108話 アデリー戦う
アデリーが特殊性癖の持ち主らしき冒険者に向き直り問い掛ける。
「アナタ名前は?」
「じ、ジャコですが……」
「そう。じゃあジャコさん。
アナタ戦ってる人達に連絡取れるみたいだし、ジャイアントが全員全速力でこっちに来るように戦っている人達に伝えなさい。」
「で、ですが我々は依頼主の――」
「いいから。私がちゃんと対処してあげるから。
ほ・ら、早くなさい。」
アデリーはどこかのんびりした様子で、準備運動なのか人間の手を組んで天へと伸ばしストレッチをしている。
ジャコと名乗った特殊性癖の魔法使いの男はアンジェナに向き直り視線で問いかけると、アンジェナはアデリーに従うよう一つ頷いた。
その様子に納得はしていないようだが、ジャコはしぶしぶと言った感じで連絡を始める為なのか目を閉じた。
「あぁそうそう。アンジェナは馬車をもっと街道沿いの木に隠すようにして。
ジャイアントから見えない方がいいだろうし。」
「はい。分かりました。」
アンジェナはキビキビとアデリーの指示に従い、元々街道から少し外れた位置で休ませていた馬車を木に隠すように移動を始める。
「いや、アデリー! 危ないって!
ダメだってっ! 早く逃げようっ!」
アデリーやエイミー、アリアやアンジェナがジャイアントに攻撃される所なんて見たくない。
半ば懇願に近い形でアデリーに詰め寄るが、アデリーはどこかニコニコしながら俺の要望を受け流した。
「いいからいいから。
私が守ってあげるって言ったでしょ? イチは安心して見てればいいのよ。
私はあの系のモンスターとは相性抜群なんだから。ね?」
アデリーは突然へにゃっと破顔し、俺を抱きしめる。
「ふふっ……心配されるって悪くないわね。
なんだかちょっとゾクゾクしちゃう。
……って、そろそろ準備しないとダメね。」
不安の消えない俺に一言「ゴメンね。」と残し、名残惜しそうに俺を振りほどいてアデリーは後ろの木に登りだす。そしてあっという間に登り終えて天辺で何かをしている。
俺はとりあえず何の役にも立たないかもしれないが、攻撃手段であるガントレットを再装着しながらアデリーの行動を、ただただハラハラしながら見守っていると、アデリーはジャイアントをチラリと見た後、ジャンプし街道を飛び超えての反対側の木へと移った。
街道はそこそこ広く6~7mはあるように思えたが、軽々と飛び移る様子に、どんな身体能力してんだよウチの蜘蛛さん。と少しだけ思う。
そして飛び移った木にまた何かした後、木を器用につたい降りて俺の所へと戻ってきた。
何やらアデリーの表情は『いい仕事した―』的な既に終わったような顔をしている。
「ちょ、アデリー!?」
「いいからいいから。見てなさいな。うふふふ。
焦って取り乱すイチも可愛いわね~。」
能天気に笑いながら、お姫様抱っこ&フニョンをされ、俺はジャコの敵意を背中にビンビン感じた。
フニョンは偉大だ。
『あれ? こう言ってるならなんとなく大丈夫っぽい?』
とかそんな風に思えてくるんだもの。
チラっとアデリーを見ると、ジャイアントの方を見ていた。
俺も地面に下ろしてもらってジャイアントの様子を伺うと、先行して戦っていた冒険者達が走ってこっちに向かってきていて、ソレをキチンと3体のジャイアントが追いかけてきている。
ジャイアントは、デカイ禿げたオッサン。
ちょっとデカイ禿げたオッサン。
デカイうすら禿げたオッサンの3体だ。
その3体が、ゴル達をズシンズシンと追いかけている。
ゴル達の表情が見えるようになると、焦りのようなどこか危険を感じているような表情をしているのが見て取れた。
やはりとてつもなく怖い。
不安になってアデリーをもう一度見る。
「ねぇ……ザコさん…だったかしら? 先行組にはそのまま私達のいる所で立ち止まらず、そのまま走り抜けるように伝えて。」
「ジャコです……分かりました。」
--*--*--
「うわぁ……」
「すごーいっ! あはははっ!」
「流石御主人様ですっ!」
青い顔の俺。
はしゃぐアリア。
感嘆の息を漏らすエイミー。
「これはスゴイしゅ!」
「えげつねぇ……」
「……俺達って実は……いらなかったんじゃねぇ?」
凄い物を見たせいで慌てたのか言葉を噛んでしまっているアンジェナ。
惨状に渋い顔をしているジャコ。
ため息を吐くゴル達先行組。
それぞれの反応を受けて満足そうに鼻を鳴らすアデリー。
何が起こったのかは言うまでもないかもしれないが、ゴル達はオリンピックなんて目じゃないぜというスピードで移動できる。
それについてくるジャイアント達も、巨体もあって、それはそれはものすごいスピードで移動できる。
アデリーは、ジャイアントの通り道に超硬度の細い糸を貼った。
例えばの話だが……絹糸みたいなほっそい糸が超強度を持っているとしよう。それがピンと張られていて、そこに骨付き肉を150キロくらいの速度で思いきり当てたらどうなるだろうか。
しかもその絹糸に、神経毒、出血毒、筋肉毒の各種毒がてんこ盛りで塗られていたらどうなるだろうか。
……
正解は
『とんでもないことになる』
糸を張った木は、最後の最後でひっかかったのかぼっきり損傷したが、まぁ~3体がかなりサックリ行きましてん。
中途半端に切れた1体だけが少しだけ動けそうなレベルで最後のあがきを見せたんだけど、アデリーったら、ソレの周りをひょいひょい動き回って毒付きの糸らしきものでキュってしたら、すぐに事切れました。
その様子を目の当たりにして、俺。
『無事でよかった! これなら旅も楽勝じゃね?』
『あ……俺もう肉とか食えなくなるかもしれん。』
『うちの蜘蛛凄いでしょう? アレ俺の女やねんで、うへへ。』
『アデリーとケンカはしちゃいけない絶対。』
って、色んな思いが一気に沸き起こって、ただ青くなる事しかできなかった。
アデリー……ヤバイです。
「うふふふ。心配しすぎて青くなっちゃったのね。
本当に可愛いんだから。イチは。うふふふ。」
あ。はい。
逆らわないんで好きにしてください。はい。
ぎゅっとかフニョンとか、チュッチュとかもお好きにどうぞ。
あ、はい。もちろんこっちからも『ぎゅ』ってしますから、そんな目で見ないでくださいね。
ちなみにジャコの敵意はなぜか起きなくなっていた。やったね!
もう道中の心配は何一つないよ。あはははははは。
あ~あ。
--*--*--
この後、砦跡に向けて移動を再開した。
アデリーの戦いの衝撃が大きすぎたけれど、あれから時間が経つと大分落ち着いてきて『アデリーが居て良かったなぁ』と心から思えてきたので、アンジェナとアデリーの会話の犠牲になる事にした。
まー、アンジェナ喋る喋る。アデリー聞く聞く。
これは疲れる。
むしろ逆に、よくずっと笑顔を作っていられるなと感心して思わず『お疲れ様』ってアデリーの肩を揉んじゃったよ。
俺は流石に聞くだけの状態に飽きたので、大分気の抜けた冒険者の護衛組なんかが馬車で休んでいる時に『あったら良い物』とか『あったら便利な物』って何かない? と質問をしてみたり、話の流れでゴル達が持っていたオセロをしてみたりした。
かなりサスペンションの効いた馬車ではあったが、やはり時々ガタンと激しく揺れ、オセロがバラバラになってしまったりしたので、マグネット式の携帯オセロなんかも売れそうだなぁとぼんやり旅の暇つぶし用品を考えたりもした。
いや、別に俺が勝っていたのをワザと馬車のせいにしてバラバラにされて強制終了されたのがイラっとしたわけじゃないよ。そんな小さい事を根に持つ男じゃないんだ俺は。
マグネット式オセロを売るけど。
後、時々ジャイアントが出てきたけれど、もうなんていうか
『お願いします。アデリー先生。』
的な空気が出来あがっていて、先生も先生で空気を読む方だからササっと行ってチョチョイで終わらせてくるようになっていた。
ちなみにジャイアント1体だけとかの場合どうやって戦うのかというと、先生は遠目にねっちょり糸を発射して、ソレがジャイアントについたらグルグル周りを走り回ったり飛び回ったりしてどんどん拘束。
ある程度動けなくなったり倒れたら、そこに手刀で毒注入。
ジャイアントビクンビクン。
先生が帰ってくると魔法使いのジャコが水を出すから、それで手を洗い。そして『おなか減った』と仰られるので先生に携帯食料をお渡しして移動再開。
流石です。先生。
こうして順調に移動を進めると、やがて夜も近づいてきてアンジェナが馬車を止めた。
「今日はここらで野宿としましょう。」
わぁ♪
アリアとかアンジェナとお泊りだ。新鮮!
ただ……先生の目は光っています。




