120話 初めての王都
ぶっちゃけ、ちょっとだけ泣いた。
『泣いたらダメだー、泣いたらダメだー』と思うと、逆に泣きたくなることってあるじゃない?
『ンフー。』って息してる時にフニョンってされて『大丈夫よ』って言われてみ?
そりゃあじわっとくるし、グォっとか、グッとか喉から変な音も出るってもんだわ。
変な音を鳴らしつつよしよしされて落ち着いて、少し恥ずかしい気持ちになったけれど、気を取り直しヴィンセントに向き直る。
「スミマセンでした……取り乱してしまって。」
「いえいえ……それだけ近しい者に信頼を寄せておられるという事でしょうし実直なお人柄が伝わってまいりました。もしお辛いようでしたら日を改めますが……」
「いや……行きます。王都。」
ぶっちゃけ今3人の顔を見れる気がしない。
知らんふりして騙され続けるのも怖いし……正直に仕事で近づいたと言われてしまうのも怖い。
だから、今はとりあえず考える時間が欲しかった。
日帰りの予定だったけど、1~2日遅れるくらいいいだろう。
「分かりました。では、早速ですが王都に向かいましょう!
ロニー。皆にすぐに出立の準備を整えるように伝えてくれ。」
ヴィンセントにロニーと呼ばれた護衛の男は目礼をして席を立った。
「さて、ではその間にヒマ潰しがてらに少しご教示ください。
こちらで食事として出された保存食についてですが――」
ヴィンセントが商談といった感じではなく単純に興味から質問をしてくる。
レトルト系の食品が、一体なぜこんな美味しく瑞々しい状態で保存が効くのかと興味津々だったので、密封して熱殺菌してあるという事や、殺菌の概念を説明した。
アニも俺の説明を色々興味深そうに聞き質問してきたりもしたので、砦跡に備蓄してあるカップラーメンを開封して、保存方法には殺菌の他、揚げて水分を飛ばして乾燥させたり、フリーズドライで水分を飛ばす方法もある事も説明する。
内心フリーズドライは氷と風と火の魔法なり、魔道具なりで実現可能なんじゃないかと思っている事を話しているとロニーが戻ってきたので砦跡の外に出る。
外に出て、俺はアルマン商会を少し舐めてたかもしれないと思った。
なんせ人数が15人程いたのだ。
しかも既に王都に向けて風の魔法使いが超スピードで使いとして走り始めているらしい。
ただ、ここで一つ困った事が発生。
ヴィンセント達は通常の馬車よりも魔法を併用することで早く移動できる馬車を準備しているらしいのだが、俺の使う車程スピードが出せるわけじゃないし、馬車の外を歩く人もいる。
俺としてはダラダラ移動するのは時間の浪費になるので避けたいし、荷卸しが終わりスペースも空いたので、俺の車に同乗してもらっての移動を提案した。
結果、俺、アデリーの他、アルマン商会から4人をバンに同乗させる形での移動となった。
尚、アニは保存食を食べてみて、魔法でできそうな保存食の加工方法を思いついたらしく、すぐに実験してみたいと言いだしたので砦跡に残り実験をしてみるらしい。
俺はそれを聞いてニアワールドで新たな保存方法が確立できれば、それはとても良い商売のタネになると感じムトゥに砦跡の農園で出来上がった野菜等、アニの望む食品の提供とアニの行う実験の観察をお願いした。
ムトゥも『ニアワールドで新しい食品の長期保存方法を確立させる事』と『その実験方法やアイデア』の価値を重視していたようで二つ返事で了承し、すぐにサトをつけてアニを案内させていた。
サトは優秀な魔法使いだから、きっとアニがやろうとする事を理解するだろうし真似もできる。すぐさまこうした指示を出すムトゥは本当に有能なんだと思う。
こうしてアニは砦跡に残る事になった。
俺は、アトとサトと砦跡のオーファン達用に日本から持ち込んだ市場には卸してないオヤツとムトゥへの労い用の日本酒が運んでもらった荷の中に入っているので食べてほしい事を伝え、アトの顔が綻ぶのを見て砦跡を出発した。
さて、アルマン商会からは、ヴィンセント、ロニー、それとヴィンセントと同じ年くらいに見えるエルフの男ヴィニット、それとしっかり露出の少ない服を着ているのに何故か妙にエロイ空気を感じずにはいられないルマナという女が、バンに乗り込む事になった。
移動を開始すると、ま~うるせぇうるせぇ。
外装だの椅子の作りだの仕組みだのキャッキャキャッキャ。子供かと思ったわ。
テンション上がっている時は五月蠅いで済んで良かったけど、移動が始まればなんせ道が舗装されていないからそこそこ揺れるわけです。
その内ヴィニットが車酔いして、ルマナもヴィニットの酔った姿に貰い酔いしたりで、休憩をそこそこ頻繁に挟みながら王都に向かう。
そうした移動でも、夕方頃に王都に到着。
かかった時間的に砦跡の位置は、勇者の街と王都のちょうど半分の距離に位置しているように感じられたので、王都でカジノの楽しささえ広まれば、たくさんの客がやってくる可能性は十分にあり、砦跡は実は2大都市から毟り取るには申し分ない最高の場所なんじゃないかと感じ始めていた。
そんなことを考えながらも初めて見る王都。
王都の景観については、勇者の街と違って大きな壁があるのではなく低めの壁が並んでおり、その壁の外には深い堀が掘られていて、結果として高い壁があるのと同じ意味合いを持っているような作りになっている。
ただ、王都の方が山や丘など少し高めの視点から見るだけで、壁だけではなく王都の景観を見渡せるようになっていて、そのインパクトは大きい。洗練された華やかな都市の印象を感じさせる作りだと思った。
もちろん王都というだけあり、都の中心には立派な王城がそびえ立っている。
ファンタジックな光景に感動を覚えつつも早速王都に入る事になり正門に近づくと衛兵に車をかなり怪まれた。が、そこはヴィンセント・アルマンの力で顔パスで王都に入れてしまった。
勇者の街に入った時は、右も左もわからないからドキドキしたが、今度はその時よりも純粋に注目を集めすぎてドキドキするハメになった。
なんせ変な箱の乗り物に、その中で一番目立つ位置にいるのは黒髪の不細工だからな。目立つ目立つ。ははは。くそが。
街の道をヴィンセントの案内の通りに運転しながら色々チラ見してたけど、本当にノースリーブのワンピースを着ている人がいて眼福。ひたすらに眼福。
どうやって物流がここまで来たのかは謎だが……カミソリとか脱毛クリームとかもちゃんと売ろうと思ったよ。
時々、なんというか『もっさー』ってなってる人がいたのが許せなかった……
美人なのにもっさー。
…………あんまりだ。
あんまりだぁぁっ!
俺はそんな趣味はねぇんだよぉっ!
案内されて行きついた所は、アルマン商会は正しく王都1だと理解するに足る屋敷だった。
なんせ庭に噴水付きとかどういう事?
勇者の街の最大手の商会となったゴードン商会は例えるなら街の『雑居ビル』のようなイメージ、対してこっちは『宮殿』って感じだ。
商会というよりも貴族の家っていう方がしっくりくる。
車は俺しか運転できないので厩舎ではなく、そのまま庭にポツーンと置かせてもらうことになり、停車しロニーが下りると同時に出迎えの小間使いやらメイドやらが出てきて整列し、まー現実感の無い事。
本当にここは商会なの? 貴族の家じゃないの? って思っちゃった……まぁ、実際にヴィンセントの自宅兼貴賓用の館との事で、移動で疲れているだろうから休息を優先させたらしく、商会自体は別にあるらしい。
いや、それの方がすげぇよ。
早速、今日泊まる部屋に案内されたけど、俺とアデリーは別の部屋が割り当てられアデリーが若干ムスっとした顔になった気がした。だけれど、ヴィンセントが何やらアデリーにコチョコチョと話しかけていて、アデリーはうんうんと頷き納得したように見えた。
首を捻りながらもアデリーと別れ、案内された俺の部屋の扉がメイドさんにより開かれ、とりあえず中に入る。
すぐさま目に飛び込んだのは、まぁ~なんともでかい天蓋付きのベッド。
俺から自然と出てきた言葉は
「はーー。
王様の部屋ですか?」
だった。
天蓋付きのベッドが入っても尚広々とした部屋。
立派な調度品に、ふかふかカーペットなんて、もう王様イメージしか沸かないじゃないか。
……もちろんベッドに飛び込むしかないよね。
飛び込んで思う事は、大の字に手足広げて寝転がっても余りまくるベッドってすげぇ! それだけでテンションが上がる。
まだ開きっぱなしだった扉がコンコンコンとノックされ慌てて上半身を起こすと、服を着ていてもエロい人ことルマナの姿。
まだ会って間もない美人さんに失礼な態度をとってもなんなのでベッドから降りようとすると、にこやかに『そのままお寛ぎください』といった感じのジェスチャーをされる。
「お休みのところ、突然申し訳ございません。
この屋敷内でのイチ様の御用係をお連れしましたので、宜しければご紹介させて頂けませんでしょうか。
そのままで構いませんので、少しだけお目をお借りできれば……」
と、エロい微笑みでこっちを見ているので、とりあえず
「あ、はい。」
と、答える。
「皆。いらっしゃい。」
そうルマナが合図をすると、ぞろぞろと色んなメイドが部屋に入ってくる。
なぜか入ってきたメイド達には特徴があった。
ネコミミ、ウサミミ、犬耳といった獣娘に始まり、蛇娘といった『なんでメイド!?』と疑問が浮かぶようなメイドまで居る。
一人だけ『人かな?』と思う娘がいたが、身長から察するにドワーフっぽい。
好みの専属を一人選べってことか? と思いつつ、読めない現状に泡食っていると、エロい微笑みのルマナがにっこり微笑み口を開く。
「ここにいる全員がイチ様のお世話係ですので、お困り事や用事がなどがござましたら、すぐにお申し付けくださいませ。
どのようなご依頼でも、誠心誠意お応えさせて頂きますわ。」
『どのようなご依頼』部分を静かに強調された気がしたので、ルマナのエロい微笑みも相まって、もしかして……伽とか……そんな感じの隠語ですかっ!? とドキマギしてしまう。
俺の戸惑う様子をみたエロい微笑みの人が、さらにエロさを増した微笑みが浮かぶ。
「なんでしたら……私にお申し付けくださっても構いません。今は少し用があり席を外しますが、夜が深まった際にでも精一杯お仕えさせていただきますので……それでは、晩餐の準備が整うまで今しばらくお待ちくださいませ。」
そう言って、ほわんと甘い香りを漂わせてルマナは一礼して踵を返した。
メイド達を全員、部屋に残して。
まったくもってけしからん……けしからんなぁ。
俺の勘違いかもしれんが、ハニートラップを食らった俺に対してさらにハニートラップ上乗せする気じゃないのか?
これは、まったくもってけしからん。
ネコミミさんはスレンダーな感じで線の細さが美しさを感じさせるし、ウサミミさんは豊満で、ややぽっちゃり感があるけれど、それが返って優しさを感じさせる。
犬耳さんは実直そうな雰囲気で芯の強さと頼りがいのありそうな空気を放つ『姉さん』って感じだし、蛇娘さんはつかみどころのなさそうな、なんとも怪しげな雰囲気を持っている。
最後のドワーフちゃんに至っては保護欲をかき立てるような儚さを醸し出している。
こんな娘達が……誠心誠意俺の言う事を聞いてくれるだと?
しかもアデリーと部屋を分けたのは、きっと意味があるはず……そこから導きだされる答えと言ったら……
あぁ、まったくもってけしからんなぁっ!
でも……ね。ほら、なんか折角だし。
……お願いしてみようかな?
--*--*--
「あぁっ! それはダメですぅ! あああ」
「あぁ~……私もダメになっちゃいました……はふぅ~……」
「だらしないな皆。私はまだまだ大丈夫。
さぁドンと来い! って、あぁ!嘘!?」
「みんな駆け引きってものを分かってないわね~、ちゃーんと考えて動かなきゃ。」
「もう負けちゃいそうです~! あぁん!」
「ふふふふ、どうしたどうしたまだまだ俺は全然余裕だよ~?
俺がすっからかんになるくらい、5人全員で搾り取ってみろよ。くっふっふっふ。」
扉をノックする音が聞こえたので返事をするとルマナが扉を開けた。
そしてベッドの上で5人全員を相手に遊戯を楽しんでいる俺を見て、軽く驚いたような顔をした後、微笑んだ。
「あらあら……早速お楽しみのようですね。」
「えぇ折角ですからお言葉に甘えてメイドさん達に相手をしてもらっています。あ。仕事中にまずかったですかね?」
「うふふ。いいのですよ。
これも彼女たちの仕事ですから。それよりもこの子達は、きちんとイチ様のお相手をできておりますでしょうか?」
「いやぁ~、やっぱりまだ慣れてないせいか俺の手の平の上で見事に踊ってくれてる感じですよ。 ほら、この通り。」
「あぁ~~! やだー!それダメー!」
「あらあらうふふ。
そろそろ晩餐の準備が整いますので、それを中断頂くことはできますでしょうか?」
「あ、はい。
じゃあ、みんな続きはまた後で。」
「「「「「 は~い 」」」」」
俺はトランプを片づけた。
ナニしてたかって?
……俺が親になってブラックジャックして、賭けチップ毟り取ってたんだよ。
王都では勇者の街程、時計とかが浸透しているわけじゃないから、メイドさん達はトランプに書かれている数字の認識はできなかったけど、数字自体は模様の数を数えればわかるし、ゲームルールは説明したらすぐに理解してくれたので、俺は彼女達にゲームの楽しさを理解してもらって王都でもカジノが受け入れられる土壌をつくる根回し。
そして可能であればゲームを広めてもらってカジノに人が来るようにしようと思ったんだ。
……まぁ、建前だけど。
本音はみんなでゲームして暇つぶししようぜ! だけどね。
さぁ、晩餐だ。
王都のお金持ちの晩餐って、いったい何が出るんだろうか。
ちょっとドキドキする。




