115話 無茶を始めたイチ
「オッサンじゃねーかっ!」
「おおおっ! いつぞやの黒髪の……」
翌朝アリアとアイーシャに一緒に来てもらい行動を開始した。もちろんアトも一緒だ。
コンパスの指示に従うと、やがて木造の家に行きつき扉をノックをして出てきた人物を見てすぐに、ずっと引っかかっていた事を思い出した。
『ラッサン・ブライ』は、俺がニアワールドにやってきた時にジャイアントに追われていた馬車のオッサンだった。
そう。
俺がジャイアントに襲われたおかげで生き残ったと責任を感じて、街に入るまでを手伝ってくれたオッサンだったのだ。
久しぶりの再会を喜びつつ話をし、砦跡についてラッサンに聞いた事をまとめると、ラッサンが砦跡に行かなくなったのは……正確には行けなくなったのは間接的に俺が原因だった。
ギルドやゴードンの情報の通り、ラッサンは勇者の街で物資を集めてから砦跡に運ぶという事をしていたらしい。もちろん必要経費はムトゥからもらうなりしていたのだが、完全にボランティアでやっていて、何故手伝うのかの理由は濁された。
ラッサンが普段どんな仕事をしているのかを聞くと、馬車を活かして街での運搬業務に精をだして生活をしているのだとか。
肝心のラッサンが砦跡に行けなくなった理由だが、ラッサンは元々戦う能力が無いため、砦跡への移動については王都に向かう冒険者に同行させてもらい一緒に移動することで安全を確保し、そして砦跡で荷下ろしをして帰る際は勇者の街に向かう冒険者が砦跡にいれば一緒に移動する形を取っていた。
もし砦跡に勇者の街へ向かう冒険者がいなければ、馬車に『風の魔法』の『移動力向上』を付与してスピードを出して一気に帰っていたらしい。
これは砦跡に向かうまでの道程でジャイアントの討伐ができていれば、ジャイアントが再び襲ってくるまでにタイムラグが生まれるので、比較的安全な復路になっているのを利用しての事だそうだ。
どちらかと言うと復路はこの方法で帰る事が多かったのだそうだ。
『風の魔法 移動力向上』
ん? あれ?
そういえば俺……そんなスキルカードゲットしてたな。
そう思うと同時に『まさかな』と思い直してラッサンの話を聞いていると……その『まさか』だった。
ラッサン。
カジノにハマり、借金の形に『風の魔法 移動力向上』を売り飛ばしてた。
スキルをある程度の量売ってしまった為に、ジャイアントから絶対に逃げ切れる自信がなくなったこと。そして、ギャンブルで使ってしまった為、仕入れの費用もヤバイと。
話を聞きながら表情筋を固定させたままの俺。
なんせラッサンの行動を制限する元凶だもの。
不都合を生じさせた原因を前にして、いい顔をするような人間はいまいて。
そう構えている俺に構わずラッサンに対してカジノの創設者が俺である事を何のお構いなしに教えるアト。
そんなアトの行動に俺は白目を剥かざるをえなかった。
ただラッサンは複雑な表情になりながらも「立派にやっているんだなぁ」と、俺の活躍を喜んでくれた。
……流石に知り合いからスキルを奪っているのには罪悪感が生まれました。
すみません。すみません。
やっぱ街でカジノは良くないね。うん。
さて、探すべき人物を探し当て現状の把握も済んだ。
だが、ムトゥの要望は砦跡にラッサンを向かわせる事。
そのラッサンは移動手段がヤバイ。となると新たに『ラッサンを安全に砦跡に移動させなきゃいけない』というミッションが発生してしまった。
冒険者に護衛を依頼してもいいが、むしろここは俺がきちんとムトゥの所にラッサンを送り届けた方がムトゥやアト達の好感度が上がり、今後の為に良いように思える。
だが砦跡までの往復の移動に4日も拘束されるのは問題だ。
そこで俺は……日本である手配と実験をすることにした。
--*--*--
数日後。
「ヒャッハー!」
街道を猛スピードで走り抜ける箱。
そう。車。
日本から持ち込んだバンだ。
移動の際に街道がある程度整備されていて車でも走れる道であることを確認していたので、俺はニアワールドに物資運搬の為の車『バン』を持ち込むことにした。
ちなみに猛スピードといっても40~50キロ程度の安全運転。
これ以上のスピードを出すと、窪みなどを見逃した時に事故ってしまう恐れがあるから出せないのだ。
同乗者はアデリー、アリア、ラッサンにアト。
ちなみにどうやって持ち込んだのかというと、日本ではイベント等で使用する大型スクリーンを搭載した車を高額だがレンタルできる。
それを借りて小型PCを接続できないかを試みたところ、大型スクリーンを扉としてニアワールドとつなげる事が出来てしまったのだ。
なのでそれを利用し、俺は車をニアワールドに持ち込んだ。
この事により同タイプの大型スクリーンを宗教施設内に設置してもらう事を伊藤さんにお願いし、伊藤さんも俺の言う事なので二つ返事で快く引き受け、さっそく手配にかかってくれている。
移動する車内では、みんな面白い顔をしていたが車の速さに慣れないせいかアリアなんかが酔ってしまい、時々休憩をはさみながら砦跡に向かう。
前の徒歩と馬車では行きで2日かかったが、今回はジャイアントが出てきているのに関わらず4時間もかからずに砦跡に到着する。
早速ラッサンとムトゥに面会してもらい、ラッサンの話からムトゥは、カジノの魅力と利益の大きさ、そして危険性についても十分理解したようだった。
その他ラッサンの現状を確認した事で街に新たに生まれた『金貸し』などの存在や、その対価にスキルが当てられることなども確認を終えた時、ムトゥはもう十分とばかりに、アトとサトにラッサンを休憩させるよう指示して別室へと案内させる。
そしてムトゥと俺との話合いが始まった。
「察するに……イチ殿はカジノ以外。
……金貸し業にも一枚噛んでおられるのではないですかな?」
少しビクンと反応してしまう。
図星です。すげぇな。
「いえいえ。私は金貸し業は営んでいませんよ。」
俺の反応を見てムトゥは続ける。
「金……は、オマケ。
第一の目的は……『優秀なスキル』を手にする事でしょうか?」
俺の返答をまるで聞いていないように持論を続けるムトゥ。
俺は表情筋に営業スマイルを固めたままの状態を保ちながら聞く。
ムトゥって人は有能って言われてるらしいけど、有能って言うかエスパーかなんかなのか? 話しているだけで色々な事を知られてしまいそうで怖くて話せなくなる。
「乱暴な推論をしてしまい申し訳ない。
イチ殿には隠さなくてはならない理由もあるのかもしれません。
が……もし私の言った通りであったのならば私は貴方に対して協力を惜しまない。
そして私の願いを聞いてくれるのならば、貴方の為に最大限の便宜を図るし私が死ぬまで忠誠を誓ってもいい。」
「……」
ムトゥの言葉に、どう答えていいのかわからないので沈黙を守る。
「これから私の言動の納得いただける理由をお話ししましょう。
少し昔語りになりますが――」
ムトゥが静かに重そうに口を開き、語りはじめた。




