうして、アルマン商会の俺に付けた『鈴』は一つ外れた。
ネコミミメイドのレノラの『鈴』が外れ、逆にアルマン商会に対して鈴をつける事ができると確信したアデリーは、その後、残りの4つの『鈴』に対しても同様の処置を繰り返していくことになるのだった。
--*--*--
砦跡の改修はギルド出張所やギルド職員の住居の追加、その他オーファン達の住居に就労人員の為の寮や、俺の要望を叶える為の施設も必要になり、それらの追加工事も行う大工事となった。
3カ月が過ぎ、八百万商会の拠点となる砦跡の改修が進む。
ホテルにカジノ、ショッピングモール。
ギルド出張所や日本の商品卸販売所。
社員寮に予備住居と八百万商会事務所。
商品倉庫に金庫、大金庫。
そして秘密の研究所。
多くの設備を備えた、小さな町ともいえる施設が完成したのだった。
尚、日本で5億円の資金があっても湯水のように使ってしまえばすぐになくなるので、伊藤さんにコッソリと長命のカードを渡したりもした。
俺はこの完成した施設を
『夢と欲望の園』
とし、ギルドを通して俺の所有物として申請し、勇者の街ギルドとアルマン商会の猛烈な後押しをもあって正式に八百万商会の管理する施設として認可がおりた。
『夢と欲望の園』
稼働を始めたこの施設ではルールがある。
大きなルールとして、白金貨、金貨、銀貨、銅貨、鉄銭の使用が制限される事。
代わりに俺が日本で準備した、それぞれの貨幣に対応したプラスチックのカードが、施設専用の紙幣として扱われる。
黒色の印刷で図柄と共に1と記してある名刺程度の大きさのカードが鉄銭の変わりになる。
白金貨はトランプ程度の厚さのプラスチックカードにレインボーカラーの箔押しで図柄と10000と書いてある。
このように、各貨幣価値ごと対応したプラスチックカードを用意し、カードは価値が大きくなるとカード自体の大きさも大きくなり、見わけがつきやすいように作ってある。
そう。独自通貨を採用したのだ。
独自通貨の単位はドリームとグリードの頭を取って『ドグ』とした。
これを施設の随所に設けてある換金所で貨幣と交換でき、そして施設内での決済は全て『ドグ』で行われる。
ギルドや王城に対しては『別の仮想通貨を使う事で、特別感の演出と実際の貨幣価値を忘れさせ、大いに使ってもらう為の工夫』として説明し、多額の納税に繋がる事を謳い理解は得られている。
カジノのチップはドグとはまた別で、円形の従来のチップだ。
アルマン商会やゴードン商会にはゲームセンターを設立してもらっていて、そこでは同じカジノチップが使われている。
ただし王都や勇者の街では換金だけは出来ない。
ゲームセンターでは、ゲームセンターにしか置いていない景品を交換する為にしかカジノチップは使えない。
ただ、その景品の中には『ドグ』紙幣も紛れ込んでいる。何せ綺麗なカードだから景品でもおかしくない。
そう。知っている人はゲームセンターで勝ったら報酬として『ドグ』を手に入れ、そして『夢と欲望の園』に来れば現金化できるのだ。
アルマン商会とゴードン商会にも八百万商会との決済をドグで行えば、1割引きする形をとっているので俺の周辺の決済はほぼドグが流通し始めている。
さて取引先にアニークラウディオの名前が無いと思ったかもしれないが、アニはアニの希望の元、八百万商会に取り込んだ。
ホールデン含む魔法使い集団と共に、八百万商会開発部門やショッピングモール内での甘味販売、関連用品販売部など施設を与え、そこで活動している。
カジノについては勇者の街のカジノの支配人をそのまま砦跡に引き抜きカジノ部門のメインを担当。
ホテル業務に関しては、スキルを得て復活を果たした砦跡のオーファン達と孤児院のオーファン達、それとアトとサトを中心に回してもらっている。
食品やショッピングモールの管理はアニとアイーシャに任せ、ゴードン商会とアルマン商会に対する卸部門ではエイミーと懐柔された蛇メイドことエレンが中心となり運営。
もちろんギルド出張所についてはアンジェナと、ギルドのネコミミさんとクラムがやってきて、通常のギルド運営を行っている。
そしてそれらの統括はムトゥが取り仕切り、その上に俺とアデリーが居座っているのだ。
かなり多くの人数が働く事になったけれど、給金はしっかり銀貨で一般の倍の水準を支払っているので、働きたいと勇者の街や王都から志願してくる人間が後を絶たない。
また大きな声では言えないが、カジノで負けが込んだり買い物で散財した人間に声をかけてくる『ドグ貸し屋』という、スキルを担保にドグを貸す業者も園内に存在しているらしいという噂がある。
ドグ貸し屋はスペシャルギフトオークションへの参加でその金を回収するらしいけれど、なにやらスキルによっては超大金のドグと交換に、スキル取り出し実験を行うような事があったりもするらしいとの噂だ。
マッタク オレノニワデ ケシカランナー
イッタイ ダレガ ソンナコトヲー
その他、工事に関わったドワーフ達とも懇意になり、次回の工事がある時は是非声をかけてほしいと言われたので、色々提案してみると一部のドワーフが補修が出た時に対応できるように住みついた。
よほど日本製の大工道具や工事素材が刺激的だったらしい。
彼らには工房を用意し、さらにそこにホールデンという要素も混ぜ込んでみた。
どんな化学反応が起きるかと思ったら、あっという間に魔力で動くフリーズドライ装置を完成させたよ。
どうやら『混ぜるな危険』を混ぜてしまったらしいけれど、後悔はしていない。
尚、俺が滞在する住居も砦跡に構えてあるけれど、ここは正式にアデリーの家としてあるので俺もよくお邪魔する。
俺の家ではない。
なんせ、神様との約束があるから。
俺が住むところを決めたらニアワールドの行き来ができなくなる約束だ。
だから俺の家や部屋は無い。
こうして八百万商会はあっという間に、どんどん金を集め大繁盛をするようになり大商会としてニアワールドにその名を広めていく。
俺は間違いなくニアワールドでも有数の金持ちへの道を歩みはじめ、そしてアデリーをはじめ、勇者の街で俺と一緒にいる事を選んでくれたアイーシャ、エイミーにアリア。
アルマン商会のメイド達であるレノラ、エレン、ソフィリア、ベラにキャシーといった、素敵な女性達のハーレムも形成されている。
……まぁ、ハーレムの中心は俺ではなくアデリーなワケだけども。
そのおかげで、時々おこぼれには預かれてます。はい。
しかし、なんという圧倒的な獣率。
いや、みんな可愛いし綺麗だし、そりゃあ最高だよ?
ただ……俺。ニアワールドで人間とかエロフとかといい関係になった事ないの。
折角の異世界なんだもの、どうせなら……
って思うと、途端に悪寒が走るからソンナコト考えないよ?
後、アンジェナも
「食事に誘わないのは何故です?」
「すみません」
「では。今から行きましょう。」
「あ、はい。」
的なやり取りが多くなり、アンジェナの終業後にお食事をお供させて頂いたりと、非常に健全なお付き合いをさせて頂いております。
こうしてニアワールドで何もかもが順調に動き出した時、日本で俺が持ち込んだ長命スキルカードが大問題を引き起こしていた。
伊藤さん。
日本で宗教法人の幹部として活躍し、日本円を稼ぎ、俺に尽くしてくれている伊藤結香子。
俺の事を色々観察しては、未だに「私でよければ、お慰めしましょうか?」と関係を迫ってきたり、ヤバそうな香りのするお願いでも平然とした顔でこなす黒い笑顔の伊藤結香子。
そんな伊藤結香子が誘拐された――




