10話 当面の取扱い品は決まりそう。【挿絵あり】
「んーーっ!」
女の人の『んー!』頂きましたー!
内心でクラッカーを鳴らす。
目を見開き手をパタパタと動かし「んー!んー!」と、食べてない奥様に食べるよう促す奥様。
美味しい物を食べた時の反応はどうやら異世界でも、そう変わりはないようで望んでいた反応が得られ嬉しくなる。
連鎖反応的に次々と「んー!」反応をみせる奥様方。
いいぞいいぞ。もっと反応しろ。
そして子供も早く食って騒げ。俺の為に。
母親の様子を見て、食べ始める子供達。
「なんだこれー! すごく甘い!」
「うわーー! うわーー!」
「ねぇねぇっ! もっとないの!?」
「はっはっはー。俺の事『おにいちゃん』って呼んだらあげるよ~。」
「「「「 おにいちゃんっ!! 」」」」
明らかに子供達からじゃない方向からも声が混じっていたので思わずそっちを見ると『やってしまった』という顔をした奥様が一人いた。
子供に渡した後、苦笑いしながらその奥様にも渡すと他の奥様も呼びそうな気配がビンビンに感じられた。
結果……どうやら俺には、美形の妹がたくさんいたらしい。
「おに――」
「すみません。もう手持ちがないです。
もう一個の飴の方は長持ちしますんで勘弁してください。」
「あああ。すみません! つい……」
口々に申し訳なさそうに謝罪を口にする奥様方。
「いえいえ、気に入って頂けたのなら良かったです。
また明日になれば手元にあると思いますんで私を見かけたら声をかけてください。」
微妙に恥ずかしそうにしている奥様方と、飴の包みを開けて食べ始めている子供達。
子供達からは「これもあまーーい」と、また歓声が上がった。
屋台で商売を営んでいる人達の多い所で奥様と子供の『お兄ちゃんコール』で、ある程度注目を浴びた。
また奥様と出会った時にきちんと用意しておいて騒いでもらおう。
しばらく続ければこっちから声をかけずとも、商魂たくましいヤツならきっと俺に声をかけてくるに違いない。
営業は自分から動くよりも、興味を持って声をかけてきたやつに持ちかける方が成功しやすい。
しばらくはその為の種まきの時間。そして投資だ。
「あぁ、そうだ。
申し訳ないんですが、肌着とかを売っているお店ってどの辺りにあるか教えてもらえませんか?」
昨日交換した服屋は、そこそこかしこまった服屋で肌着が無かった。
靴下を取引に使うのななら肌着屋がいいだろう。
相談してみると一人の奥様の帰り道に店があるらしく連れて行ってもらえる事になった。
連れて行ってくれる奥さんはトーリさんと言う人で、どこがとは言わないがとても豊か。とても素晴らしい妹がいたんだな。俺。
案内してくれた店は雑貨通りの裏にあった。
道中の話から一般庶民は肌着に関しては、布を買って簡単に作成してしまう事が多いらしい事も教えてくれて。わざわざ既成品を買ったりするのは余裕のある家との事。
非常に参考になったので小分けのお菓子を4つと残った飴を渡すと、非常に喜んでくれた。
こうしておけば、奥様ネットワークで俺の噂が広まるかもしれないし、それに俺に親切にすると見返りがデカイと勝手に思ってくれればしめた物だ。
なんて思ってたらトーリさんがハグしてくれた。
もうとても豊かな豊かさが豊かで、俺、幸せ。
ちなみにもう残りはチョコ2つだ。
トーリさんに連れられて案内された店に入る。少し裏通りにあり日が当たり難く薄暗い。
ただ、品物は綺麗な反物や、縫製して形になっている物など豊富に棚に整理され、しっかりした店という印象を受けた。
「アデリーー! お客さんよー!」
おおう。トーリさんでっけぇ声。
「あいあーい。今いくよー」
声と共にアデリーさんと呼ばれた店主の姿が見えてきた。
「あ、すみません。
ちょっと店の前に落し物したみたいで、ちょっと見てきますね。」
その姿をみて俺は回れ右でゆっくりと外に出る。
そしてしゃがんで落し物を探すフリをしながら深呼吸する。
アデリーさん。
おっぱいおっきかったなぁ。
腰つきもセクシーだった。
やっぱり美人が多い世界最高。
いや……考えるのはそこじゃない。
一瞬だけチラ見した映像を思い返す。
美人なのに、目に白目がなかったねぇ。
あと、こめかみに複眼があったね。うん。
上半身は目と複眼以外オカシイ感じは無かったけど……問題は下半身か。
まぁ。
蜘蛛だよね。
うん。
物語でも出てきたアラクネだわ。アレ。
ストーリーの中だとヤンデレ気質の人が多い感じだったように思う。
よし。OK。
突然すぎて驚いただけ。
もどろ……
「見つかった?」
ニヤニヤしながらこっちを見ているアデリーさんとトーリさん。
うん。なにやら楽しんでらっしゃるね。
良かった良かった。
怒らせてなくてなにより。
よし。正直に言おう。
「嘘をつきました。すみません。
アラクネさんを見るのが初めてだったので、驚いてちょっと深呼吸してました。ゴメンなさい。」
どうやら俺の態度から、全部お見通しだったようでトーリさんはクスクスと笑い続けている。
「いーのいーの。慣れたもんよ。
むしろ初めて見た割には落ち着いてる方ね。
剣抜いたり魔法撃ってきたりしないしさ。あはは。」
明るく笑うアデリーさん。
とりあえず店に足を戻し、しっかりと改めてアデリーさんを見る。
うん。
上半身は何とも魅力的。
褐色の肌に白い髪、着ている服はシルクの布を器用に巻いたような装い、無駄にウエストを締めて谷間が強調されていて大変素晴らしいと思います。
下半身はそんなに大きくなく、上半身と同じくらいの大きさの黒と黄色の危険色カラー。
毛の少ない蜘蛛で固そうに見える。そして6本の蜘蛛の脚。
よし。
とりあえず盗撮だ。
「じゃあ、私はこれで」
「あ。ありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそいっぱい貰っちゃってありがとね。」
トーリさんを見送り振り返る。
そこには間近のアデリーさん。
近いです。アデリーさん。
やっぱり違和感はすぐにぬぐえません。
喰われそうで怖いです。
俺の様子を見てヤレヤレといった雰囲気で軽くため息をつくアデリーさん。
「で、どういった御用かな?
うちは肌着と肌着用の布。まぁ、私が作った糸を私が編んだ奴だけどね。そんなのしかないよ?
後は勝負用のオーダーメードかな?」
6本足を4本足にして、普通の手と2本足で編むフリをしている。
この蜘蛛、陽気な蜘蛛なのかもしれない。
ん? アラクネの交尾ってどんなんなんだ?
やっぱりオスは油断してると、まんまの意味で食われるのか?
いや、アラクネは女しかいないはずだから対象は人か。
となると人は食われるのか?
「もしもーし。そこの君ー。
人の店でトリップするのはやめてもらえませんかー。」
「っぴ」
思わず変な音が出るくらい近い。
近いです。アデリーさん。
パーソナルスペースって言葉教えようか?
上半身は人なのに人っぽくない動き方で移動してくるから違和感が凄い凄い、ものスゴイ。
「あぁ、すみません。ちょっと色々考えてしまいました。
……えっとですね。今自分が履いているような肌着って取り扱ってます?」
靴を脱いで靴下をみせる。
「んん?」
顔を近づけられると、匂いを嗅がれそうで微妙に恥ずかしい。
「なんだろうコレ。
ガーターでもないしホーズでもない。
……でもよくできてるね。」
「靴下……ソックスって言うものなんですけども」
「セックス?」
「ソックス。」
即答を返す俺に首を捻りながら俺を見るアデリーさん
「うーん。セックスなら知ってるけど、ソックスは知らないわ。」
あぁ。このアラクネは『親父』だ。
俺の中でアラクネのイメージが無害な物へと変わった。




