11話 見込取引先ゲットー!
「ん~~~!!」
「痛い痛い痛い。」
バシバシ叩かれているので、とりあえずチョコは喜んで貰えたらしい。
叩かれるまでの流れはこうだ。
ソックスの話をして、同じような質の物の新品であれば、銅貨1~2枚でもイケるかもよ? と教えてくれたアデリーさん。
銅貨1枚は約千円。
小売りで銅貨1~2枚で売れそうというのであれば、その間を取って銅貨1枚と鉄銭5枚がまぁ納得できるレベルの値段ととっていいだろう。小売店の利益も考えるとして鉄銭7枚くらいでの卸もアリ。
安売りの靴下で3足入って1000円で買える事を考慮し、3足セットを基準にして銅貨2枚の卸値で仕入れてみない? とアデリーさんに持ちかけると
「私の足はコレだからね~。
来たお客さんに試させて売るとかの協力はできるよ? なんか面白そうだしさ。」
という事だったので、こっちでもとりあえず種まきとして靴下をばら撒いてもらうことにした。認知を進めてから委託販売の形を取れた万々歳と思い、その旨提案するとアデリーさんは「いいよ~」と軽い。
奥様方と親しいし、食うに困らない程は稼いでいる余裕からだろうと思い頼もしく感じ、ここはひとつ仲良くなっておくべきと、お礼に残しておいたチョコを一つ進呈したら美味しかったらしく、折角なのでもう一つも渡したらバシバシバシ。という流れだ。なんというか食べてから陽気さがましたような気がするが、気のせいだろう。
……しかし『アラクネの糸』か。
現実世界でも蜘蛛の糸は鉄より強いとか言われていたりするし、ものすごい可能性がありそうな気がする。
「アデリーさん。糸を少しだけ分けてもらう事ってできます?」
「ん~? なぁに? 私の身体から出てくるアレが欲しいの?」
「えぇ『糸』が。」
「そっかー私のアレが欲しいのかぁ。
なぁに? アレが出てくるところを見てみたいの?」
「ノーサンキューで」
自分の正常な思考がガリガリ削られそうな気もするので、とりあえず断っておく。
が、まぁー気にすることなく器用に4本足で立ってお尻? をコッチに向けて余った2本の足でくるくると出した糸をまとめてるよ、この蜘蛛。
「はい。どうぞ。
お菓子のお礼とお近づきの印にタダであげるわ。」
ウィンクしながら2本足で丸めた糸を渡してくるアデリーさん。
ちなみに複眼の方にも瞼があった。
「粘度も調整できるからね。
ソレは私からでてくる中でねっちょりしてるやつじゃなくて、カチカチのヤツよ。」
「言い回しがなんですけれど、どうも有難うございます。」
触った感触は釣り糸にも絹糸のようにも感じられるし、純銀のワイヤーのような印象も受ける。
これは調査の為に工業試験場行き確定だな。
もし日本で価値が高ければ、アデリーさんから糸を仕入れて靴下を渡すとか物々交換もありだろう。
なんとなく世話になりそうな気もするし、さらに仲良くなる為の贈り物とかもしておいた方がいいかもしれない。よし、アデリーさんの好みを聞いておこう。
「わぁ。こんなに綺麗な糸を見たこと無いので嬉しいです。
次来る時には是非お礼がしたいんですけど、アデリーさんは何かお好きな食べ物とかってありますか?」
「ん~。まるで私の美貌を褒められてるようで悪い気はしないわね。
でもいいのよ。その程度ならいつでも言って……と、言いつつも好きなのは肉と酒よ。
でも今の甘いのも、なんだか上等なお酒を飲んだような気がしてすごく美味しかった。うふふふ。」
「かしこまりました。
じゃあ次に来る時には、ご期待に応えられる物をお持ちしますね。」
「あら。楽しみにしてるわ。
で、貴方のお名前は?」
「あぁ失礼しました。イチです。」
もうこの際、異世界ではイチで通す事にした。
「よろしくね。イチ。
私はアデリー。別にさん付けは要らないわ。」
「わかりました。では、また。」
出ようとする俺に、ヒラヒラと手を振るアデリーさん。
「あぁそうそう。ちなみに『次』っていつ来るつもりなの?」
「明日……ですかね?」
ちょっと呆れた雰囲気で笑い、手を振るアデリー。
異世界らしい知り合いと、盗撮用モデル&糸仕入れ先。
しばらくは大事な人になりそうだ。
そう思いながら手を振り返して店を出る。
なんだか一杯飲みたい気分ではあるけれど、まだこっちで使える銭が無いのでエールはお預け。つまり今日はもう異世界でやる事なし。
アデリーさんのお土産を買ってくる必要もあるので、アイーシャさんの店の少し離れた所でアプリを起動して自宅へと帰ることにした。
日本へ戻り着替えて車で酒屋へ向かい、2,500円のウイスキーと金色の紙に包まれたナッツ入りの大きめのチョコと、安くてたくさん入っているチョコの2種類を購入。
ついでに夜ご飯の食材に『スイス直輸入! 焼くだけかんたんレシピ』と謳ったレトルトじゃがいも料理も買って作ってみる事にした。
レシピ通りに作ってみたが、まぁ~塩辛い。
レトルトっていうか、海外の味付けってこんなもんだよね。
少しガックリきながらも異世界の料理がうまい料理でありますようによ願う食事を終え。盗撮したカメラのデータをPCに移動するだけ移動した時点でやる気がきれた。
写真販売サイトなどへの登録は面倒になり、風呂を沸かしてゆっくりする事にした。
風呂につかり目を閉じて思い返す。
……今日は色々あったような気がする。
口まで湯につかり、しばらくぶくぶくと泡を吹いてから、頭まで湯に潜る。
ぷはぁ! と顔を出してみると、思考がクリアになっていた。
顔を拭きつつ、明日やる事をまとめはじめる。
・午前中に工業試験場にアラクネの糸
・昼過ぎにアイーシャさんの所に行って値段確認。
もし可能であればアイーシャさんに売りつけて現金ゲット
・適当な時間にアデリーさんの所に行ってプレゼントして仲良くなる。
・15時くらいに中央広場で奥様方にお兄ちゃんコールを貰う――
いや、お兄ちゃんコールはもうやめるべきだな。
『チョコレート頂戴』って品名を連呼させる方がいい。
後、アイーシャさんがLEDランプ壊してくれてると良いなぁ。
壊してたらなんでも言う事聞いてくれるんだもんなぁ。
「どうか! アイーシャさんの使っているLEDランプを、アイーシャさんが壊してますようにっ!」
風呂場で目を閉じ、真剣に神様に願う。
……ちょっとリアルに神様に電話してお願いしてみようかとか思ってない。
全然思ってない。
ちょっとしか……思ってないよ。
「アイーシャさんの使っているLEDランプを、アイーシャさんが壊しますようにっ!」




