111話 砦跡への旅、二日目
本日2話目
「いやいやいや……なんですか? その追放者って言ういかにも危険そうな響きは……」
「イチさんはギルドカードも持ってらっしゃいませんでしたもんね。
ご存じなくても仕方ないかもしれませんし説明させて頂きますね。」
アンジェナが説明してくれた事をまとめると、主に勇者の街で暮らすのに適切ではないと街の上層部に判断された人間が街から『追放』され、街に立ち入る事を許されなくなるらしい。出入り禁止だ。
そうして追放された人間は『追放者』と呼ばれる。
街の歴史も浅い為これまでに追放された人間はそう多くはないらしいが、6~7年前に多くの人間に対して多大な影響を与える行いを取った為、チート勇者の決定の下、追放となった者がいたそうだ。
その人間がかなり有能な人間だったらしく追放が決まっても支持する者がおり、それらが追放者に付き従い追放者を中心とした集団を形成し、それが砦跡に住み着いているとの事。
なぜ王都等の他の街に向かわないのかは不明。
それに勇者が追放を決定したにも関わらず街から近い場所に居て、なんの迫害を受けず排除されないのも謎らしいが特に問題を起こすこともない為、放置されているとの事。また彼らは砦跡の一部を整備や警備する事で冒険者にとって安心して休める休息場所を確保しており、宿泊に関わるサービスを提供する事で駄賃を稼いでいるらしい。
要は安心して眠れる宿を経営しているという事だ。宿泊料金も高額という事もなく割安で、物々交換などにも応じる事から冒険者には重宝されているらしく、そういった意味でも排除しにくくなっているらしい。
尚、追放者となった者は壮年の男で、無暗やたらに人を襲うような人物ではないので安心して良いらしい。
逆にそんな安心できる人間が、いったい何をして追放されたのかという疑問に行き当たるが、アンジェナでは記録を探る事はできなかったそうだ。
ただし砦跡の不法占拠には間違いなく、共存するか、はたまたギルドや王都絡みで強権を発動して排除し追いやるかは俺の判断次第との事。
アンジェナの説明を聞いて、ため息を一つつく。
「どう思った? アデリー」
馬車に乗ったまま小声で小さく呟くと、先行していて距離があったはずのアデリーがするすると近づいてきて口を開く。
「イチのしたいようにしたらいいんじゃない? 私はイチの応援と手伝いするし。
ただ……勇者様が絡んでいるかもしれないって事だけは気になるわね。」
離れていたのに話を全部理解しているアデリーにアンジェナが不思議そうな顔をしたが説明も面倒なので「アデリーは耳が良いんです」としておく。
俺の決定ひとつで追放者達を追い出す事もできる……か。
街から追放されてから結構長く砦跡で暮らしているんだろうし、いきなり出て行けってなっても恨みを買うだけだよな……無理矢理追い出したら捨て鉢になって最悪野盗になってもおかしくないだろう。
それに勇者が追放決定したとはいえ、もしかするとワケありで勇者と裏で何か繋がっている可能性があるからこそお目こぼしにあたっている可能性まである。
であれば話してみて話せるようなら共存する方向で進めた方が良いだろう。
話せなかったり悪い人間だった場合は……またその時に考えよう。
それに宿泊場所を提供しているんなら、ある意味接客業をやってるようなもんだろうし、ホテル兼カジノ的な場所で働く事も提案できるかもしれない。
こっちからは職と食を提供するような体制を整えれば、きっと損得勘定からそろばんをはじくだろうし、頭を使える人間なら話も聞くだろう。そして聞いて貰えれば断る理由もそうそうないだろう。
ぼんやりとそんな事を考えつつ
「で、話は変わりますが、あの保存食――」
と、喋るアンジェナを適当に受け流して過ごした。
時々ジャイアントに襲われながらもアデリー先生の活躍もあり問題なく足を進め、砦跡目前の地点に到達する。
このまま足を進めれば夜には砦跡に到着する距離らしいが、今回の旅のメインは砦跡の確認と、新たに発生したそこの住人との話し合いをする事なので、朝一番に着くように調整をしようとアンジェナから提案があり了承した。
まだ夕方になったばかりで時間に余裕があったので、アデリーに簡易テントを作ってもらい日本でご飯を作ってくることにした。
日本に戻ってすぐに近所のコンビニで冷凍の肉や野菜、レトルトカレーやカレールーを買い込み、全部ごちゃまぜにしたカレーを作りながら米も炊く。
それなりの数のレトルトカレーを冷凍の肉や野菜を使って作ったカレーに追加して増量してあるので、見た目も味も問題なく食べられる仕上がり。レトルトの状態で持ちこめば、またアンジェナが煩そうだし、それになによりレトルトのままのカレーより一手間加えた方が美味しく食べられると思っているのだ。
御飯も炊きあがり全部まとめてギリギリ一時間かからないくらいで作り終え、急いでニアワールドへ戻る。
アンジェナの興味を無駄に引かないよう、きちんとカレーはお玉をさした鍋にいれて、ご飯は大皿に山盛りにして、しゃもじをさした状態にして持ち込み、みんなに振る舞った。
もちろんアンジェナに「その鍋は? お玉? しゃもじ? なんでできてるんですか? このしゃもじ! それよりもどこからこれだけの物を用意したのですか?」と興味を持たれてしまったのはご愛敬。
いやはやカレー人気は素晴らしい。
カジノの近くにもカレーを出す店を構えているが、ニアワールドで馴染みの少ない米を主体にしている為、まだ食べた事の無い人ばかりだったらしく冒険者達も初めて食べる人ばかりで、かなり良い反応を見せてくれた。
ちなみにアデリー達は出店に当たって味見をしてもらっているので何度も食べている。
ゴルなんかは、かなり気に入ったらしく戻ったら早速店にも行ってみると鼻息を荒くしていた。
こうして食事も終え、各自テントや馬車に戻り二日目の夜は前日と違い平穏に過ぎ――
「アリアちゃんだよー!」
……なかった。
「みんな大好きアリアちゃんがドーン!」
ハンモックに飛び乗り、俺とアデリーに対して『おいでおいで』をするアリア。
いや……確かにアリアの事は嫌いじゃなくて、どちらかと言えば美人可愛い元気っ娘な感じで好きだが……自信満々に『今日も私を好き好き言ってくれていいよ』的な空気を作られると流石に俺もアデリーも微妙にイラっとする。
なんせ今日俺もアデリーも素面だし。飲んでないし。
というか昨日が異常だっただけだし。
エイミーがアリアの様子を見て『どうせ私より…アリアが……』的にいじけだすのも相まって2倍くらいの勢いでイラっとしてしまう。
アデリーと顔を見合わせ無言のまま頷き合い、今日は『エイミー好き好き』作戦をすることを決めた。
昨日頑張ってくれてたみたいだから。エイミー。
せめてものお詫びも兼ねて普段のお礼を兼ねてきちんと大事にしよう。
ん~~! エイミー! 可愛いよエイミー! ハァハァ。
--*--*--
――間違った。
なんていうか……俺とアデリーは選択肢を誤った。
なんせウチの馬メイドさん、Mッ気が強い上に、外で人の目があっても俺に『乗れ』とか言ってくるくらい性欲旺盛な変態さんなのを忘れてた。
それになんというか俺とアデリーとアイーシャとエイミーは、アデリーを中心としたハーレムを築いてしまっているわけで……既に肉体関係がアリアリなわけです。
そんな関係の上で『好き好き~』なんてしてみたらどうなるか。
素面でエイミーにベタベタしたりチュッチュチュッチュしようとしたら何がどうなるかくらい、ちょっと考えたらわかるのに、イラッとしたせいで考えなかったのは大失態だった。
そして昨日は『好き好き』言われていた犬っ娘が、嫉妬にかられてどう行動するかも。
はい。
全員裸っすわ。
もう一勝負終わってますわ。
いや、正直嬉しいけれども。うん。
ぶっちゃけ眼福だし役得だし、内心ウキウキだけれども。うん。
ただ……ゴードンになんて謝ったらいいんだろう。
…………
まぁ、とりあえず今日はぐっすり眠れそうな事はありがたい。
明日は追放者と話さなきゃいけないんだし……今は疲れたし、とりあえず何もかも忘れて眠ろう。そうしよう。
……そっかー、アリアは首筋と尻尾の付け根が弱かったのか~……そっかー。ふへへ。




