124話 アンジェナ暴走
本日2話目
ギルドの存在をすっかり忘れていた。
アンジェナのその声量に、俺とゴードンは思わず目を細め、俺についてきたネコミミメイドのレノラと、ゴードンのネコミミ護衛のリンジーは耳を器用に折りたたんだ上に手で抑え、犬耳メイドアリアは耳鳴りでもしているのか口を開け耳が痛そうな顔をしている。
ちなみにアデリーは、店で溜まった仕事をしているので俺に同行していない。
アンジェナのキレ声を浴びて、思い出す。
ギルドはニアワールドの世界全体に組織として広がっていて、ゴードン商会は俺の持ち込む製品の事務用品等を勇者の街のギルドに卸販売している。
そして勇者の街ギルドは、他ギルド支部へ商品代金に手間賃を上乗せして販売し収入を得ていた。
これまでの取引実績から考えると、おおよそ他支部への独自物流などの構築もかなり本格化している事が予想できる物量だ。
にも関わらず、俺が王都のアルマン商会と取引を開始するとなると、王都のアルマン商会は十中八九……いや、確実に王都ギルドに商品を流す事になるだろう。
さて、アルマン商会が王都のギルドに事務用品を流すとどうなるか。
他ギルド支部は、王都ギルドと勇者の街ギルドのどちらから品物を買うか選択肢ができる事になり、勇者の街ギルドと王都ギルドは商売敵になる。
そして他ギルドへの距離の関係から王都ギルドを選択する支部が多くなるだろう。
つまり勇者の街ギルドにしてみれば、折角苦労して構築した物流なども、そのまま王都にまるっと持っていかれてしまう事になり、さらに現在、他ギルドからの受注を見越して大量に仕入れを行っている事務用品は勇者の街ギルドから動かなくなり在庫を過剰に余らせる事になって負債と化す。
そうなると赤字覚悟の処分価格ででも放出せざるをえない。
アンジェナの切れ声で、慌ててやってきたアンジェナの上司のクロ……クラムに会議室に案内され、状況を把握したクラムが、苦虫を噛み潰した上に辛酸をなめさせられ、さらに苦汁を飲まされたような顔で、懇々とこれから予想される状況を語る。
その懇々とした言葉は「恨みますからね? このままそうなったら、ほんと恨みますからね?」と言われているようにも聞こえ、流石に俺としても、勇者の街ギルドに知り合いも増えたし、あまり睨まれるような事はしたくないので提案をすることにした。
「勇者の街ギルドの出張所を砦跡に設けるのはどうか?」
と。
出張所の店舗の整備は俺が責任を持って行うし、俺の商店『八百万商店』のルールとして、ギルドへの販売は八百万商店のみが出張所だけに限定して行うものとし、ゴードン商会、アルマン商会とアニーにはギルドとの直接取引は遠慮してもらう形を提案した。
この場にいるゴードンは別にして、アルマン商会の承諾を得てはいないが、
『俺の出した条件を飲まない? あ。そう。じゃあ他商会と取引する。』
と言ってしまえる立場なので、きっと飲んでくれるはずだ。
実際ゴードンは俺の提案に対して、かなりの苦い顔になっていて申し訳ないとも感じる。が、ここは大規模ネットワークのある公的機関のような存在に対して義理を通させてもらう方を選ばせてもらおう。
なんというか……俺、殿様商売一直線だ。
これは恨みを買いかねないからフォローに気を使う必要がありそう。
今回はゴードンの大きな取引先を奪ってしまう形になるから他の商売での優遇を考えておく必要があるかもしれない。
俺の提案に対してクラムが光明を見出したようで、ほっとしているのが伝わってくる。
その様子から、きっと砦跡に勇者の街ギルドの出張所が儲けられることになると予想ができた。
出張所があれば……ギルドカードの更新用のオーブなんかも、きっとついてくるはず。
俺が逆にスキルカードをゲットする下地が整っていくと内心喜んでいると、アンジェナが不思議そうな顔で口を開いた。
「なぜ、当ギルドに対してそこまで融通をしてくれるのですか?」
「アンジェナさんにはお世話をおかけしてますし……不義理をしたくありませんからね。」
と、笑顔で社交辞令を言っておく。
「私の為……ですか。」
「? えぇ。まぁ、そうとも言えますね。」
何かを考え込むように下を向くアンジェナ。
なんか間違ったかと思い様子をうかがっていると、アンジェナは顔をあげ口を開く。
「……私が砦跡の出張所に滞在すると言ったらイチさんはどうしますか?」
「え~っと、そうなればとても嬉しいですね。
もちろんその際は、勇者の街よりも快適に過ごして頂けるような環境を作る事をお約束します。」
「それは出張所となる店舗についてでしょうか?」
「そうですね……出張所も快適な作りにしようと思いますし、部外秘の情報や取り扱い品もあるでしょうから、ギルド関係者だけしか立ち入りできないような工夫もさせて頂きます。
あぁ。もちろん出張所に勤める事になる職員さんには、業務外の私室などでもしっかり快適に過ごせる環境を用意させて頂きます。」
さらに考え込むアンジェナ。
「つまりプライベートに対しても面倒を見て頂ける。という解釈で間違ってないでしょうか?」
「あ。ええ。そうですね。自分でできる限りですが安心して過ごして頂けるように頑張ります。」
さらにぶつぶつ言いつつも考え込むアンジェナ。
「では、最後に質問ですが、私の事はどう思います?」
「え? 真面目で素敵な方だと思ってます。」
「好きですか?」
「は? え、ええ……それはもちろん好きですよ?」
「分かりました……
申し出をお受けします。」
?
「私の為に、ここまでの便宜を計ってくださって、そして、公私ともに面倒を見てくださるとまで言って頂けた……そこまで過大な気持ちをぶつけられては、それにお応えしなければ女が廃ります。
とは言え、いきなり結婚などは難しいので、結婚を前提としたお付き合いからでお願いします。」
「「「 ちょっ! 」」」
俺とクラムとゴードンのツッコミが被る。
その後、クラムが『飛躍しすぎ』と落ち着かせ、俺も『それは思考が明後日の方向に行き過ぎ』と諫める。
アンジェナは『はて?』って顔をしていたけれど、なんとか事態は沈静化の運びとなった。
どこをどうしてそうなった感が漂いつつも話を詰めてギルドを後にし、ゴードンに色々と勝手に進めてしまった詫びと、補てん内容を検討する旨を伝え、少しだけ話しあってから別れてアデリーの店に帰る。
疲れもありぐったりしていると、その日の夕食の際にアリアが
「イチがアンジェナにプロポーズした。」
と、アデリーに報告した。
してしまった――




